「決意、そして旅立ち」
*
「……険しい道のりになるぞ」
「それでもそなたは、これを手に取るというのか?」
場所は城のとある一室。大理石が敷かれた床に立っているのは、ゴライアス様とイリアと、そして俺。ゴライアス様は聖剣アポロを、両手で丁重に抱えていた。
すらりと伸びた銀色の刀身。エリス様が生前装備なされていた、彼女の遺品。俺はこれを装備して、魔王討伐の旅に出ると決めた。
「もとより覚悟の上です」
「これは俺の"贖罪"でもあるのですから」
贖罪。俺はこれから始まる旅をそう呼ぶ。
「エリス様を死なせてしまった、俺の重罪」
「それを聖剣の炎を以てして、燃やし尽くしたいのです」
聖剣は、魔族の俺に断罪の業火を振りかざす。だからこそ俺は、この剣を取りたい。
「……分かった、良いだろう」
「受けとるが良い」
ゴライアス様の許諾を得て、ついに俺はアポロを手に取る。
「――!!」
「ぐぁぁぁぁああああ!!」
刹那、迸る聖火の閃光。魔を貫くその炎に、俺は、苦しみの咆哮をあげた。
「アイザック!!」
「アイザック様!!」
二人の心配する声が聞こえる。とにかく、これ以上苦痛を長引かせる訳にはいかない。俺は激痛の中、何とか意思を繋ぎ止めてアポロを、腰に下げた鞘へと納刀していく。柄まで完全にしまいきったその時、ようやく痛みは消え去った。
「はぁ……ッ!はぁッ!」
手が焼け焦げている。
「アイザック様、大丈夫ですか!?」
心配したイリアが、回復魔法によって俺の真っ黒な手を治療してくれた。おかげで手は元通りになり、再び自由に動かせるようになる。
「ふぅ……ありがとう、イリア」
「もう!無理はしちゃダメです!」
イリアに叱咤を受ける。だが、多少無理でもしなければこの旅は終わらないだろう。この剣で討伐するのだ。ファランクスが生前ほざいていた、人類を脅かす存在――恐るべき魔王を。
「……昨日話す予定だった魔物の出所についてだが」
ゴライアス様がここで口を開く。
「ここから南に進んだ先にある南国地方・"ザザンガルド"の果て……」
「そこから魔物が増殖していると、調査隊の報告で判明した」
南の国、"ザザンガルド"。そこは年中常夏で、富裕層が冬場に挙って遊びに行く名の知れたリゾート地……その果てに、魔物の住処が。及び、魔王の根城があるというのか。ならば行こう。
「分かりました、ありがとうございますゴライアス様」
「必ずや魔王を、この手で討ち取ってみせます」
目的地はザザンガルド。共に向かう仲間はイリア。装備したのは聖剣アポロ。道を切り開くはこの俺……アイザック。
いざ行かん。魔王を倒すための、果てしなき旅へ。
*
太陽に照らされる草原。吹く風は暖かく、俺たちに春の訪れを感じさせる。城を後にした俺たちは、ザザンガルドに向けて早速旅路を歩んでいた。……いや、"歩む"といったらそれは違うか。
と言うのも、ここからザザンガルドまでは、歩いて行くにはかなりの日数を要する。なので、所要時間を短縮するためにゴライアス様から馬を賜り、俺たちはそれに乗ってこの原っぱを駆け抜けていたのだ。俺とイリアが乗っているこの馬二頭は、どちらも王国が誇る名馬。
俺が乗るのは、漆黒の毛並みで強脚の持ち主・"ジョー"。イリアが乗るのは、美しき純白の毛並みで妖艶な雰囲気を持つ"フレイヤ"。二頭はここまで休むことなく走り続けているのにも関わらず、全くもって疲労の気配を見せない。極めて優秀な馬だ。
この調子ならすぐにザザンガルドに着きそう……と言いたいところではあるのだが。どうやら、そう上手くはいかないらしい。なぜなら。
「!……魔物か」
そう。ジョーを走らせる俺の前に突如として魔物が出現し、行く手を阻んできたからだ。俺とイリアはそれぞれの馬に「止まれ」と指示を出し、彼らをその場で停止させる。そして俺たちは馬から降りて、各々の武器を取り応戦する体勢に入った。
「ぐぁぁぁ!!」
燃え盛る腕。身悶えしながらも俺は、頭を働かせてまずは敵の分析に移る。
「グヒィヒィ」
下卑た笑いを浮かべるこの魔物の名称は、"ダークゴブリン"。"ゴブリン"という下等な魔物の民族に強烈な闇の力が宿ったことで生まれた、恐ろしい魔物だ。
形相は異形にして醜く、手にした棍棒はあらゆる物質を粉砕する。手練れの騎士でも、奴が相手となると油断は出来ない。だが。
「……ぐぉぉぉぉっ!!」
それでも。俺の相手では――ないッ!
「グヘェ!?」
聖剣の炎を猛らせながら振り抜いた刀身。痛みに耐えつつ放たれたその一撃には、多少のブレがあったものの。
「グバッ」
ダークゴブリンを両断することに成功。奴の上半身と下半身が別れ、切り口から夥しい量の血が噴出した。瞬間、生臭い返り血が飛来する。
一頻りそれを浴びた後、俺はイリアの治療を受けた。優しい青の色合いの光が、黒焦げの俺の腕を包み込み、傷を癒していく。同時に返り血も浄化していき、俺の血に濡れていた身体は一瞬にして元通りになった。
「聖剣の力は……アイザック様を拒んでいます」
「だからどうした……その代償として、聖剣の力は魔物を相手に大いに活躍している」
「確かに俺の腕は、お前の治癒魔法が無ければボロボロだ……だが、それ以上の対価がこの剣にはあるんだよ」
心配するイリアに俺は、この剣がもたらす魔物への絶大な殲滅力を取り上げて、この剣を手放すわけにはいかないと断言する。
「さぁ、行くぞ」
「……はい」
やがて俺たちは、再び馬にまたがって進んでいく。
日が、そろそろ降りそうだ。




