「聖魔の大将軍」
***
『……やぁ。突然すまないね。アイザック』
『私の話が終わり次第、もとの世界に君を帰すから、まずは安心して聞いてほしい』
……やはり、魔玉を媒介にして俺を呼んでいたのはお前だったか。モルド。
俺は今、真っ黒に塗り潰された世界で、モルドと二人きりで対面している。モルドは、まだ俺たちの仲間だった頃に取り繕っていた人間の姿をしていた。角も翼も尻尾もない、高貴な雰囲気の赤い軍服を着た眼鏡の青年――《モルド・レアビイルト》としての彼が、そこにいる。
「……どうして」
『どうして私が生きているのかって? いいや、安心したまえ。私はもう死んでいる』
『ただ、君の姫――エリス・バレアがしたように、私も死に際に自分の武器に己の魂を宿せるかどうか試してみた。そしたら成功した……それだけのことだ』
……エリス様のそれは奇跡だとばかり思っていたが、これはやろうと思ってできることなのか? 尤も、それを確かめるには俺自身も一回死ぬ必要があるから、あまりその辺りを追求しようとも思わなかったが。
まあ良い。それより“話”とは何だと俺はモルドに尋ねた。すると彼は、クイッと眼鏡の位置を軽く整えた後、こう答える。
『なに。地面に転がりながら君たちの様子を観察していたら、何やら“いらぬ心配”をしていたようだったのでな』
『“友”として、君を安心させてやらねばと思ったのだ』
“いらぬ心配”……?
……まさか、今回の反逆行為が世界的に有罪になるか否かについてか? 俺は途端に彼の話に興味が湧き始める。何か打開策でもあるというのか。俺は彼に聞く。
『いつか言っただろう?』
『ザザンガルド将軍の名に賭けて、君達が罪に問われるようなことには絶対にさせないと』
そういえば確かに、モルドは一昨日の夜にそんなことを言っていた。あの時の俺は所詮気休めだと思って苦笑いで聞き流していたが……。
『計画上、私は君ら一行とザザンガルド王家の連中を皆殺しにした後、少しずつ他の国に侵攻していくつもりだった』
『その為には、アルハート殺人の罪に問われるのを原因として諸外国をいっぺんに敵に回すことを避ける必要があった』
『なので私は、君たちとあの山で出会う少し前に、予め手を打っておいた』
『“アルハート王は世紀の悪王である”という事実を、世界各国に広めたのだ』
『そしてその事実は既に浸透しきっているだろう。恐らく、君たちの住むバレア王国やサンメラ王国にもな』
なんという用意周到ぶりだ。俺たちと出会う少し前……ということは、それ程時間があったわけでもあるまい。にも関わらず全世界にその話を広めたというのか。その辺りの謎を俺はモルドに聞いてみる。すると彼は『観光客を利用した』と説明した。なるほど。世界各国から観光客が集まるザザンガルドなら、逆に帰国する観光客を媒介にして世界へ情報発信を行うこともそう難しくはないわけか。やはりモルドは頭が切れる。
『今やアルハート王の世界的な評価は底辺にまで堕ちている。我々の今回の反逆も、正当な“革命”として判断されるに違いない』
『保証するよ』
もともとはモルド自身の計画の為に講じられた策が、まさか彼の敵である俺たちを救うことになろうとは。なんとも皮肉なものだ。だが、モルドに助けられたのは紛れもない事実なので、一応俺は彼に礼を言う。するとモルドは、嘲るように鼻で笑って返した。だがその嘲笑は、恐らく俺ではなくモルド自身に向けられているのだろう。『こんなハズではなかった』という彼の心情が窺える。
『……それと、もう一つ』
『魔物共についてだが、それについても私から君に良い知らせがある』
魔物の発生源に関することか。ちょうどそれについても頭を悩ませていたところだ。まさかこれもモルドが何か手を……? いや、それはないだろう。そもそもモルドは魔物を憎んではいたが、利用はしていた。彼からしてみれば都合のいい道具を処分する理由は無いハズだろう。しかしだとすると、どういう……?
