「絶血の装甲」
――それは、二大勇者の魂の共演。歴史を超えたその出逢いは、魔王を超越せし魔王――《モルデッド・D・ペンドラゴン》と相まみえる。
「――《母が産み落とせしこの肉体に終焉が見えた》……」
すると今度は、己が溜めた血の湖に浸りながらモルデッドが“呪詛”を完成させた。
「……《よってその封印を解く 発現せよ》」
「《絶血装甲――サングラント・アムール》……ッ!」
――“血塗れの愛”を、反逆の魔王は叫ぶ。その呪文の詠唱後、モルデッドの全身の至るところから滝のように溢れ流れている血が、突如として……“硬直”した。硬質化したその血は艶を放ちながらモルデッドの体を――目や口などの部位を除いて――まるで“鎧”のように覆い尽くしており、見るからにそれは頑丈そうである。
するとその紅き装甲は次の瞬間、ドス黒い闇のオーラを急速に滲ませ始めた。暗黒に揺らめく陽炎が瞬く間に立ち上っていき、それに応じて鎧に宿りし魔力もみるみるうちに増大していく。そしてついには……それまで彼の右腕を縛り付けていたマルクの鎖鎌でも制御が効かなくなってきた。
「な……この野郎、まだこんな力を隠し持って……!?」
《オーガズ・アルマ》の力を以てしても、その力の膨張はもはや手がつけられない。爆発的に強靭化を遂げたその装甲は、とうとう……。
「……ッ!!?」
……マルクの鎖鎌を、その強烈な圧力を以て破壊してしまった。
《オーガズ・アルマ》の不滅と思われた魔力は、モルデッドの《サングラント・アムール》によって完膚なきまでに覆される結果に終わる。二度目の敗北を喫したマルクは、こうなってはもう、ただただ唸るしかない。
「……アイザック。君が油断して近づいてこなかったのは予想外かつ残念だったが、それでも私の勝利には変わらない」
「この不滅の鎧――《サングラント・アムール》は、いかなる攻撃も寄せ付けないのだからな」
「私自身が瀕死の状態にならなければ、この技は発動できない。だが、扱いにくい分、発動できれば勝利は確定的になる」
どんな攻撃も効かないというモルデッドの豪語には説得力がある。実際、あの《オーガズ・アルマ》を相手取ってもその鎧には傷一つついておらず、一方的に押し勝ってみせたのだ。アイザック一行の武具の中では聖剣の次に強かった鬼神の力がああもあっさりやられてしまった現実に、マルク本人は勿論、その光景を目の当たりにしたイリアとイクシスも戦慄を露わにしている。
しかし、それに対してアイザックは依然として、その剣――《アポカリプス・ノクターン》を握る手を震わせる様子はない。彼の腕と自信は、今も揺るがぬままである。
「この剣を前にして、本気でそんなことが言えるとはな」
「俺には分かるぞ……。この剣の力が、お前のその装甲の堅さを遥かに上回っているのがな」
……戦意が衰えるどころか、寧ろ逆に笑ってしまう程の意気軒昂ぶりを見せつけている。絶望の“ぜ”の字も知らぬその将軍の笑みに、彼と相対せし魔王もまた、頬を歪ませた。
「この期に及んでそんな自惚れを披露するとはな。君はもう少し賢い人間じゃなかったか?」
モルデッドの嘲りに満ちたその問いに、アイザックはなおもニヒルに笑いながらこう答えた。
「……そうだな」
「エリス様の魂を取り込んだことで、彼女の性格がほんの少し移ってしまったのかもしれない」
アイザックが放ったその冗談のような台詞には、やはり余裕があった。それも不自然なくらいに。自分の実力に対するその絶対たる信頼は、果たしてモルデッドの言うように単なる慢心なのか、それとも……。
***
『……私の性格が移ったって、その言い方は少し誤解を生むんじゃないかな?』
「そうですか?」
『そうさ。あれじゃまるで私が自信過剰な女みたいじゃないか』
先程の俺の発言にエリス様は腹を立ててしまったのか、不服そうに頬を膨らませ俺に抗議してきた。俺としては別に他意があった訳ではないのたが、確かに言い方は悪かったかもしれない。ただ、この一連のやり取りは周囲から見たら完全に俺の独り言だ。故にここで更に会話を続けたら仲間にそれこそ変な誤解を与えかねない。
なので俺はエリス様との会話も程々にして、改めてこの《閃影宝剣》を握った感触を確かめる。俺のさっきの言葉に偽りはない。この剣の力は、間違いなくあの鎧のそれを上回っている。確信があるのだ。持つ者にしか分からないであろう――この剣の真価は、目の前のモルドが恐ろしく霞んでしまう程に輝いている。
これなら勝てる。予感ではない。それは今そこに迫っている確かな未来。誰も信じないなら、俺が……いや、“俺たち”が証明してやる。この宝剣の力が本物であることを。
「……いくぞ、モルド」
「決着をつけよう」
……いざ行かん。文字通り血を血で洗ってきたこの凄絶な生き残り競争に、終の鐘を鳴らす為に。モルドは『来い』とばかりに指をクイッとさせ、俺を挑発してきた。勿論、その喧嘩は買う。腰を深く落とし、臨戦態勢。地を蹴る用意はできている。後は……。
「……終わらせるッ!」
……その脚に覚悟を乗せ、勇気の引き金を引くだけだッ!
