「大食い二人」
*
こうしてホルス様との別れを終えた俺達は、宿屋に行ってその晩を過ごした。初めて出会った人と初日から一つ屋根の下とは何となく緊張する。なお、宿屋でイクシスと過ごしたことによって、また一つイクシスの意外な一面を見た。それは夕飯時でのこと。
「ふむ。美味いなこれは。うん。これも」
彼女はテーブルの上に並べられた料理を、片っ端から口にして次々胃に放り込んでいく。俺はその光景を呆然と眺めていた。だが一方でイリアはというと、イクシスのその食べっぷりを意に介することなく、寧ろ彼女と同じように料理を貪っている。
「……イクシス、お前もか」
「何がだ?」
何がだ?じゃない。お前もイリアと同じ大食い系の女子だったのか。スレンダーな体型だったから気付かなかったぞ。コイツはまさか、食べても太らない体質なのだろうか。
サラダやスープは勿論のこと、ビーフ、チキン、魚のソテーやフライ。多種多様な料理の数々をひたすら頬張っている。見ているだけで吐き気がしそうなくらいそのペースは早い。
「イクシス将軍、良い食べっぷりですねぇ!」
「ふっ、そういうイリアもな」
何を意気投合しているんだこの子ら。ていうかイリア、最初の俺の言いつけを完全に忘れているな。今は俺達しか見ていないから良いようなものの。
「おいアイザック、モタモタしてると私達がみんな食べてしまうぞ」
「そうですよアイザック様!ほら、お酒もグイッと!」
「あのな……」
ダメだ。あまり食欲が湧かない。目の前で大食いを見せつけられるとどうも胃に食べ物が入らなくなる。お腹は空いているんだがな……。
というわけでとりあえず酒だ。この酒はこの国の名産の"サンメラ・エール"。ピリッとした口当たりが癖になるという逸品だ。飲んで、その味わいを感じる。……うん、美味い。
「……さて、明日からいよいよこの砂漠を抜けるわけだが」
「はむはむ、ふぁい!」
「よし、まず食うか喋るかどっちかにしてくれ」
明日からの予定の話を切り出したは良いものの、まあ食べることを止めない二人。しかしながら俺の気持ちを察してくれたのか、二人はようやくフォークをテーブルに置いた。
表情を引き締め、俺の話に耳を傾ける姿勢を見せる。俺は改めて話題を変えた。
「砂漠を抜けると、ザザンヒルまでの道のりは半分を切る」
「とりあえず明日の目標地点は、地図上のこの位置……"オシゲ平原"だ。この辺で野宿する」
俺は地図を広げ、二人に明日の進路を伝える。目標であるオシゲ平原の位置を指差し、ここまでは行こうと彼女達に提案した。イリアはウンウンと頷いたが、イクシスはどうだろうか。
「ふむ、もう少し進めるんじゃないかとも思ったが、まあ良いだろう。賛成だ」
良かった。イクシスも了承してくれた。従わないとは言っていたが、それは別に一切の同調をしないという意味ではないのだな。もしも融通が利かないまでに話に背くようなことがあればどうしようかと考えていたが、その心配は無いらしい。
何はともあれ、これで大まかな明日の予定は定まった。まあ、明日の天気や状況次第ではいくらでも遅延の可能性はあるだろうが、順調にいけばこのくらいは行ける。
「よし、話は終わったな。じゃあ食べるぞ」
「えっ、あ……うん」
と、イクシスは俺が話し終えるや否や真っ先に食事を再開した。するとイリアも思い出したとばかりに彼女に続いて再び食べ始める。おい、まさか俺に同調したのはさっさと飯を食べたかったからか。
「ううむ、食べ足りん……もう少し頼むか」
「おい、もうそろそろ寝ないか?」
「言ったはずだぞ。私はお前の指図は受けん。食べると言ったら食べる」
「あ……そう。じゃあ先に寝てるからな」
俺がそう言って寝室に行こうとすると、イリアが「おやすみなさーい」と言ってくるのが聞こえた。いや、お前も寝ろよと言いたかったが、付き合いきれないので結局止めておいた。
ベッドに潜り、眠気が促すままに重たくなっている瞼を閉じる。隣で未だにドンチャン騒ぎが行われている中で俺は一人、眠りに就くのだった。
*
翌日。
「だからあれほど寝ろと言っただろう。二人揃って眠たそうな顔して」
「ふわ……アイザックしゃま、おはようごじゃいます」
「うむ。良い朝だな二人とも。昨晩は良く眠れ……ぐぅ」
「立ったまま寝るな」
それ見たことかと思いながら、俺は夜更かしして眠たげにしている二人を見て呆れていた。どちらも欠伸をしながら、イリアは半開きの目で、イクシスは全閉じの目で俺と顔を向き合わせている。
これでは砂漠を抜ける前に眠気でぶっ倒れてしまいそうだが、ホルス様に別れを告げた手前、ここでいつまでもモタついているわけにはいかない。そろそろ出発しなければ。
というわけで俺達は宿屋を後にし、繁華街へとくり出す。相変わらず人混みが凄く、騒がしい町中だ。この喧騒のお陰で少しは目が冴えたのか、二人は徐々に覚醒していった。
町を掻い潜り、やがてサンメラの壁の門付近に到着する。が、俺達はそこで、兵士達の会話を耳にした。そしてそれは、不穏な内容であった。
「報告!正面より魔物の大規模な群れがこちらに向かって接近しています!」
「何!?それは確かなのか!?」
そのただ事ではない会話を偶然聞いたとき、俺達の門を抜けようとする足は止まった。特にイクシスはその会話を耳にするや否や、極めて険しい表情を浮かべる。
「魔物の群れだと……?」
「接近している、と言っていたが」
「えっ、ちょっと不味くないですか?」
……サンメラに到着する直前にした嫌な予感は、まさかこれのことだったのか。もしそうだとすれば、その魔物の軍勢はグラファの差し金かもしれない。もし連中がこの町に侵入してきたら、少なくともこの繁華街一帯は戦火に巻き込まれる。一般人に及ぼす影響は甚大なものとなるだろう。
俺達はこの話を聞いてしまった以上、知らんぷりするわけにはいかない。グラファを取り逃がしてしまった責任は俺にある。何としてでも無関係の人々を守らなければならない。俺達は、あの兵士達に詳しい話を聞くことにした。




