「忠実な側近」
――夢から覚めた途端だった。俺の右腕を、想像を絶する痛みが迸った。
「ぐぅ……ッ!?」
戦いの続きかと錯覚する程の激痛。魂が体に戻った瞬間に、手厚い目覚ましが鳴り響く。
「がぁぁぁ……!?」
お陰で意識の回復は早い。普通、こうした気絶状態から起きたばかりでは意識がまだ朦朧としているモノだが。
「――様!――ザック様!」
少女の声が不意に聞こえてくる。何となく聞き覚えのある声だが、その声よりも俺の悲鳴の方が音量が大きいためによく聞き取れない。そんな、目が覚めて早々に瀕死の状態の俺。
だが、痛みは襲ってくるものの疲労感は殆ど消えてる。とりあえず活力はあるようなので、まずは周辺の景色を見渡し、状況の確認を行うことに。
頭上。……まあ、何処にでもあるありふれた雰囲気の木造の天井だ。
足元。……純白の布団がかけられていた。どうやら俺はあの後、ベッドに運ばれたらしい。
左右。右方には窓。そこから見える景色は、バレアの街並みだった。空は既に暗く、現在の時間帯が夜であることが一目瞭然である。……そして、左方には。
「アイザック様……まだ痛みが引いていないのですね」
……先程の声の主の少女がいた。俺は、ああ……やはり、と思う。夢の中でエリス様に『可愛い側近』と言われた時から思っていたことだが。そもそも何故俺は今、こうして生き延びることができているのだろうか。
と考えた時、即行で心当たりが浮かんでいた。それが、この少女――俺の側近の、≪イリア≫である。イリアは俺の騎士隊で副隊長兼隊長補佐を勤めており、得意な分野は≪回復魔法≫。
回復魔法を扱う者は基本的に神父のような格好をとることが多く、彼女もまたそれに倣っている。十字架の意匠が施された縦長の帽子と、同じく十字架モチーフのコートという、聖職者らしい身なりだ。後ろで縛ってある長髪は透き通った海のような水色であり、表情はとても穏和な感じで、泣きぼくろがある。目はサファイアの如く輝きを宿していて、その髪色も合わさって全体的に深海の景色のような雰囲気を醸し出している。
エリス様と並んでも何ら見劣りしない、端麗な容姿の持ち主。それでいて性格の方もかなり優しく、小まめに気配りができる。そのため、俺の率いる部隊の男連中の間でもかなりの人気者なのだ。そして……たった今そのイリアが、俺の命の恩人なのだと知る。
ベッドに運んだのはまた別の者なのかもしれんが、少なくとも俺の体に回復の魔法を施したのは彼女だろう。聖剣に焼かれ焦げ落ちそうだった俺の右腕をここまで回復させることができるのは、国随一の使い手であるイリアしかいない。寧ろ彼女の腕を以てしてもここまで根強く痛みが残っていることの方が驚きなぐらいだ。
「はぁ……はぁ……イ、イリア……ッ!!」
「あぁぁぁッ!!?」
何とか彼女に礼を言いたいところだが、まるで声帯が言うことを聞かない。さっきから腕の痛みが尋常じゃないのだ。
「ああもうアイザック様!今は良いですから、とにかく安静にしていてください!」
「す、すまん……ウウッ」
イリアの優しい声かけに、情けないことに俺は甘えてしまう。言葉を発する度に痛みが増してくるので、とりあえず黙ることにした。ああ……少しは楽になった、本当に少しだが。
「…………」
……本当に倒したんだな。あの無類の強さを誇る化け物を、俺は。ファランクス……だがその代償に、エリス様や大勢の兵士達を死なせてしまった。そんな状況の中、俺だけがこうしてのうのうと生きて――
「……!」
――そういえば。
「イ、イリア……がはっ」
声を詰まらせながらも無理矢理口を動かして、俺は彼女に確認したいことがあるため必死に言葉を紡ぐ。
「城にはまだ何匹か残党共が生き残っていたハズだ……ソイツらはどうしたんだ」
そう。確かにファランクスは倒したが、残党狩りがまだだった記憶がある。俺が今こうしてここで寝ているということはつまり大丈夫だったのだろうが……一応聞いた。
「ご安心ください、魔物共は全て私達≪アイザック隊≫が殲滅しました」
「……申し訳ありません」
「本来はすぐにでも援護に向かうべきだったのですが……」
……分かってる。城内での突然の有事だったために、きっと皆がパニックで収拾をつかせるのに時間がかかったのだろう。お陰で部隊の編成も大幅に遅延してしまい、おまけにあの長い螺旋階段とくれば、遅れるのは無理もない。敵の到着を遅らせるつもりが、味方の到着を遅らせてしまったとは……何とも皮肉な話だ。
「……構わない」
「寧ろ恩に着る……お前達が来なければ俺は、未だ残っている≪やるべきこと≫を果たさないまま死ぬところだった」
……≪やるべきこと≫。それが何なのかは、結局目が覚めた直後じゃ分からなかったが。
「……アイザック様」
「今はまだ、休んでいてください」
「時間の許す限り、私は……貴方の側にいますから」




