「砂漠の彼方へ」
*
朝になり、砂漠に再び猛烈な暑さが戻った。オアシスの中はまだ涼しい方だが、黄色い砂の野原の向こう側では陽炎が揺らいでいる。
今からあの灼熱の地獄の中に入らなければいけないかと思うと正直言って気が重いが……まあ、行くしかあるまい。グラファの動向も気がかりな故に、俺達はサンメラへの到着を急がねばならないからな。
「よし、荷物は全て持ったな……では出発!」
「はいっ!」
俺は、後ろにアレックさんを乗せてジョーにまたがり、手綱を引いてジョーに出発の合図を出した。それに呼応するように、イリアの乗るフレイヤも嘶きをあげてその健脚を始動させる。
徐々に俺達の馬は速度を上げていって、砂漠の中へと突入していった。瞬間、やはりというか強烈な暑さが俺達を襲った。本日の気温は昨日よりも体感的に高い気がする。
今までオアシスという快適な環境に身を置いていた分体温の上昇の仕方が激しく、この砂漠に入った途端に滝のような汗が流出した。一瞬にして服の中が蒸れ上がってしまい、早くも急激な胸焼けに襲われる。
だが、俺達は止まるわけにはいかない。残っている限りの水を目一杯飲んで、息を繋ぎながら何とか進んでいくしかない。ただひたすら前へ。前へと進んでいく。
「はぁ……はぁ……大丈夫か、アレックさん」
「い、いえ……私のことはお構い無く」
「辛かったら言ってくれ……この暑さだ。いつ倒れてしまってもおかしくはない」
サンメラに着く前に気絶してしまっては何もかもお仕舞いだ。とにかく、備蓄の水を頻繁に飲んで行くしかない。幸い、オアシスの泉から水を補給することが出来た。当初よりも水の上限が増えたことによって、ある程度の余裕が確保されている。
なので、ヤバいと思ったらとにかく水を飲むべきだ。あの太陽が照らす光は、我々の命を容易く狩り得る程に恐ろしい。少しでも侮って無理をすれば、その地点で三途の川が顔をのぞかせてくることだろう。
「はぁ……はぁ……あと、どのくらいだ?」
俺はイリアに、サンメラまでの残り距離を尋ねる。
「はい……あと約7000フィートはあるかと」
「遠いような、近いような……だな」
7000フィート……この数字を聞いたとき、俺は一瞬行けそうな気がしたものの、その距離を踏破するまでにかかる所要時間を考えた瞬間再び落胆した。ジョーもフレイヤも今はほぼ歩きの状態で、且つそれでもこの暑さのせいで体力の消耗が著しい。
なので、それだけ距離があるとなると途中で休憩を挟まなければならないだろう。結局、何だかんだでこの砂漠の道のりは長くなりそうだ。当たり前だが、砂漠というのは全く行けども行けどもまるで景色が変わらない。
あのようなオアシスに出会えるのは本当に稀なことで、大抵この辺りで普段お目にかかれるのは刺々しいサボテンやゴツゴツとした岩山ばかり。
たまに小さなサソリを見かけると何となく見入ってしまう程、砂漠というのは本当に何もない。まさに、干ばつによって滅ぼされた終焉の地だ。何にしてもここは、サンメラへの旅路を急ぎたいところである。
*
――前言撤回だ。砂漠は決して、何も無い退屈な場所などではない。
「はァッ!」
「ズビビビァッ!?」
魔物が犇めくれっきとした危険地帯だ。"シリアルキラー・スコーピオン"。それは砂漠に生息する巨大な殺人サソリの魔物。俺達はその魔物と運悪くこの砂漠の道中で出くわしてしまい、この暑い中戦闘を繰り広げていた。
「ぐぉぉぉっ!?あ、暑い……」
俺が聖剣を振るう度に、アポロの解き放つ炎が燃える。砂漠の暑さと聖炎の熱さ……この二つが合わさると地獄以外の何物でもない。
尋常じゃないほど汗が溢れ出て来て止まらない。急激に眩む視界に、激しく揺さぶられる意識。猛烈なまでに込み上げてくる吐き気に耐えられる気がしない。
「≪敵を凍てつかせよ、聖杖よ≫」
「≪絶対零度の氷にて≫!」
と、そこへイリアが聖杖フリーズ・クリスタルの放つ氷による救援を施してくれた。詠唱では"敵"と称しているが、この呪文の対象となったのはスコーピオンではなくこの俺。
氷結の属性の攻撃呪文を敢えてその身で受けることで、体の冷却を図るのだ。砂漠と聖剣という二大熱波に襲われる俺の高温な体を、イリアの呪文による絶対零度の冷気が包み込む。普通はこの地点で氷付けになって、身動きが取れなくなるところだが……。
「おぉぉぉっ!!」
今はこの上なく心地良い涼しさを生み出している。これが、相殺の力。暑さを寒さでかき消すことによって、俺の体温を快適なものにしたのだ。そして、身軽になった精神状態のもとで撃たれる聖剣の一撃は。
「はァッ!」
サソリの堅牢な甲殻をも容易く打ち砕く。
「ズビャァァァッ!!」
一閃。叩きつけるようにして大きく振るった剣はスコーピオンの背に命中。奴の堅い甲殻にヒビを入れ、悲鳴をあげさせた。そして奴はひっくり返り、僅かな痙攣の後……絶命したのだった。
「ぐっ……ふぅ」
俺は聖剣の痛みによって若干苦しげな表情を浮かべながらも、健闘してくれたアポロを休めるべく鞘に納める。
「お疲れ様です。アイザック様」
「ああ……イリアも、冷たい呪文を唱えてくれて本当に助かった。ありがとう」
労ってくれたイリアに俺は、呪文の件と合わせて礼を述べる。
「砂漠の国・サンメラまでは後少しです」
「頑張りましょう」
「そうだな」
道中、魔物に襲われることが多々あったせいで時刻は既に夕暮れを過ぎていたが、サンメラにはあともう少しで着く。というのも、サンメラの街並みがもう遠目でうっすらと確認できる位置にまで来ているのだ。
ここまで来たら、もう後は進むのみ。魔物との戦闘を終えた俺達は再び馬にまたがって、ひたすらにサンメラに向かって直進していくのだった。




