「撃滅の暗黒剣」
*
「どうした小娘!その程度かァ!」
「くっ……!?」
怒れる煙の魔物・グラファは、イリアに対し恐ろしいまでの猛攻を仕掛けてきた。暗黒の炎を宿した拳、魔法を交互に撃ち続け、イリアの体力をすり減らしていく。
対するイリアは、これらのダメージを最小限に抑えるため、魔法を使って守りの魔法陣……いわば"結界"を作り出していた。イリアの張る結界は石の砦と同等の強固さを誇っており、並大抵の攻撃ではそう崩せるものではない。故に、イリアがこの結界を自分の周囲に展開させている時は、何者の攻撃も寄せ付けない"ハズ"なのだが。
グラファが加える連続攻撃は、どうやらその"並大抵"の域を遥かに凌駕しているらしく、イリアの結界はみるみる内に破られていく。その度にイリアは、自分の身を守るため結界を高速で張り直しているのだが……。
(だめ……間に合わないっ!)
詠唱よりも先にグラファの攻撃が来ているせいで、これ以上結界を出すのは不可能に近い。そして……。
「きゃぁぁ!」
全ての結界が粉砕され、ついに攻撃は生身のイリアに直撃。闇の炎にその身を焼かれ、衝撃によって大きく吹き飛ばされる。悲鳴をあげながら地面に叩きつけられたイリアは、満身創痍の体で既に立ち上がる体力すらも奪われてしまっていた。
ビクビクと痙攣のように小刻みに体を震わせながらも、何とか起き上がろうとするが……ダメだった。動けない。イリアは無念そうな表情を浮かべながら、ついに草むらに倒れこんでしまった。
「ハハハハァ!終わりだな……消え去るが良い!」
「≪敵にトドメをさせ 撃滅の暗黒剣≫!!」
グラファは大きく笑った後、右腕を天にかざして呪文の詠唱を始めた。今度の呪文は詠唱時間が長く、展開されている魔法陣のサイズが非常に大きい。呪文は、詠唱の時間が長ければ長い程強大な威力となり、魔法陣の大きさがデカければデカい程、攻撃範囲も広くなる。
となると、今からグラファが放とうとしているこの呪文は、威力が非常に高く、広範囲に及ぶ攻撃ということになる。しかしその分呪文を唱える際の隙が大きくなるので、普段の戦闘では妨害されて不発に終わるのだが……今回のように、攻撃対象が虫の息である場合はその心配をする必要はない。気兼ねなくトドメの一撃として放ち、確実に敵を仕留めることが可能。
「ククク……」
グラファが不敵な笑みを浮かべると、刹那。なんと魔法陣が、突如として異次元の穴へと変化した。そしてその中から、巨大な何かが姿を少しずつ見せていく。
赤黒い、鉄のような質感の鋭い物体。あれは巨大な刃だろうか。よく見てみると、片手剣の先端部分のような形状をしているのが分かる。
「これは魔界の大剣・≪ヴァルハラスフィア≫」
「別名・≪撃滅の暗黒剣≫」
撃滅の暗黒剣・ヴァルハラスフィア。グラファはあの刃をそう呼ぶ。
「光栄に思え……お前はこの伝説の大剣によって葬られるんだからな」
「魔王様に逆らった者の末路としては、実に誇らしい最期よ」
グラファが唱えた呪文は、このヴァルハラスフィアを異次元から呼び寄せる魔法だった。しかし、あの大剣は大きさとしては軽く一つの塔ほどある。
あれを、たかが煙の肉体のグラファが持てるとは到底思えない。が、ヴァルハラスフィアは已然として魔法陣から徐々に刀身を出していく。
もしやグラファは……あれを直接イリア達のところに落とすつもりなのか。そうすれば間違いなく、ここら一帯にいる者は漏れなく串刺しになるだろう。
更に、あの剣が秘めている魔力によっては、落下した直後に爆発が起こる可能性もある。何にしたってヤバい。万事休すだ。このままだと……全滅する。
「アイザック……様……」
とうとうイリアは、自分の最期を悟った。かすれた声でアイザックの名を呼ぶと、彼女は……。
「大……す……」
……死ぬ間際に、せめて自分の心に秘めていた感情を告白しようとする。だが、既に彼女は声も出ないくらい弱り切っていて、もう何も言葉を綴ることができない。虚ろな瞳で大剣の切っ先を眺めながら、死を待つことしかできなかった。
「……」
やがて、瞼が閉じる。力が一気に抜けたイリア。次の瞬間、撃滅の暗黒剣は――
「――ぅぉおおおおおおっ!!」
――放たれた。が、地面に直撃しようとしたその時、それを遮った者がいた。
「何ッ!?」
グラファはここに来て邪魔が入ったことで狼狽え、思わず驚いてしまう。
「……?」
そしてイリアは、自分がまだ死んでいないことを不思議に思い、ふと目を開けて頭上を見上げた。すると、そこには……。
「すまなかった、イリア」
「後は俺に任せてくれ……ッ!!」
……悪夢から覚め、敢然とヴァルハラスフィアに立ち向かうアイザックの姿があった。