『魔物共は、魔王たる存在が死した瞬間からその生命力を長い年月をかけて失っていく』
『当然、繁殖の勢いも大幅に落ちる』
『君たちが追い求めていた“魔物の発生源”とやらに相当するものを、君たちは私を殺したことで既に断つことに成功しているのだ』
『尤も、だからといって灯りを消すかの如く魔物共がパッと死ぬわけでもない。暫くは君たちも連中と戦い続ける必要がある』
……なるほど。理解した。そうと分かれば、あとは魔物共の殲滅にこれからも勤しんでいれば、いずれ魔物のいない平和な世界を迎えることができるのだな。それを聞いて安心した。
『さて、伝えることも伝えたし、私は今度こそ地獄へ行くとするよ』
『君もこれからまた戦いの日々が始まるだろうが、まあ以前よりは楽なハズだ。精々頑張ってくれたまえ』
……わざわざ現世に留まって俺にそのことを伝えてくれたのも、最後にそんな激励までくれたのも、全ては俺のことを“友”だと思ってくれているからこそなのだろうか。だとすれば、嬉しいは嬉しいのだが、やはりどこか奇妙な気分を覚える。
だが、モルドが良からぬことを企んでいる訳ではないことは知っている。今のモルドの目は、嘘をついている目ではない。俺は彼の言葉を心から信用し、そしてここで改めて、彼に別れを告げるのであった。
「……さよならだ。モルド」
「ああ。アイザック」
やがてモルドは、黒の世界の中でただ一人、白い光を帯びてその体を薄れさせていく。まるで霊のように透明になっていくモルドがこれから向かうは、言うまでもなく死者の国。それも本人曰く地獄である。尤も俺には、彼が地獄でヒイヒイ苦しむ姿など到底想像がつかない訳なのだが。
しかし俺もいずれは地獄へ行くのだろう。世界こそ救いはしたが、犯した罪も計り知れない。なので多分、モルドとはまた再会する。だが、地獄でまた会おうなどとはなんとも縁起が悪いので、俺はこう言うことにした。
「来世でな」
『来世でな』
……その言葉は、なんとモルドのそれと完全に一致し。同時に放たれた。俺が込めた決別の想いは見事に彼と重なり、調和させて奏でられる。
俺とモルドは、同じ魔族でありながら、まるでコインの表と裏のように全く正反対の道を歩んできた。そしてその交点で俺たちは激突し、俺はその戦いに勝った。
互いに憎み合いながらも最後はこうして“友”として別れることができたが、できることならば、そう……。
……“来世”では、彼とは最初から“友”として出逢いたいものだな。
***
……やがて俺は、モルドが誘った暗黒の世界から開放され、再び現世にその魂を舞い戻らせる。まるで夢から覚めたかのような感覚だ。意識を取り戻した俺はゆっくりと瞼を開ける。一瞬ぼやけた視界。徐々に鮮明になっていく世界にて、俺を待っていたのは……仲間たちであった。
「アイザック様! 良かった、気がついて……!」
「お前というヤツは、心配させるな! お前にもし何かあったら、私は……!」
「ヒヤヒヤさせやがって、兄さんってヤツはよぉ!」
俺の名を呼びながらそう俺を叱咤する三人だが、その瞳には例外なく涙が溢れていた。そうか。俺が意識をモルドの世界に移している間、俺はずっと気絶していたのか。それでイリアたちは、俺の身に何か起こったのかと心配を……。
だとしたら申し訳ないことをした。俺は眠気などすぐに吹き飛ばし、心を溌剌にさせる。心配事もモルドのお陰で消え去ったのだ。今ならば、何の迷いもなく笑うことができる。
俺は力強く、かつ勢いよく立ち上がり、雄々しく右腕を掲げ、こう言い放った。
「……皆、喜んで聞けッ!」
「今夜は……宴だぁぁっ!!」
……俺のその突拍子もない発言に、イリアたちはポカンと口を開けてあ然とする。そんな彼女らに俺は、先程モルドと話したことを一通り伝えた。俺たちが罪を被る必要がないこと。魔物共がじきに衰退していくこと。この二つの知らせを聞いたとき、三人の心もまた俺と同じように歓喜の極みに達したのだった。
これで今度こそ、この夜明けを快く迎え入れることができる。日中はゆっくりと眠り、今宵は盛大な打ち上げパーティーと洒落込もうじゃないか。一揆団の皆も誘って、酒も肉もありったけ用意して。
ここにいる全員の働きを讃えて……!
『……私からも礼を言うよ。アイザック』
『モルドを倒してくれて、ありがとう』
やがて、脳内にてエリス様が俺に改めて御礼の言葉を綴られた。俺はそれに対し、僭越ながらこう答える。
『……俺は、礼を言われるようなことはしておりません』
『俺は、エリス様やここに居る仲間たち。挙げ句には敵であるモルドにさえ助けられながらここまで辿り着きました』
『故にこの功績は、俺ではなく、ここまで俺を支えてきてくれた全ての者が打ち立てたものなのです』
……そう。俺など、導かれた末に最後のトドメを刺しただけに過ぎない。だから、真に称えられるべきは俺ではなく、仲間たちなのだ。勿論、謙遜の意も少しはあるが……それが俺の結論であることには違いない。
だがエリス様は、俺のその言葉を聞いた次の瞬間、こう言い放った。
『それでも、君がいなければ終わらなかった』
『君は紛れもなく、この世界で未来永劫語り継がれる――』
『――“真の勇者”なんだ』
……エリス様がそう仰ってくれるのであれば、もはや俺にそれを否定する理由はない。俺は彼女のお褒めのお言葉を素直に、真摯に受け止める。だがだからといって、驕るような真似は決してしない。この偉業は、俺と仲間たち……全員の力を以て成し遂げたモノなのだから。
そう。言ってみれば……。
……俺達全員が、“勇者”なんだ……!
