「オアシスでの休息」
*
「だから言ったじゃないですか……」
「す、すまん……剣を持ってないと研ぎづらくて、つい無理をしてしまった」
イリアの忠告は現実になった。"出来る限り触らないようにする"とは言っても、剣を研ぐということはそれ即ち剣に触れること。
当然あちこち触らなければ剣は研げない訳であり、そして魔族の俺にとってその作業はまさに苦痛そのもの。しかし騎士としてのプライドに賭けて日々の研磨をサボる訳にはいかないので、それでも何とか砥石を無理矢理動かし続けたのだが。
結果、イリアが料理している間に俺の腕はボロボロの真っ黒け。その有り様を見た瞬間、彼女が慌てて治療してくれたから助かったが……。
「もう!アイザックさんは暫く剣を研ぐの禁止です!」
「そんな!?」
騎士になってこのかた、剣を研ぐのを一日も怠ったことがないのにそれはあんまりだ。
「アレックさんも止めてくださいよぉ……」
「あ……す、すみません。あまりに熱心だったもので声をかけづらくて」
剣を研げないとなると、武器は威力を失っていくばかりだ。だがイリアの言うとおり、俺が剣を研ごうとしても毎回この有り様じゃ話にならない。仕方ない……なら定期的に街の鍛冶屋に頼んで代わりにやってもらうとするか。
「夕御飯できてるので、先に二人で食べていてください」
「私はその間に水浴びしてきますので」
「ああ、分かった」
彼女のお言葉に甘えて、俺とアレックさんは先に夕食を頂くことにした。
*
簡易的に組み立てられた調理場の上に、コトコトと煮えている鍋がある。縁と蓋の隙間からは、既に美味しそうな匂いが吹き出していた。
漏れそうになる涎を喉に押し込めながら、俺はその蓋を開ける。するとそこには、美味そうなトマトスープがグツグツと煮えたっていた。
ドラドカの市場で買った野菜や鶏肉をふんだんに使っており、よく煮込まれてるためかなり柔らかくなっているのが目で見て分かる。こんな砂漠の中、これらの食材を鮮度を落とすことなく運搬できたのは、異次元の扉を開くイリアの魔法のお陰だ。
あの魔法を使えば、宝物だけでなく食糧の保存も可能。しかも鮮度が長持ちするので非常に便利。いつでも美味しい料理を作ることができる。
俺達はそれぞれの器に食べられるだけの量を掬い取って、二人で食卓を囲って食事を始めた。
「そういえばアレックさんは、どうしてこんな砂漠を一人で彷徨いていたんだ?」
「え!?え、えーっとそれはですね……あれ、なんだったかな?暑さのあまり忘れてしまいましたよ……ハハ」
「なんと、自分の目的までも忘れてしまう程に疲労していたとは……今夜は早めに寝るべきだな」
「明日の出発も出来るだけ遅くするから、ゆっくり休むと良い」
「あ、ありがとうございます」
自らの目的も分からぬまま、砂漠を放浪して飢え死にする……なんと悲惨かつ哀れな末路であろうか。やはりあの時助けて正解だったな。アレックさんが今こうして生きているのが何よりだ。
「……それにしても美味いな、流石イリアの作った飯だ」
騎士団きっての美食家もとい大食いであるイリアは、自身が作る料理にもまた力を入れている。そしてその料理の腕前は、一流に勝るとも劣らない。
いつか俺がバレアで寝込んでいた時にも彼女が作ったコーンポタージュを頂いたが、あれもまた絶品だった。今回もまた上々の出来映え。
過酷な砂漠での旅を経て腹を空かせていたのもあってか、何杯でもいけそうだ。俺は悔いの残らないよう、胃袋が許す限り精一杯トマトスープを頬張ったのだった。




