「出現する怪物」
息を飲んで、ここに潜みし者の出方をうかがう。漆黒の影に覆われし洞窟の内部、視覚的に頼りになるのは左手に持つ松明のみ。しかしこれでは、いざ戦闘となった時に戦いづらいだろう。
「すまないイリア、少しの間これを持っていてくれ」
「分かりました」
俺は松明をイリアに託し、手の枷をまず無くした。これで両手が開き、存分に闘うことができる。
「――!」
その時だった。洞窟の中にて、突然翼の音が反響した。しかしこの音量から推測するに、これはコウモリの発する音ではなく、どちらかというと――鳥に近い。
だがその力強さは寧ろ、鳥のそれよりも遥かに大きい。何だ、この強く圧迫されるような殺気は……。
「……グガァァァ」
「!……あれは」
……ようやく、怪物の全貌が見えてきた。音からでも既に察することができた大きな翼と、雄々しく逞しい筋肉質な四肢。かなり鋭利な爪先を持ち、軽く力を入れるだけでもありとあらゆるモノを貫きそうだ。大木のように太い尻尾、そして、涎を滴ながらこちらを見つめる奴の形相……奴は、"ウイング・ドラゴン"だ。
コウモリでも鳥でもなく、竜。翼を持つ竜としては一番平凡な力を持つ魔物だが……その"平凡"は、他の生物のそれを圧倒的に凌駕している。こいつ一体だけでも、一つの軍隊と拮抗できるだけの力を秘めているのだ。
魔物として見るならば、コイツは間違いなく上級クラスのモンスター。こんな奴にたった二人で挑むからには、相応の覚悟が必要である。
「……すまんな」
「今からお前の命――貰い受けるぞ」
この洞窟に土足で侵入し、あまつさえそこで大人しく暮らしていたこの竜の命を奪おうとする自分の行いは、果たしてどれ程の罪深さなのだろうか。俺は今一度詫び、そして鞘から聖剣を引き抜く。
「ぐぁぁぁっ……!!」
吹き上がる炎、辛苦の渦に引き込まれ、俺の腕は聖剣によって容赦なく焼かれていった。悲鳴をあげ、苦しみ悶え、しかしそれでも見据えるは眼前の大敵。
「≪その人に捧げよ、精霊よ≫」
「≪敵と闘う力と、何者も追い付かせない程の速さを≫……!」
そしてイリアが、俺に能力補助系の呪文を唱えてくれた。これによって、俺の力と素早さは格段に強化される。
「行くぞ……!」
アポロの切っ先をドラゴンに向けた。ギラリと鈍く光る刃先に、かたやウイング・ドラゴンは狼狽えることなくただひたすらこちらを睨み付けている。
「ッ!」
俺は意を決して踏み込み、地面を蹴ってドラゴンの方へと勢いよく進んだ。接近し、奴に向かって思いきり斬りかかる。
「はぁッ!」
補助魔法によって強化されし俺の脚は俊敏に動き、奴との距離を一瞬にして食らった。だが。
「グォォッ!」
ドラゴンは俺の攻撃に素早く反応し、翼を瞬時にはためかせて後退。振り下ろされた剣の軌道上から退避する。そしてそこから流れるような動作によって反撃の体勢へ。
ドラゴンは口を大きく開き、次の瞬間膨大な熱気をその顎に集約していく。やがてその熱は、巨大な火球と化し。
「ボウッ!」
奴の咆哮という名の引き金によって、弾丸の如く射出された。勢いの衰えを感じさせない真っ直ぐな線を描いて、炎弾は俺を目掛けて向かってくる。とても避けられる大きさ、及びスピードでは無い。ならば斬り伏せるのみ。
「らぁぁぁッ!」
俺は構えた聖剣を全力で薙いで、これに応戦した。聖剣の刃と、ドラゴンの放った炎が激突する。
「ぐぉぉぉ……ッ!」
この程度の炎……聖剣の放つそれと比べればッ!
「……うぉぉぉぉぉーーッ!!」
どうってことは……無いッ!!弾き返してやるッ!!
「……はぁ……はぁ……」
鍔迫り合いの末、ドラゴンの放った炎を迎撃することには成功した。
「グォォォッ!!」
だが奴は、疲労する俺に構うことなく更なる追撃を加えようとする。今度はあの鋭い爪による攻撃。ドラゴンは豪腕を振りかざし、俺を串刺しにすべく殴りかかってきた。
「くっ!」
奴は肉弾戦を仕掛けてきたが、これならまだ避けられないでもない。勿論直撃すれば、そのダメージは先程の火球の比では無いだろうが。俺は強化された脚を巧みに使い、奴の格闘術を間一髪でかわしていく。
ドラゴンが拳を空振りする度、ぶつかった地面や壁が粉微塵に粉砕されていく。崩れ、次々落ちていく瓦礫の数々。それも的確に避けつつ、反撃の好機を伺う。
「ゴァァァァッ!!」
するとドラゴンは、ついに痺れを切らしたのか力強い咆哮をあげ、刹那……。
「ゴォゥッ!」
先程までの拳だけでの攻撃からうってかわって、今度は蹴りまで入れてきた。あたかも溢れんばかりの憤りを地面にぶつけるかのような、稚拙ながらも凄烈な威力のキック。
変化した攻撃パターンに若干面食らいながらも俺は、これすらもかわす。するとここで、イリアが行動に出た。
「"精霊よ 今こそ敵の動きを封じよ"!」
ドラゴンが激昂し、周りの状況を把握する判断力を欠いたこの好機を彼女は見逃さず、ドラゴンにある呪術をかける。それは、被術者を一定時間麻痺の状態に陥れる呪文だ。
「グォォォ……!?」
これによりドラゴンは動きを妨げられ、体を襲う痺れに足止めを食らう。奴が膝を地に着いた。今がチャンスだ。
「うぉぉおおおおおおッ!!」
俺は両手で柄を掴んで跳躍し、聖剣を天井に向かって振りかざす。空中で定めた狙いは、ドラゴンの首。あの頭を切り落とし、この戦闘に終止符を打つ。
「これで終わりだ――」
……が、その時。
「――!?」
聖剣が、俺の渾身の一撃に"揺らぎ"を与えた。
「な……に……ッ!?」
僅かに手が震えた。今も聖剣の呪いによって燃えているこの腕、それでも何とかここまで持ちこたえてきたつもりだったのに。ここにきて俺の腕が、突如として悲鳴をあげた。
だが、振り下ろした腕はもう止まらない。微かに腕が揺れたまま、刀身は奴を目掛けて進んでいく。落下、そして直撃。
「グォォォッ!?」
聖剣はこの時確かに、奴の頭を切り裂いて致命傷を与えた。
「グォォォァァアッ!?」
脳から左目にかけて、大きく且つ痛烈な傷跡が残ったドラゴンの顔。だが……ダメージはそこで止まった。本当ならこの一撃で殺すつもりだったが……仕留め損なってしまった。
「しまっ――」
あの時、俺の腕が微妙にズレてしまったせいだ。アレさえなければ、聖剣は確実に奴の頭と首を分裂させていたハズだ。
「……グォォォォッ!!」
殺傷さえ出来ていれば、もう何も恐れることは無かった。だが、今みたいに殺傷には及ばない致命傷だった場合……憤怒せし敵にそれ相応の反撃を貰う可能性がある。特にこのような、俺が大きな隙を見せている間は、その反撃を避ける手立ても無いので……非常に危険。
「グァァァァァオッ!!」
怒りによって完全なる覚醒を果たした竜が、力任せに拳をお見舞いしてきた。




