「閃と影」
「エリス様っ……!?」
アイザックが辺りを見回してみても、彼女の姿はどこにもない。しかし、声は確かにアイザックの耳に伝わっている。まるでテレパシーのように。
『彼がその企みを実行している間、君と私とで“融合呪文”の詠唱を開始しよう』
『君か持っているそのオーブ……《紫紺の魔玉》だっけ? それをもう片方の手で取り出してみてくれ』
エリスの声は、アイザックが理解するのを待つことなく自らの作戦を淡々と述べる。アイザックは、エリスの姿がどこにも無いことからはじめは幻聴ではないかとも思ったが、ふとモルデッドの姿を見てみると……確かに彼は何やら小声でブツブツと呟いている。もしもあれが何らかの呪文詠唱の真っ只中であった場合、エリスの言葉通り、今モルデッドに接敵するのは危険だ。
故にアイザックは、脳裏にて反響する彼女の言葉を彼女の意思として受け取り、信じる。細かい理屈は後回しにして。そしてアイザックはエリスの命令通り、聖剣を握るもう片方の手で、《紫紺の魔玉》を握った。
『今からこの二つの武器を、グラファ……だっけか。アイツがやったように、“融合”させる』
『君と私の魔力を合せれば可能なハズだ。私が聖剣に魔力を込めるから、君は魔玉に魔力を注いでくれ』
かつてサンメラ王国の王の間にてアイザック達を苦しめた強敵――グラファは、《撃滅の暗黒剣》と天帝剣を融合させ、一対の双剣として扱った。彼がそうしたように、聖剣と魔玉を融合させようとエリスはアイザックに提案する。
だがここで思い出されるのは、グラファがその呪文を唱える際、それを《禁忌の呪文》と称したことだ。禁じられ、そして忌まれたことを意味しているその言葉からは、何者も寄せ付けぬ負の言霊を宿している。そんな呪文と同じ類のそれを唱えたりして、本当に大丈夫なのだろうか。
……というアイザックの不安はしかし、一瞬のモノであった。何故ならば。
それは、他ならぬエリスの――彼が仕える姫の命令だったからだ。
「……承りました」
「このアイザック……全身全霊をかけて、オーブに魔力を込めさせていただきます」
その将軍にとって姫の命令は絶対であり、その是非は関係ない。言われたら従う。それだけのこと。故にアイザックは、なんの迷いも逡巡もなく、その彼女の指示に応じた。
そして彼は再び、あの呪文を唱える。アルハート王を打ち破った――《紫紺の魔玉》の力を最大限に引き出す――“闇の鎮魂歌”を。
「――《荒ぶれ。 昂ぶれ。 己が精神の深淵から無尽蔵の闇を呼び起こせ》」
「《この妖しく美しい魔の協奏曲に死の調べを乗せて》」
アイザックが左手で握るその魔玉は、紫色に妖しく奏でられしその旋律によって破滅の力を宿す。魔玉が姿を変えたのは“長剣”。刃を彩るは宵闇のオーラ。魔族将軍の滾りし心が臨界点を超えた時、その呪文――《魔のレクイエム》は顕現する……!
「《全てを紫紺に染め上げろ 魔のレクイエム》……ッ!!」
底なしに深い闇が、その剣の全てを覆い尽くす。右手には橙の聖炎が。左手には紫の魔炎が。その双炎は対極たる存在にして、今、一人の魔族の両手によって握られている。
……いや。厳密に言えば二人だ。何故なら今のアイザックの中にはもう一人、かの王女の魂が移り住んでいるのだから。そしてその王女――エリスの魂は、これより彼の精神の内側にて呪文を唱える。それは、聖剣に彼女の聖なる魔力を注ぐ為の“鍵”となる魔法であった。
『――《勇者たる我の力を 聖剣に存分に与えよ》』
『《それは全てに勝る不死の炎にして光》』
『《絶望に立ち向かいし者に 勇気を》……!』
『《閃光のブレイブ・ブレイド》!』
その呪文の音色は、確かにアイザックの胸中にて力強く響き渡った。この瞬間、アイザックは確信する。自分の中でエリスは生き続けていると。そして同時に思った。こんなに心強いことはないと。
エリスが自分と共に戦ってくれる。それも、この上なく自分と近い距離で。目の前では今もモルデッドが徐々に暗黒のエネルギーを蓄えている最中だというのに、恐怖なんてものは一ミリも湧いてこない。寧ろ、時間が経過するごとに勇気が泉のように溢れ出てくる。この感覚はもはや、エリスが存命だった頃のそれすらも上回っている。この魂が分かたれない限り、絶対に勇気は潰えない。勝利を収めるまで、何度でも彼の戦慄に挑み続けるだろう。
そして、そんな二人が放つ融合呪文の詠唱が、ついに始まる。光と闇の鼓動は交わり、重奏の響を迸らせ、その主従の絆を具現化する。
『――《魔に魅せられよ 聖剣よ》』
「《光に惹かれよ 魔剣よ》」
双方は共に、それぞれが魔力を注ぐ剣に命ずる。その言葉に、剣はオーラを纏って呼応する。
『《交差せよ》』
「《集束せよ》」
アイザックは両手に持つその双剣をクロスさせる。するとその交点で、橙と紫の瞬きが滑らかに渦を巻いて混ざった。そして、凄絶なる混沌の力が徐々にその片鱗を覗かせ始める。
『《手を取り合って》』
「《分かち合って》」
その調べはいよいよフィナーレへと迫る。すると二つの剣はやがてアイザックの手を離れ宙に浮かび、その姿をそれぞれの色のオーラの塊に変えて……互いに重なり合った。
『《完成するは聖魔の化身》』
「《無の支配力をも超える混沌の力》」
その融合剣はついに満を持して現出する。一つの刃と化したそれは光闇のエナジーを両方共持ち併せており、それらは反発し合うことなく、寧ろ融和の極みに達していた。将軍と姫が完成させた――無をも遥かに超越するその豪華絢爛たるその一振りの名は。
「《閃影宝剣――アポカリプス・ノクターン》ッ!!」




