「聖剣に宿りしもの」
――至近距離まで虚空を食らってここまで迫ってきた斬撃の影に、しかし俺は本能を叩き起こしてこれに反応する。精神に電流を迸らせ、自らの思考より先に体を突き動かし、目前の剣閃に闇殺しの焔で対抗する。
二つの攻撃は衝突。そして互いに威力を相殺する。しかし、俺がモルドの強襲を不発に終わらせたのも束の間、彼は不敵に微笑んだのち、今度は得物を瞬時に俺の真横に移動させる。俺はこれを防ぐべく聖剣を脇腹に添えた。だが……その時。
「ッ!?」
「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!?」
……聖剣の呪縛が、その苛烈極まりし焔を以てして、俺の腕を……無慈悲にも痙攣させた。橙色の裁きを、破邪の鋼が熱く熾す。
このタイミングは流石に……まずいっ!?
「もらったァッ!」
モルドがこの機を逃すハズはない。まるで、彼の研ぎ澄まされた感覚が彼の耳に『やれ』と囁いたかのように、彼の腕は迅速かつ円滑に動いた。その手に握られた終焉の邪剣は、俺の横っ腹を……。
「ぐはぁぁぁぁぁっ!? ぁぁぁっ!?」
……斬り裂く……!?
「ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
……瞬間、全身に駆け巡るは激痛の嵐。俺の声を、肉を、何もかも軋ませる――悪夢の如き苦しみ。その慟哭に限りはない。安息の“あ”の字もない惨劇の獄。奈落に突き落とされるよりも、その絶望は遥かなるもの……!?
「ぐぅぁっ!? ぁぁっ!! うぁぁ……っ!!」
周りに響く全ての音を上回って、俺の悲鳴がこの暗闇の空間を覆い尽くした。仲間達が俺の名を呼ぼうとも、宿敵が俺を嘲笑おうとも、魔の血は絶え間なく流れ出る。やがて俺は、自身の体を自我ごと崩し落としてしまった。
「クックック……君の返り血を全身に浴びて、実に清々しい気分だよ」
「今のでかなりの量の肉が引き裂かれたハズだ……ブチブチと音を立てて君の血管が千切れていくのは痛快だった。 お陰でストレスの発散になった」
「礼を言うよ……っ!」
モルドは、その感謝の言葉とは裏腹に、うつぶせになってのたうち回っている俺の体を……思いっきり……踏みつけたっ……!!
「う……ぐあぁっ……!?」
「さて……では、そろそろ頂くとするかな」
「君のその聖剣に眠っている……“エリスの魂”を」
……何……だ……と……っ!!
「やはり気がついてなかったか……。良いだろう、冥土の土産に教えてやる」
「君がこれまで汗水流して使ってきたその剣にはな……エリスの魂が憑依していたのさ」
「このことに気づいたのは私もついさっきな訳だが……君は今まで本当に、何の心当たりも無かったのか?」
……。
……心当たりなら……ある。
あれは、あの煙の魔物――《グラファ》との戦いにおいて、奴に呪術をかけられ俺が昏睡状態に陥った時のことだ。
『聖剣の名に賭けて、必ず君を生かすだろうさ』……俺にそう言ったのは、死んだハズのエリス様だったのだ。あの時は単なる夢だと思っていたが……まさかアレは、聖剣に眠っていたエリス様の魂が、俺の意識内に入り込んでいたというのか?
「まぁ、君に自覚があったかどうかなんて私にとってはどうでも良いことだがね」
「兎にも角にも、君の聖剣にかの姫君の御霊が宿っていることを私は突き止めた」
「先程君から貰った、“あの一撃”でね」
「いやぁ。実に感激だよ……二度と手に入らないと思っていた彼女の“英雄の魂”が、ついに私のモノになるのだからねぇっ!」
まさか奴は、エリス様の魂をこの聖剣から奪って、それを……。
「ククク……ほうら、出てきた」
……食らう気なのか……!?
「ハハハッ! 見ろアイザック! 実に美味そうな“英雄の魂”だぞ!」
モルドは俺を踏みつけにした状態のまま、呪術の詠唱を開始する。彼の右の掌より現れし魔法陣が煌めきに満ちると、刹那、俺の聖剣から……一つの結晶が抜き出された。
それは水晶のような透明感を持つ物質で、その中で琥珀色の焔が燃え揺らいでいる。これがエリス様の……魂の一塊。ああ、なんて美しく瞬いているのだろう。
その尊き輝きを放つ結晶が、今、モルドの唱えた呪文により、彼の口元へと運ばれていく。この時俺は、ボロボロの体を強く踏み押さえられているせいで、動くことができないまま、そのおぞましい光景を目の当たりにさせられた。
……嫌だ。あれが他の誰かに――ましてやあの憎き魔王・モルドに食われてしまうなど。あってはならない。
絶対に……!




