「残される課題」
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……閃影宝剣が解き放った混沌の炎は、ついに彼を――モルドを、跡形もなく消し去った。その最期の瞬間で、俺はモルドに宿敵としてではなく“友”として向き合うことができた。だから、掲げたその剣に後悔はない。涙も、宝剣の炎が乾かしてくれた。
長かった戦いはとうとう終わりを迎え、仲間達の表情にもようやく安堵の色が戻り、やがてそれは瞬く間に歓喜へと変わっていく。
「やりましたね! アイザック様っ!」
「魔王討伐の宿願……ようやく叶ったな! アイザック!」
「さすが兄さんだぜっ!」
皆が一様に俺の名を呼び叫ぶなかで、俺もまた一人、勝利の余韻に浸る。
王室の窓から光が徐々に差し込んでくる。激闘によってズタズタに引き裂かれた絨毯や、ボロボロに抉られた石床が、優しい鴇色によって照らされていった。窓の向こうに目線を映してみると、そこには……朝日に照らされるザザンガルドの美しい街並みの景色が広がっていた。
戦いも、夜も、明けたのだ。どちらも長く苦しい時間の中で流れていったが……こうして清々しい気分で明かすことができて本当に良かった。
これで世界は平和に……。
……。
平和に……?
「……ん?」
……ところで俺はふと思う。俺たちはかくして魔王……いや、もうその呼び名はよそう。……“モルド”を、倒した訳なのだが……。
……そもそもの旅の目的である“魔物の発生源の断絶”は、できていないのでは?
そのことについて俺は、恐る恐る仲間達に尋ねてみる。するとイリアとイクシスは……。
「……あっ」
「しま……!?」
……やはりというかなんというか、全身をビクッと震わせ、『そうだった』とばかりに二人して失念していたこの事実を思い出して、刹那には嘆いたのであった。
そう。いつの間にか目標が“魔物の発生源”から“魔王討伐”にすり替わっていたから忘れていたが、俺たちはもともとは魔王ではなく魔物を根絶やしにする為に旅をしていたのだ。
魔物共を統率する存在を倒したからといって、魔物そのものが淘汰される理屈はどう頭を捻っても思い当たらない。魔王本人が魔物を生み出していたなら話は別だが、モルドがその行為をする様子は見受けられなかった。
完全にしくじってしまった。モルドを倒す前にそのことだけは彼に聞いておくべきだった。……いや待て。そんな問いをしたところで彼が答えていたとは到底思えない。何故なら、彼には答えるメリットも無ければ義務もないからだ。そうか。どっちにしてもこの疑問に対する答えをこの地点までに得ることはできなかったんだな。いやしかし、だからといってこれではなんとも歯切れが悪い。
ああ……。せっかく因縁の戦いに終止符打てたというのに……。今の気分じゃこの朝日もただ眩しいだけの鬱陶しい光だ。もはや浴びるのも嫌になってきた俺は即座に日陰に避難する。それは現実からの逃避でもあった。
『あちゃー……まあなんか、モルドを倒したらハッピーエンドみたいな空気だったからねぇ』
俺の脳内で今もなお生き続けているエリス様はしかしこの状況でも絶妙に明るく、そして軽かった。だが今ばかりは正直その言葉すら聞くのも辛い。辛すぎる。
……いや。もう考えるのはよそう。少なくともモルドのあの恐ろしい計画を阻止することだけはできたのだ。魔物の断絶にはあと一歩届かなかったが、それでも、この世界の平和の為に大きく前進できたことは疑う余地がない。
それに、なんの情報も無いわけではないのだ。このザザンガルドの街のどこかに魔物の発生源があるらしいことは分かっている。また、その魔物の発生が活発になるのが、日が完全に落ちきった夜であることもな。これらの手がかりをもとに探していけば、必ず魔物の発生源を暴けるハズだ。
よし……気持ちを切り替えることはできた。残る問題は、この後のこと。
と言うのも、アルハート王の死によって、俺達はめでたくこの反逆を完遂させた“犯罪者”となった。勿論、アルハート王はモルドの言う通り正真正銘の悪王で、彼を討ったことで間違いなくこの国の人々の未来は救われただろう。だが、そのことと諸外国の評価は別だ。もしこの反逆の正当性を認めてもらうことができなければ、この場にいる全員は、運が良くても国外追放は免れない。最悪の場合は勿論……アレだ。
とりあえず、まず第一に確保すべきはマルク君の仲間の安全だろう。このことが明るみに出る前に転移魔法で彼らのいるサンメラに移動し、彼らに早急に移住を呼びかけ……。
……ようとした、その時だった。
「モルドさぁぁぁんっ!! 俺たちも加勢に来たぜぇぇぇっ!!」
……今頃になって、モルドが言葉巧みに煽動し立ち上げた市民団の人々が、この最上階の王の間まで登り詰めてきた。
「あれ……モルドさんがいねぇ!?」
「アルハートの野郎の姿もねぇぞ!?」
「いるのはアイツらだけか……!?」
この場でどういったことが起こったのかを一ミリも想像できない彼らは、今でもモルドの姿を探していたのであった。しかし彼の姿はどこにもない。あるハズがない。なぜなら彼は、俺達の手によって死体も残さず消し飛ばされてしまったのだから。
「……いや待て! アルハートのクソッタレ……首が転がってやがる!」
「なんだと!」
「うぉぉマジだぜぇ! ってことは……!!」
「俺達が!! 勝ったんだぁぁぁぁッ!!」