俺は力の限りの激走を開始する。風の抵抗を悉く払いのけ、彼の魔王との距離を限界まで縮めた。そして。
「ふっ!」
構えた宝剣を隼よりも素早く振り抜く。光纏う残像を残しながら、刃はその絶血の鎧に触れた。キンッという鋭い音が鳴る。剣は……鎧の表面を、確実に削っていた。
「なんだと……ッ!?」
完全無欠のハズのその防壁にヒビが入ったことで、モルドが思わず唸る。やはり、俺の見立ては間違っていなかった。マルク君の《オーガズ・アルマ》までもが破れた破格の防御力とはいえ、この究極の力――《アポカリプス・ノクターン》と対峙して無傷ではいられる訳がない。
「見誤ったな……モルド!」
「お前のその油断が、お前に敗北を運ぶ!」
「ぐっ……調子に乗るなァッ!」
アテが外れたモルドはしかし、俺が望んだような動揺の仕方はしなかった。思いの外早くに精神を引き締め直したモルドは、俺が与えたダメージの直後も、のけぞることなくすぐさま反撃の剣を振りかざす。
だが俺は、モルドのその行動よりも先に剣を動かした。モルドの頭上に刃閃を走らせ、掲げられたその大剣に宝剣を衝突させる。
その勢いは、モルドの大剣を支える力を上回った。鈍音が大気に波状の震動を与えると同時に、彼の戦慄大剣が真横に弾き飛ばされる。
「うおっ……!?」
体ごと動かされたモルドは、予期せず攻撃が失敗に終わったことで体勢を崩した。俺はすかさず、その隙を襲う。素早く剣を持ち直し、今度は突きの姿勢へ。狙いは……彼の目だ。
「はぁッ!」
その時、まるで疾風に後押しされたかの如く、俺の体は軽やかかつ急速に前へと動いた。突き立てた剣の切っ先には、聖炎とも闇炎とも言えぬ異形のエネルギーが充満している。この世に二つとない、この宝剣だけが持つ唯一の属性。俺はそれを自身の魔力で極限まで滾らせ、一閃を叩き刺した。そして。
「……ぐぉぉぉぉぉわぁぁぁぁああっ!!!?」
その剣は見事、彼の眼を貫くことに……成功した。
思った通りだ。モルドの《サングラント・アムール》は一見、彼の全身をすみからすみまで覆っているように見えるが、実はそうではない。目、鼻、口、耳……など、外気から何かを取り入れる器官の付近は、血が凝固していないのだ。これは、固まった血がそれらの器官を封じないように《サングラント・アムール》がわざとそう作動しているのだろう。
呪文そのものが持つその機能性は評価に値する。そうした点も含めてやはり《サングラント・アムール》は強力無比な鎧と言えるが……しかし、防御力という点ではそこに穴ができてしまうのである。
いくら閃影宝剣の力が凄まじいと言っても、絶血装甲を相手取っては削るのが精一杯だ。だがそこを狙えば、確実にかつ手っ取り早く彼に致命傷を負わせることができる。
「うぉぉぉぁぁっ!? ぁぁぉあああっ!?」
片目に鋼を刺しこまれたことで、モルドは今度こそ期待通り……いや期待以上の錯乱っぷりを見せてくれた。これだ。これを待っていた。
敵の精神がパニックに陥った時にこそ、勝利の兆しは見えてくる。これまで数多の戦場を駆け抜けてきた俺の勘は伊達じゃない。今が、守りを捨てた攻勢に移る絶好のチャンスだ。
俺はモルドの眼球を貫通している宝剣を手早く引き抜き、飛んでくる返り血を身に纏っている炎で焼き払いながら再び剣を構える。そして次の瞬間には、宝剣を……超高速で振り回した。
恐らく誰の目にも止まらないであろう、竜巻の如く連続攻撃。一秒に何十という数の斬撃をモルドの装甲に叩き込み、迅速にその表層を削り取っていった。
「ぬぁぁぁぁぁぁっ!?」
未だに貫かれた瞳の激痛に悶えているのか、それとも鎧がすり減っていることに驚愕し唸っているのか、はたまたその両方か、もはやその悲鳴の判別は不可能だったが……モルドは今、かつてない“焦り”を晒している。
俺はその彼の慟哭を追い風にして衝動を燃やし、烈なる剣撃――その速度を更に早めた。まるで溶けていくかのように、絶血装甲は剥がれ落ちていく。そしてその果てしない連撃の末、俺はついに……モルドの胸部から腹部にかけて、装甲を完全に削ぎ落とすことに成功した。
再び露わになった彼の肉体……これで、勝利の為の材料は全て揃った。錯乱状態に陥ったモルドの精神、失われたモルドの片目、無防備になったモルドの胸と腹……。
……全てを賭けるなら、今しかない!