***
……こうして俺たちは、モルドの野望を打ち砕き、この世界を救った。エリス様の死から始まり、イリアと共に旅立ち、イクシスとマルク君に出逢い、モルドと死闘を繰り広げた――数奇すぎる運命が織り成したあの旅。
あの後も、平凡とは呼べない俺の日々は続いた。
アルハート王が殺害されたことは、モルドの遺言通り“革命”として世界から認められ、そしてそれを成し遂げた俺たち一行は讃えられた。“独裁国家を滅ぼした救った英雄”と。かくして俺たちは“生ける伝説”として歴史に名を刻み、それぞれの故国に凱旋した際は数日にわたって我々の帰還を祝う様々な祭りが国をあげて催された。
熱烈すぎる歓迎を受け、腹がはち切れそうになるくらいにご馳走を食べては酒を飲み。踊り、歌い。明かした夜はいずれもどんちゃん騒ぎだった。外した羽目は暫くは戻らず、やがて再び魔物対峙のために戦地に赴いた時はそのせいで若干腕が鈍っていた。
だがそれでも、この世界から魔物を根絶やしにするという俺の使命は変わりはしない。草原でも、荒野でも、森でも、山でも……そう。どこに身を置こうとも。
馬を走らせ降り立った大地に魔物が立ちはだかる限り、俺はこの|《閃影宝剣》で一匹残らず斬り伏せる。それが、人が為に生きる魔族――《アイザック・バレア》なのだから。
そして今日も、俺が率いる軍は獅子奮迅の如く戦場にて進撃し、魔物の軍勢を相手取って熾烈なる戦いに武器を片手に明け暮れる。
「兄さん! 西方から更に魔物共に増援が加わるそうだ!」
「問題ない。イリアは負傷した兵たちの治療を引き続き頼む。誰一人として死なせるな」
「勿論ですっ!」
草の無い荒涼とした岩場。砂煙が風に攫われるなかで、俺とイリア、そしてマルク君は、バレアと魔物の両軍の兵士が入り乱れるこの抗争の中心人物となり、各々の力を奮っていた。
我々バレア軍の構造は、あの旅を経て大幅に変貌を遂げた。
まず、マルク君は俺のスカウトでバレア軍に加入。その後は習得した呪文――《オーガズ・アルマ》の力を存分に駆使して、国の長い歴史でも類を見ない短い期間で、なんと将軍の座にまで上り詰めてみせた。
次にイリアも、この度達成した偉業を王から評価され、即座に昇格。建国以来初となる女性の将軍となった。彼女は、あれから更に威力に磨きがかかった光と氷の呪文で敵を殲滅しつつ、軍の兵たちの治療もこなしてくれている。まさに万能型の将軍であり、配下からの戦場におけるその信頼も厚く、順調に己が隊をまとめ上げてみせている。
そして、俺はというと……。
「……アイザック大将軍ッ!! 先程伝達兵より、サンメラ王国から増援が来たとの連絡が……!」
「よし」
……将軍を超えた将軍――《大将軍》。バレア王国において新たに創設されたその階級に、唯一無二の戦士として俺は昇格した。なんでも王曰く、俺の働きはもはや“将軍”の域では留められないらしく、この新階級に俺を就任させる運びになったのだそう。この知らせに俺は少なからず嬉しく思ったが、それ以上に、未だかつてない責任を背負うことになる自覚を持った。
これからは大将軍――兵を束ねる将軍よりも更に高い地位に立つもの――として、先陣を切っていかなければならない。そのプレッシャーすら俺は跳ね除け、この天命を全うする。
「……久しぶりだな。アイザック」
「来てくれたか。イクシス」
そして先程の兵の報告通り、この戦いに……イクシス率いるサンメラ王国の軍も参戦、及び加勢に来てくれた。自身の軍に早速突撃指令を出したイクシスは、バレア軍を率いる俺とここで合流し、隣り合わせで戦場に立つ。この戦いは開始前から大規模の兵数による戦闘が予測されていた為、王の判断により予めサンメラ王国には協力要請が送られていた。
あの旅を契機に、バレアとサンメラの両国の間柄は親密になり、今ではこうして共同戦線を組むことは全く珍しくない。その連携の噛み合い具合はもはや“パートナー”と呼ぶに相応しく、お陰で我々の戦はより優位に進められていく。
「この戦いは、周辺国が平和を掴み取るにあたって重要なもの」
