「沈黙の中」
「……ッ!!」
イリアの呪術によって口を縫われたグラファ。しかし、それでもなお彼は攻撃することを諦めはしない。グラファはガス状の腕をイリアの方へグッと伸ばすと、次の瞬間手のひらにドス黒い闇の焔を発火させた。
「!」
呪文がグラファの主力としている攻撃手段。そのイリアの予測自体は正しかったようだが、何も呪文しか能が無いというわけでもないらしい。奴は必要に応じて、物理攻撃も駆使してくる。
それもかなりの速さだ。イリアはグラファが腕を振りかざした瞬間から反応し、既に回避の体勢を作ってジャンプでかわそうとしたのだが――
「――ううっ!?」
それにも関わらず、グラファの拳はイリアの足に命中。避けきれなかった。それぐらい俊敏な攻撃なのである。
体が煙でできているからか、非常に軽やかな動きが出来るようだ。となると、勿論奴の拳自体が叩き出すダメージもそれほどデカくは無いわけだが、グラファはその弱点を属性をエンチャントさせることによって補っている。闇の焔を纏うことによって、敵に火傷を負わせられる程度の威力を例え貧弱な拳にも持たせることを可能にしている。
「くっ……」
結局ダメージを受けたイリアは、苦しそうな表情のまま草むらに着地した。接地した直後、激しい火傷の痛みがイリアを襲う。イリアは、"燃焼"の状態異常にかかってしまった。
"燃焼"は、炎系の攻撃を受けた際に稀になる状態異常であり、これになると患部が常に燃え続けるようになってしまう。放っておくと火が自然に消えるまで肉体が焼かれてしまうため、早めに消火することが重要だ。
「……くっ!」
イリアは、燃焼状態を治療するために、グラファとの距離を大きく離すべく一旦逃亡した。
「……ッ!!」
"逃がすか"とばかりに、グラファはその後を追う。
(熱っ!……でも、ルスワールちゃんからのお店で買ったこの薬を使えば!)
必死の思いで息を切らしつつ走りながら傷口を見るイリアは、腰に下げた小さなケースからルスワールが作った薬を取り出した。体力回復薬と状態異常治療薬は、戦闘中でも使えるようにコンパクトな携帯サイズで設計されている。
人差し指程度の大きさの瓶の中には、彼女が調合した液状の薬が入っていた。イリアはグラファが追い付く前に服用するため、かなり焦燥感に駆られながらキャップを急いで開封する。
一滴二滴内容物が溢れていくのを確認したが、その程度でこの走りを止めるわけにはいかない。イリアは構うことなく、一気に治療薬を飲み干した。すると、薬の効果は瞬時に顕れる。
(よし……!)
イリアの足を高温の炎によって蝕んでいた燃焼は、みるみる内に跡形もなく消滅していった。その時立ち上った硝煙が消え去った頃、未だ走り続けるイリアは呪文を唱えられる程度の集中力を取り戻し、フリーズ・クリスタルに魔力を注ぎ込みながら呪文を詠唱していく。
「≪氷の壁よ 我が身を守りたまえ≫!」
その呪文は、かつて生前のエリスもファランクスを相手に使用した氷の魔法。敵の眼前に巨大な氷の壁を作って、敵の行く手を阻む効果を持つ。
標的をグラファに定めイリアが詠唱を終えると、彼女と彼女を追うグラファの間に城壁が如くの氷壁が瞬間的に出現した。あの時エリスが放ったそれよりも、その規模は遥かに大きくかつ頑丈。
「……ッッ!!」
思い通りにイリアを追えないグラファは痺れを切らし、氷壁を避けて通るのではなく破壊して突き進もうとする。煙でできた腕に怒りをたぎらせ莫大な焔の渦を巻き起こし、その威力を最大限にまで引き出してそれを壁に向かって思いっきりぶちかました。
「ッ!!!!」
沈黙状態にあっても、奴が放とうしている咆哮は凄まじい闘気によって顕現する。圧倒的なまでの迫力だ。壁の向こう側でグラファが憤怒の爆炎を燃やしているのを、イリアは犇々と感じ取りながら恐怖のあまり冷や汗をかく。
紫色に燃える暗黒の業火が、イリアの作り出した氷壁を包み込んだ。だが、イリアの魔力とて奴の力には劣っていない。そう簡単には崩れることがなく、グラファでさえ破砕するのにかなりの時間を要するようだ。
「やった……ちゃんと足止めできている」
と、安心するイリアであったが気を緩めてばかりでもいられない。そろそろ答えを出さねば、今度は奴の沈黙状態が時間経過によって解除される。そうなったら、今は余裕で持ち堪えているあの氷の壁も奴の魔法によってあっという間に消滅するだろう。
(早くしなきゃ……!)
……と、イリアがグラファの"状態異常が解除される"ことを危惧していたその時。彼女は、ふと思った。
(……ん?)
(状態……異常……?)
状態異常、それは読んで字のごとく、それにかかっている者がきたしている"異常"のこと。そう、"異常"なのである。そしてそれは、時間経過や薬によって治る場合が多い。
(……もしも)
(もしも今、グラファとアレックさんを結んでいる"鎖"が、状態異常の類いであるとすれば……?)
……その発想は、突然の閃きによって生まれたモノ。だが、もしそうだとすれば能動的に解決させることが可能だ。イチかバチか、信じてみる価値はあるだろう。
(……だったら私は、この発想に賭ける!)




