「将の誇り」
――聖剣を手にした魔族は、それまで自らを圧倒していた怪物をその絶大なる光の剣撃によって跪かせた。その直後に行おうとした追い打ちには失敗したものの、魔族――アイザックは今、魔物共を率いる将軍――ファランクスと互角の力を得ている。
(バカな……なぜ奴が、勇者の血族にしか装備できぬハズの剣を装備できている!?)
(その代償なのか、奴の右腕は今も勇者の剣の放出する炎によって焼かれているようだが……)
(……本来はああやって炎に耐えるという余地すら与えることなく、剣は勇者以外の存在を拒むハズなのだ)
そして魔物の軍勢の将、ファランクスは抉られた胸部を押さえながら、魔族であるアイザックがなぜ聖剣を装備できたのかを考える。この時彼は、人間のそれを遥かに超越する思考能力で、瞬時に幾つもの可能性を見つけ出した。だが、その可能性をそれぞれ手繰ってみても、浮かび上がってくる結論は全て同じ。
≪不可能≫。そう、どうあっても不可能なのだ。魔族が聖剣を装備するなんていうのは。夢物語にすら載っていない。史上かつてない、対極同士の結合。ファランクスはこの不条理な現実にて叫んだ。
「ありえない……ありえないぞぉぉぉーーーッ!」
その言葉には、二つの意味がある。一つは、先ほどから言われている通り、魔族が聖剣を装備することの現実味のなさに対しての驚愕。そしてもう一つは……。
「貴様は魔族のハズだ……腐っても、魔族なのだッ!」
「その魔族が勇者の剣を操るだと……笑わせるなァッ!」
「許せんッ、許せぇぇんッ!」
……誇り高き純然たる魔族として彼がアイザックに抱いた、激しい怒り。
「……」
アイザックはそんなファランクスの激高を、無言ながらに平然とした表情で聞いている。
「覚悟しろ……貴様は我を本気で怒らせた」
「悪いが……肉片ひとつすら残してやれる慈悲はもう無いッ!」
敵将の放つ怒号の数々に、周辺の兵士たちは敵味方関係なしに全員恐れおののく。一方で、彼と相対するたった一人の騎士は、今も燃え続ける炎に身を焼かれながら一点のみを見つめている。
その瞳に揺らぎはなく、まるで狩人のそれのような冷徹さ、そして鋭さを持っていた。アイザックは言葉を喋らないまま、剣を右手から左手へと持ち変える。
その行動は、腕への焔による負担を軽減するためのものなのだろうか。利き手とは反対に剣を握ることにもそれなりのリスクが伴うが、それを考慮しても今はそうするべきだとアイザックは判断したのだろう。しかし、そんな些細な戦法の変化などファランクスにとっては心底どうでもいいこと。
「行くぞッ、小僧ッ!」
どの道、彼のお遊びは終わりを告げたのだ。彼が全力を以て潰しにかかれば、アイザックなど手も足も出ない。……ファランクスは、そう確信していた。そしてその確信の裏付けになるのが、この瞬間移動の魔法。
それは、不可能を可能にするという魔族の所以ありし必殺の極意。ファランクスは黒煙へと消え去り、その行方を晦ました。
(小僧……その虫の息程度の体力で我の瞬間移動をどこまで避け切れるか)
(まぁ、どの道貴様は終わりだ……この、≪不可能を可能にする≫我が魔法で貴様を葬って――)
……と。瞬間移動の最中、別次元の闇空間にて勝利への確信を更に深めているファランクスはここで何かに引っかかる。
(――不可能を、可能に……)
……魔族の魔法は、不可能を可能にする有言実行の秘術。
ファランクスは自分自身でそう豪語したが……。
(不可能……)
……≪不可能≫というワード。ファランクスはそこに着目する。そしてファランクスは、即座に探った。自らが求める、この引っ掛かりに対する明確な答えを。
すると。
(――!)
彼は、一つの真相にたどり着くことができた。それは。
(……そうか)
(そうであるならば、我は愚かにも目覚めさせることに成功してしまったようだな)
(小僧の……魔族の身に隠されていた唯一無二の魔力を)
……アイザックの能力の開花。
(小僧もまた、我らと同様に不可能を可能にしたのだ)
(魔族が勇者の剣を装備するという、全く覆すことのできないハズだった≪不可能≫をな)