「敗戦は許されないぞ」
「分かっているさイクシス。だが、その心配はいらない」
「俺にはこの最強の武器、《閃影宝剣》と……」
「……《戦慄大剣》があるんだからな」
……俺はイクシスの忠告にも、確固たる自信を胸にそう豪語する。そう。今の俺には、聖剣と紫紺の魔剣が融合した究極の剣――閃影宝剣だけではなく、モルドがあの時この世に残した唯一の形見――《戦慄魔玉》が変異した――《戦慄大剣》がある。
本来の所持者たるモルドが死して数年が経った今でもなお、その鮮血が如く紅の煌めきは衰退の影すら覗かせることなくみなぎっており、そして、俺に力を貸してくれている。
最初は戦利品の感覚でこれを拾い、モルドから貰い受けたが、これを使うたびに俺の中で少しずつこの魔玉に対し想いが募っていき、今では少しでもモルドの“生きた証”を世に知らしめたい一心で、俺は閃影宝剣と併せてこれを振るっている。
その力は圧倒的で、まさに俺自身がモルドになったかのような気分だ。竜の息吹や悪魔の呪文、全てがこの大剣の前に無様に無に帰される。味方につけてこれ程頼もしい存在はない。“神器”の名に恥じない、最強の制圧力を誇る兵器なのだ。
「ふっ……もう私では、お前に追いつけそうにないな」
「そんなことはない。お前の《星の魔玉》だって……」
「謙遜はよせ。かえって無礼だぞ?」
「す、すまん」
……イクシスに若干強引にそう褒められた俺だったが、逆に、ここのところ俺はこの二つの武器の力に頼りすぎているような気がした。まるで俺が武器を使っているのではなく、俺が武器に使われているかのような……ううむ。自分でも何を言っているのかよく分からないが。とにかくまだ完璧とはいえない。
すると、そんな俺の悩みを文字通り見透かしているお方がいた。その人は俺のその考えに対し、気楽な口調でこう言い放った。
『全く君ってやつは。君が強ければそれで良いんだよっ』
「細かいことを気にするより、まずは勝つことだけを考えるんだ。いいね?」
――未だに俺の中で生き続ける英霊――エリス様。
「エリス様……。……分かりました」
彼女の言うことはもっともだ。いくら俺がここで今その頭を捻ったところで答えは見つからないし、まして誰かが教えてくれるなんてこともない。
もしどうしても答えを得たいのなら、何かをしながら手探りで掴み取るしかないのだ。それも、一瞬の直感を以てして。容易なことではないが、それが俺に与えられた唯一の選択肢。
宿敵を倒し、英雄になった今でも、俺の悩みは尽きない。ふとあの旅を振り返ってみると、確かに、俺よりも武器の存在の方が過重に思えたことは幾度となくあった気がする。
聖剣から紫紺の魔玉。果ては閃影宝剣へと進化していった俺の武器は、いずれも俺を常に高みへと引っ張ってくれていた。
俺はそんな武器に助けられるばかりで、逆に俺はこいつらに何かを返せたのだろうか。
もし、まだ何も返せていないのなら……それもまた、これからの戦いを通して探していくべきなのだろう。
“魔族を蝕む聖剣の光”から始まった――俺の物語の中で。
「……よし!」
「ここが正念場だッ!」
「皆の者……“俺たち”に続けェ!」
俺のこのかけ声に、仲間たちが、エリス様が、そして……剣が応えてくれる。
俺が目指すは、真の世界の平和。
例えその道がどれ程長く、険しかろうとも……!
「……うぉぉぉぉぉぉぉーーーーッ!!」
俺はいつだって、剣を手にして走り続ける!
剣に込められた信念、想い、情熱……全てを連れて行って!
その剣閃は、何者にも蝕まれはしない!
これこそ、俺たちが織り成す唯一無二の……。
……“聖剣伝説”なのだから……!
― The End ―
これで「魔族を蝕む聖剣の光」は終わりです!
ここまで読んでくださった皆様へ。
本当に、ありがとうございました!
こうして無事にこの作品を完結できたのも、皆様のご愛読のおかげです。
この作品を執筆して得られた経験は次回作に必ず活かします。
最後にもう一度……読者の皆様、この小説を読んでくださって、本当にありがとうございました!




