「逃走」
「バカな……その剣にお前の力が合わさったことによって、あのヴァルハラスフィアが超えられたというのか!?」
「認めない……俺は認めないぞぉぉぉっ!」
どうやらあの魔物にとってヴァルハラスフィアとは、相当に良き剣だったようだ。剣に賭けるその想いは我々と近しいものがあり、そこは評価したいところだが……これまでの奴の所業、断じて許しておくわけにはいかない。
俺を悪夢の中に閉じ込め、更にはイリア達をも危険な目に合わせた報いは必ず受けさせてやる。……ん?そういえば、さっきから見てみればアレックさんの姿が無いな。一体どこへ行ったんだ……?
「ぐっ……お前程の剣士、我が物にできていればどんなに良かったことか」
「……?我が物に、だと?」
魔物は突然、突拍子もなく不可解なことを口走る。我が物にする……とは一体どういうことなのだろうか。
「だがこうなったが最後、お前を乗っ取る手段は残っていない」
「故に決めた……お前を殺すと!」
「!」
奴の口ぶりから察するに、どうやら最初は俺を殺すのではなく、生け捕りにして何らかの形で利用するのを目的としていたらしい。しかしその作戦が失敗に終わったことによって、俺を生かす理由が無くなった……と言ったところだろうか。何にしてもはた迷惑な話だ……この礼はきっちりと返させてもらおう。
「御託は済んだか?なら行かせてもらうぞ!」
一通り奴から話を聞いた俺は、ここが隙と見て攻勢に転じる。剣を携えながら突き進んでいき、真っ直ぐ魔物の方へと向かっていった。
「ぐっ……!」
痛みに蝕まれながらも歯を食い縛り耐え抜いて、奴との距離をギリギリまで詰めたその刹那。震えの無いしなやかな曲線を描いて俺はアポロを振り抜いた。その軌道に沿って聖炎が燃え上がり、奴の煙状の体を赤く侵食していく。
「グアアアア……!?」
魔族の俺の目から見て、あの魔物は体その物が高濃度の闇によって構成されている。故に、闇と相反する光の属性による攻撃は大のニガテとしているハズだ。
そしてその推測は見事的中し、攻撃を当てると魔物は悲痛なる形相を浮かべながら痛みに悶え苦しんだ。揺らぐ炎が黒煙を巻き起こしながら魔物の体内を暴れまわっていく。
「ごはっ……!」
勿論、俺も無傷という訳にはいかない。敵にあれだけの聖炎をぶつけた分、俺自身が背負う代償の焔もまたそれ相応の量となる。しかも今回はイリアの回復が無いため、その代償は戦いの間ずっと引きずり続けることとなる。
こんな苦しい戦いはファランクスの時以来だ。そして、あの煙の魔物はそのファランクスと同等の強さを持っているように感じられる。道理で苦戦を強いられるわけだ。
こうした強き魔の者共と戦う時の、この戦慄に似た昂りはいつになっても慣れる気がしない。しかし今回は、ファランクスの時と違って備えが万全だ。
「はぁ……はぁ……よし」
体力が減ったと思えば、ルスワールちゃんの作った特効薬がある。腰に下げたポーチから回復の薬を取り出した俺は、その蓋を開けて開封し、一気に飲み込んだ。
因みに薬の味だが、何となくイチゴの味に近く、甘い。味覚的にそれは飲みやすく設計されており、ここにもルスワールちゃんの薬に対する気配りや拘りと言ったものが感じられる。
そして、薬の効果が発揮されるのもまたこれが段違いに早い。腕は相変わらず燃えたままだが、その火傷は瞬時に癒え、イリアの回復魔法程とは言わずとも何とか戦えるだけの体力を確保することができた。
「奴は……まだ身悶えしているようだな」
あの魔物が大きな隙を作っている今がチャンス。ここで一気に畳み掛ける。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
再び進撃を開始した俺。夜空に向かって高く聖剣の切っ先をかざしながら、標的である煙の魔物の方へと向かっていく。
「アポロよ……今こそ俺に力を貸してくれ!」
眼前の敵に躊躇いなく進んでいくその勇気と引き換えに、俺はアポロに協力を要請する。アポロは俺のその声に応え、今一度魔を焦がせし聖なる灼炎をその白銀の刀身に宿した。
エンチャントされた橙色の炎をありったけ剣に纏わせながら俺は、それを渾身の力でぶんまわし、煙の魔物に思いっきり叩き込んだ。
「グバァ!?」
一撃。
「ギャハァァッ!?」
二撃。……若干力任せになりつつあるが、かなり有効打となっている。
「グギャバァァァッ!!!?」
そして、三撃。ランダムに橙色の軌道を描きながら、アポロは唸りをあげて魔を斬り裂いていく。
「ぐふっ……!」
俺もまた、聖炎に苛まれる。腕が引きちぎれそうなくらいの痛みを背負いながら、しかし俺は猛進を止めない。
「はぁ……はぁ……これで」
止まれば、戦闘はずっと長引くことになる。だが、止まることなく進み続ければ。
「これで……!」
いずれ、勝つにせよ負けるにせよ。
「終わりだァァァァッ!」
決着は、つく。俺は、この戦いに終止符を打つべくトドメの一撃を解き放った。アポロを天にかざし、煙の魔物に狙いを定め、刀身を一気に下に振り降ろす。刃が魔物に接触しようとした、その刹那。
「おのれぃ……!」
魔物はそう言い残すと次の瞬間、唐突に黒いモヤを残して消え去ってしまった。
「何!?」
突然魔物が消滅してしまったことにより、俺のこの攻撃は空振りに終わる。代わりに地面に直撃し、剣がオアシスの草むらに大きな亀裂を入れた。
「奴め、一体どこに――」
「――!!」
キョロキョロと首を回して奴の行方を探っていく。すると上空に、奴の逃走する姿が確認できた。夜ではあったが、輝きに満ちあふれている星空の中を過ぎ去っていったのでその姿を確認するのに苦労はいらなかった。俺は結局奴を逃がしてしまったものの、撃退をすることには成功したのだった。




