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魔族を蝕む聖剣の光  作者: うさぎボーイ
最終章 「聖剣の魔族」
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「母への愛」

 そしてエリスに判断を委ねたモルデッドに、この状況について怒りを抱く権利はない。それがエリスが出した判決なのだから、モルデッドは受け入れなければならないのだ。アイザックはモルデッドを皮肉り、彼を牽制する。


 それは、初めてモルデッドがぐうの音も出なかった瞬間であった。彼は歯をギシギシと噛み、軋ませながら苦汁を飲み、しかしやがて怒りが収まったのか、次の瞬間には……もとの冷静な表情を取り戻してみせた。


「……良いだろう、この賭けは私の負けだ」


「先程は君の忠誠心を『薄気味悪い』などと貶して悪かった。謝罪しよう」


「だが……」



「……それでもこの勝負、私は譲るわけにはいかないのだよ!」



 刹那、紅色の閃が地を駆け、その軌跡に亀裂を刻む。魔の孤王(モルデッド)が韋駄天の如く速度で迫ったのは、魔の勇者(アイザック)の眼前。


 魔王の眼下で影となり、彼の睥睨を食らったアイザック。しかしアイザックの覚悟も、勇気も、この程度で潰えはしない。かの姫騎士と魂を重ねた今、目の前に降りかかりしその絶望は――


「……脆いッ!」


 ――脆弱なる闇の一欠片に過ぎない。剣閃が魔王の胸板を捕捉した時、アイザックが聖剣を振り抜いたのはまさに一瞬の出来事であった。


「……ぐはぁっ!?」


 鮮血が、アイザックの頭上に雨のように降り注ぐ。その赤色の豪雨の中で傘もなしに立つその勇者は、しかし依然として剣の軌道を途切れさせることなく、


「ふっ!」


 次なる一撃を叩き込み、


「うぉぉぉぉ……っ!?」


 魔王の強靭な肉体に、滅邪(めつじゃ)の十文字を鮮やかに刻する。


「バ……バカな!?」


 強襲の勢力を今の一瞬で瞬く間に失墜させたモルデッドは、この形勢逆転の現実を信じることができないまま、振りかざした大剣を地に叩き刺し、柄を掴みながら倒れ込む。


 息切れする魔王は言葉の度に血を吐いており、堕としたその膝をあげることはおろか、体を動かすことすらままならなかった。ここまで追い詰められた様子のモルデッドは、誰の目からも初見であり、それまで踏み入ることのできなかった領域に今、アイザックは達している。希望のきざはしが見えた時、彼の反撃は始まりの鐘を鳴らす。


 聖剣の力を真の意味で味方につけたアイザックの快進撃はまさに目覚ましかった。聖剣は振るう者に何の代償も要求せず、それでいてなお聖剣の炎はアイザックの魔の血に呼応し、彼が昂るごとにその勢力を際限なく大きくしていく。今のアイザックは、かつての自分は勿論、本来の所有者たるエリスまでも凌駕してこの聖剣の真価を引き出していた。


「終わりだ……!」


 跪くモルデッドに、今度はアイザックから仕掛ける。石床を走り抜け、魔と融け合った光の斬撃をモルデッドに向かって迸らせた。


 ……だが。


「……うぉぉぉッ!!」


 その掲げられたかと思われた“勝利の旗”を、この魔王(モルデッド)は満身創痍の身の上ながらもへし折ってしまう。次の瞬間彼は、地に刺さった戦慄大剣エンド・オブ・エクスカリバーを、膝をついた体勢にも関わらず瞬時に引き抜き、盾として構え自らへの攻撃を遮断した。


 例え聖剣(アポロ)の力が如何に強大になろうとも、その大剣の威力が衰える訳ではない。今もなお顕在の、その堅牢なる刃は聖なる光の一撃を見事に弾き返した。


 アイザックがそのモルデッドのしぶとさに思わず狼狽し瞠目するなかで、彼と交閃を散らすモルデッドは、一片(ひとひら)の想いを目の前の聖剣の陽炎と共に揺らがせていた。


「私は……私はッ!!」


 回想するのは、かつて自らを愛し、そして自らもまた愛した――彼にとって世界で一番尊い者との会話。



『“モル”……貴方は強く生きて』


『母さん……!』



 血塗れの身で、痩せ細った少年の小さな体を抱き締めたのは、彼の――モルデッドの母。


 幼き日の自分をふと思い起こしたモルデッドの“今”は、執念に燃えている。


「私は……『強く生きる』と決めたのだァッ!」


何人(なんぴと)たりとも、この私を殺させはしないッ!」


「母が残した唯一の“生きた証”を……絶やさせはしないッ!」


 自分はかつて母に愛された存在。故に自らを守るということは、それ即ち『母が大事にしたものを守る』ということ――モルデッドにとってそれは、絶対に、誰にも譲ることのできない“信念”だった。


「……なんて奴だ……」


 悪を討つ聖剣の力を以てしても、モルデッドのその不屈の闘志を完全には制圧できない。魔王(モルデッド)の異常なまでの奮迅ぶりにアイザックはもはや戦慄を通り越して脱帽させられた。


 モルデッドの母は、どこまで彼を狂乱の精神に駆り立てるのか。アイザックには不思議でたまらなかった。しかし、こうきてモルデッドと剣を交わすごとに、徐々にアイザックにも見え始めることとなる。モルデッドが母に捧げた、底なしの――“愛”を。

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