彼ら一揆団は、アルハート王の生首を目撃するや否や、その完遂された反逆に感極まり、喜びを一瞬にして沸騰させ、勝利の雄叫びを俺達の鼓膜がちぎれそうになる程にあげにあげまくった。
……彼らがアルハート王が働いた悪事を証言してくれれば、少しは後に行われるであろう裁判で有利になれるのだろうか。いや……過度な期待はしない方が良いだろう。何も知らずにただ喜びだけを噛み締めている彼らを俺は、そんな遠い目で見つめた。
と、その時だった。一揆団のリーダー格の男――オールバックの黒髪。厳つい顔で、筋骨隆々の肉体を軽装で包んでいる――が、突然俺の目の前……に歩み寄ってきて、こう言った。
「それでアンタ。モルドさんは……どうしたんだ?」
……その時俺は、彼の表情を見てその胸中をなんとなく察した。恐らく彼は、その問いに対し俺が返す答えを大方予測している。経緯はどうあれ、今この場に一揆団の統率者たるモルドだけがいない理由など一つしかないのだから。
俺も俺で、『お察しの通りだ』と一言そう言えば良いのだろうが、何せ彼を――モルドを手にかけたのは俺だ。彼らにとって最大の敵であるアルハート王ではなく、俺なのだ。
勿論、俺が真実を彼らに話す理由はない。というか、モルドが実は魔王でしたなんて話はまず信じてもらえないだろう。寧ろ、話した瞬間彼らからモルドの仇扱いされるのは火を見るよりも明らかである。
だが、だからといって偽りを述べるのもそれはそれで……。
……と、俺が事の対処に直面して逡巡していると、そこへ企み顔のマルク君が突如として駆けつけ、彼にこう言った。
「モルドさんはアルハートの狡猾な策に嵌り、無念にして壮絶な戦死を遂げた」
「戦闘の腕では完全にモルドさんの方が上だった。だがあの卑怯者は……クソッ!」
「しかしその罠を看破できずにみすみすモルドさんを死なせちまった俺達にも責任がある。好きなように罵ってくれ……償いがしたい」
ここまで堂々としていて、かつ悪びれの無い作り話と演技は俺も初めて見た。しかも、モルドをあくまで英雄格化することで一揆団の肯定を誘い、それでいて我々にも非があったと低い姿勢で話すことによって、相手の胸中で渦巻いている様々な激情を和らげている。
極めて技巧派な話術だ。マルク君は時としてこういった子供らしからぬ強かな一面を見せることがある。流石、幼くして国の影に身を投じていただけのことはあるなと、俺はあの子に感心させられるのだった。
「……償いはいらねぇ」
「お前さんらはモルドさんの願いを見事に受け継いでみせたんだ……寧ろ、遅れちまった俺たちの方が不甲斐ねえよ」
すると彼は……いや、一揆団全員は、マルク君が語った架空のあらすじに感動したのか、俺たちをあっさり許し、涙ながらに自分達の力不足を嘆いたのであった。俺は彼のその言葉を聞いて理解する。『彼は良い人だ』と。
……詭弁かもしれないが、真実を彼らに伝えるのはやはり酷だろう。これまで彼らが絶対の信頼を寄せていたモルドが、今ある世界を滅ぼし、無の世界を創造せんと企んでいたなどと知れば、信じる信じないに関わらず彼らは怒りや悲しみのあまり自我を崩壊させるだろう。混乱を避ける為にも、ここはマルク君の話に合わせておいた方が絶対に良い。
イリアとイクシスもやや苦笑いながらマルク君に同調する。俺もまた同様であった。こうして俺たちは、一揆団の人たちにモルドの死の謎を誤魔化すことに成功する。
あとは俺たちの処分がどうなるか、だな……。まあ、そればかりは時を待つしかないか。どうか、俺たちのしたことが正しいことだと認められれば良いのだが。
……と、俺がそんなことを途方に暮れる思いで考えていた、その時だった。
「……ん?」
俺は、現在差し込んでいる暁の光とはまた違う、“赤色の光”が王室のどこかでほのかに照っているのを認識した。他の仲間たちもそれに気づくなか、俺は一人、その光が発生しているであろう地点まで歩く。まるで、何かに導かれるかのように。
すると見つけた。その赤光の源を。そこは、俺がモルドを倒した辺りの床に転がっていた。血の色に限りなく似ている光を放っていたのは……。
「……これ」
「モルドが持っていた武器……?」
……《戦慄槌》と《戦慄大剣》。俺たちを苦しめてきた二大最凶武器に変異する究極の魔神器――《戦慄魔玉》。モルドがこの世に残した唯一の“生きた証”が、この赤光を纏っていたのだ。
そういえばモルドは、俺に腹を刺されたあの瞬間、戦慄大剣を手放していた。それでこれは閃影宝剣の攻撃を免れ、モルドと共に消し炭にされることなくここに残っていたのか。
「……モルド」
すると俺は無意識の内に、その魔玉に手を伸ばしていた。普通ならば、彼の魔王の遺品など、触っただけでも何が起こるか分からないと警戒するところだろう。だがこの時の俺は、魔玉からそんな嫌な雰囲気を受け取らなかった。寧ろ、これからはどこか暖かみすら感じる。その暖かみが逆に何かの罠かもしれないが、俺はこの魔玉を手に取ることに躊躇はしなかった。
彼と――モルドと友になったからこそ、何となく分かる。この魔玉は俺を呼んでいるのだ。罠に嵌めるためではなく、“何か”を伝える為。この、一つの武器に吸い寄せられていくような感覚……俺は知っている。そう、これは……。
……初めて俺が聖剣を手にしたあの時と、同じだった。
やがて俺は、その魔玉を掴み取る。すると俺の精神は、突如として“転移”を開始した。決して苦しくはない。自我は変わらず保たれたまま、俺の精神がどこかへと誘われていく。俺はその呼び声に促されるまま、その先へと向かっていった……。




