「祈り」
*
……次の日の朝。
「……っ」
俺の身体を打ちつけていた痛みは、既に殆ど消えていた。もう、腕も指も足も、自由に動かせる。イリアの施してくれた回復魔法のお陰だ。
「おはようございます、アイザック様」
昨晩から俺にずっと付きっきりで看病してくれたイリアが、俺に目覚めの挨拶をする。俺はおはよう、と返した。
「朝食です」
そう言うとイリアは、両手で持っていたプレートをぽんと机の上に置く。俺は起き上がり、卓上の朝食を求めて歩みを進めた。椅子に座り、プレートの上の献立を拝見する。
今朝の主食はパンで、その傍らには野菜の彩り豊かなサラダと如何にも濃厚そうなコーンポタージュがあった。俺はパンをちぎり、一口大の大きさにした後、その欠片をコーンポタージュに浸す。コーンポタージュが染み込んだ柔らかいパンを食らった。美味しい。
口の中に、暖かく優しい味わいが広がっていく。俺の朝を穏やかにしてくれる一品だ。
「喜んでもらえて光栄ですっ」
イリアのその口ぶりから察するに、本日の朝食は彼女が調理してくれたのだろうか。イリアの作る料理は隊の間でも人気だからな……ああ、やはり美味い。
「……あ、そうでした」
「アイザック様、この後ですが……ゴライアス国王陛下がお呼びでして」
「!」
……ゴライアス様が、俺を。
……俺は、どんな顔をしてあの御方の前に姿を現せば良いのだろうか。相手があの化け物だったとは言え、魔物に遅れをとり、あまつさえエリス様をみすみす死なせてしまった俺の罪は計り知れるものではない。最悪の場合、処刑……だろうか。
……それならそれで、甘んじて受ける他ないだろう。
「……分かった」
了解、とイリアに伝えた俺はパンを再び頬張る。時々サラダも口に入れていく。……ふと、虚無感が襲った。あんなことさえ無ければ、今頃はきっとエリス様も隣に居たのか……と、思ってしまった。
失われた時はもう戻らない。今は亡きファランクスは、奪った時を返してはくれない。
「……」
けれど、全てはあの夢が教えてくれた。俺にはまだ、≪やるべきこと≫が残っているのだと。
*
……ゴライアス様から呼び出された俺たちがやって来たのは、王室ではなく教会だった。
「……よくぞ来てくれた、アイザックとその側近イリアよ」
「……ゴライアス様」
教会の中は、荘厳な空気が漂っていた。ゴライアス様の他にも、位の高い大臣や貴族が数多く参列している。国に名を馳せる著名人達の中に、騎士団出身の俺とイリアは混じった。名だたる者共の波に囚われ、イリアは緊張しているのか俺の方に身を寄せている。
「……今日はお主らに二つほど、頼み事がある」
「まず一つ目は、我が娘にしてこの国の王女だった……エリスの葬儀だ」
「……無論、このアイザックも祈りを捧げさせていただきたく存じます」
「私も同意です」
「感謝するぞアイザック、イリア」
ゴライアス様の、穏やかな……しかしそれでいて放心ぎみな面持ちを見るに、俺を処刑する目的でお呼びになったわけではないことが伺える。ひとまず息を落ち着かせた俺は、改めてゴライアス様の願いに耳を傾けた。
本日は、昨日の戦いによって命を落としたエリス様、ならびに殉職した兵士達の葬儀が行われる。これが、一つ目の願い。俺とイリアは、この教会にて死者達に祈りを捧げる。
「……」
「……」
皆、一様に沈黙を固めた。
「……皆様、本日はご参列頂きまことにありがとうございます」
今この場で言葉を紡ぐことが許されるのは、死者を導く役目を担う神父のみ。
「王女様や兵士の方達は、さぞお慶びになられていることでしょう」
「では……皆様、祈りを捧げましょう」
神父の促しに従い、俺達は黙祷した。静寂に時が流れ、辺りに漂うは祈りの念。勇気ある死者達が、安らかに逝けるように……その空間は聖域と化し、死者達に天界への階段を手向けた。
「……ありがとうございます」
神父が礼をし、俺達もまた頭を下げて会釈する。この後も、葬儀は段取りの通りに滞ること無く進んでいった。時間が過ぎ、昼になるにつれて日差しが徐々に強くなってきた頃。
場所は移り、とうとう墓場へ。そこでも深く祈りを捧げ、供物を手向けた俺達は、ここでようやく葬儀の全ての手順を終えたのだった。




