「グラファとの死闘」
"ファランクス"。その魔物は、数日前に突如としてバレア王国を襲った軍団を指揮していた将軍の名前。そう、アイザックがこれまで対峙してきた魔物の中でも最強の強さを誇ったあの大剣の悪魔だ。その耳にするだけでも恐ろしい名前を、煙の魔物――"グラファ"から聞いた時、イリアは高圧的な戦慄に身を震わされた。
「ファランクス……って、まさかバレア王国を襲った魔物の名前ですか!?」
「その通り。そして俺はソイツの仲間だった魔物だ」
「まぁ尤も、そこに信頼関係なんてモノは微塵にもなかったがな」
グラファはファランクスの仲間であったらしいが、友情や絆といったもので結ばれているという間柄では無かったと言い切る。
「ではなぜ今更私達のところへ?彼の敵討ちに来た訳では無いんでしょう?」
「察して欲しいな何となくよ。俺は単に奴の尻拭いをさせられているだけよ」
「だから俺は別にお前に恨みがある訳ではないのだが……邪魔立てするというのなら本気で消させてもらう」
「ほざくのもいい加減にしなさい……ッ!」
一触即発のイリアとグラファ。しかし、怒りに身を任せてグラファを攻撃した場合、アレックにまで被害を及ぼしてしまう。
いや、それだけじゃない。グラファを殺せばその瞬間、アレックも同時に死んでしまうだろう。なぜなら、今のグラファとアレックの命は同じ器の中に入っているのも同然なのだから。
ならばどうすればグラファだけを倒せるか。イリアは思考を働かせようとするが……。
「では行くぞ……ハァァァッ!」
それを遮るように、グラファが呪文を詠唱し始めた。グラファが両手を広げると、彼の目の前に突如として巨大な黒い魔法陣が生成される。そしてそれは回転しながら、徐々に紫色の焔を纏っていった。
「≪暗黒の焔よ 今ここに凄絶なる爆風を巻き起こせ≫!」
唱えられた暗黒の呪文。すると次の瞬間、グラファが内に秘めし膨大な魔のエネルギーが、魔法陣の中に猛烈な勢いで注ぎ込まれていった。魔法陣はそのエネルギーを吸収すると、それによって加熱して回転数を急激に増やしていく。そして……。
「!!」
今度はその魔物陣が、大砲の如く吸収したエネルギーを次々と放出し始めた。ビームのように真っ直ぐと伸びて放たれた闇は、オアシスの草むらに直撃した瞬間その地面を軽々と抉り取ってしまった。その威力を目撃した時、イリアは自分の背筋がゾッとなったのを確かに感じる。これをまともに食らってはいけない。
彼女は軽い身のこなしで暗黒のビームを確実にかわしていった。すると、エネルギーが尽きたのか魔法陣は回転を止めて散り散りに消え去ってしまった。
この瞬間が反撃の好機と悟ったイリア。しかし、アレックの存在を思い出した途端に彼女の呪文を唱えようとした口が止まってしまう。
(くっ……アレックさんを巻き込むわけにはいかない)
(でもどうしたら良いの……!?)
イリアが攻撃を躊躇い迷った、その隙をグラファは見逃さなかった。
「≪瞬時に焦がせ 闇の焔≫!」
極端に短い詠唱時間から放たれた小規模かつ複数の焔の弾丸は、疾風の如く速度でイリアに飛びかかる。
「うっ!?やぁっ……!」
飛来した闇の火の粉に襲われ、イリアは軽い火傷を負った。小さな火とは言えその威力は馬鹿に出来ず、服に直撃した箇所はボロボロに焼け焦げてしまう。
そのせいで、太ももやお腹などあちこちの肌を若干晒されてしまったイリアだが、今の彼女にはそれを恥じらっていられる程の余裕が無い。確かにダメージこそ少なかったが、これはあくまで奴が次に繋げる連撃のための布石。実際グラファは、攻撃の波を緩めることなく次なる呪文の詠唱を始めている。
「"炙れ、闇に染まりし――」
ここでイリアは、奴の好きにさせるわけにはいかない。
「"幻惑の精霊よ 敵の口を塞げ"!」
イリアはフリーズ・クリスタルに命じる形での呪文の詠唱を、グラファよりも先に成功させた。すると刹那、白い光を帯びた魔法陣がグラファを囲むようにして生成される。
「何ッ!?」
今イリアが撃った魔法は、被術者を"沈黙"の状態に陥れる呪術の一つ。
「……!……ッ!!」
沈黙状態になった者は一定時間の間、言葉を発することができなくなる。言い換えると、呪文を唱えることができなくなるのだ。呪文がグラファの主な攻撃手段であることを察したイリアは、この呪文を奴にかけることによって奴の身動きを封じたのであった。
今、グラファは見るからに恨むような眼差しでイリアを睨みつけている。一方で、ひとまずの足止めに成功したイリアは少し息を落ち着かせた。
(これはあくまで時間稼ぎ……時間が経てば元に戻るし、この呪文に対する耐性もつく)
(そうなる前に、何とかしてアイザック様とアレックさんを助けなきゃ)




