「自傷」
――戦慄大剣の無効化能力も、聖剣の前では効果を顕現させることができない。この事実は確実に俺の追い風となりて、俺が払う剣に躍動感を与えた。刃に勢いが乗り、閃が唸る。
「力を貸すぜ、兄さんっ!」
「ああ、頼む!」
ここでマルク君が、加勢しに来てくれた。これまでのマルク君の目覚ましい活躍ぶりは、俺の目にもしっかりと焼き付いている。確か、《オーガズ・アルマ》……だったか。彼がその呪文を唱えると、彼の鎖鎌が赤黒いオーラに包み込まれ、凄い力を持つようになる。
まさかマルク君が、俺が倒れている間にこれ程の成長を遂げてくれるとは思いもよらなかった。今の彼は、この上なく頼もしい弟分……いや、相棒である。
「私達もやるぞ、イリア」
「はいっ!」
イクシスとイリアも、それぞれの武器を構えて臨戦態勢に入った。今、モルドは俺達四人によって完璧に包囲されている。この位置取りなら、大剣の守りを掻い潜ることなど造作もない。モルドが一瞬でも俺たちの内の誰かに気を逸らそうものなら、その瞬間に隙を突いて彼の背後を集中的に攻撃する。
マルク君の鎖鎌。イリアの聖杖。イクシスの魔斧。そして……俺の聖剣。四つの力は魔王を取り囲んでそれぞれの真価を同時に発揮する。流石のモルドとて、これら全ては避けられまい……。
……と思っていた、その時だった。
「……ハァッ!」
モルドは瞬間、その大剣――《エンド・オブ・エクスカリバー》で、斬った。
……自分の、腹を。
「……は?」
このモルドの、突然にして意味不明過ぎる自傷行為に、俺の精神は得体の知れない恐怖感によって激しく顫動した。
一体彼は……何をやっているんだ?
「グハッ!? ……クッ、ククッ」
吐血しながら、狂ったかのように笑い始めるモルド。俺は背筋が凍り付く感覚を彼に思い知らされ、無意識の内に、剣を振るおうとしていたその腕を止めてしまった。
そして、この一瞬の躊躇いが、彼に……“チャンス”を与えてしまうこととなる。
「――《我の体を傷つけることを許されたるは 我のみ》」
「《戦慄大剣によって流された我の血よ 今こそその無の力と融合し 我を守る壁と化せ》」
「《ブラッディ・ナッシングネス・シールド》……!」
その呪文が詠唱された直後、彼の腹から溢れ出ている血が、徐々に“薄い膜”となって、モルドの体を包み込んでいく。やがて球体を成したその膜は、次の瞬間……。
……モルドに降りかかっていた、氷の呪文、魔斧、鎖鎌の攻撃……その全てを、完璧に防いでしまった。
「え……!?」
イリアが飛ばした氷柱の刃は、粉々に砕け散り。
「うぉぉぉっ!?」
「ぐはっ……!?」
それぞれが手にする武器を自分の体ごと弾かれてしまったイクシスとマルクは、衝撃によって共に後方に吹き飛んでしまう。
この三方向からの同時攻撃が、まさか悉く防がれてしまうなんて、俺は思いもしなかった。何せ、あのモルドの、自害にほぼ近い常軌を逸した行動が、この技――《ブラッディ・ナッシングネス・シールド》を出す為の伏線だったとは予測できるハズもない。
完璧に意表を突かれた。大量に出血した自分の血を防護壁として利用するなんて、普通じゃ考えられない。思えば、これまでモルドは幾度となく血を使った技を披露してきたが、この《ブラッディ・ナッシングネス・シールド》が、現状で最も多くの血を彼に流させた気がする。
彼とて無傷では済まない捨て身の防御魔法……多大なる代償を彼が払ったからこそ、この無敵のバリアーが顕現してしまったのだろう。そして恐るべきことに、その血の防御膜は、三人の攻撃を凌いでもなお残り続けている。
「誰にも私の邪魔はさせない」
「アイザック……今の内に……」
「……主君との別れを、済ませておくと良い」
……その口角の歪みは、まるで意図の読めない発言を繰り出す。“主君との別れ”……“主君”とは、エリス様のことを言っているのか? だが何故、今それを言う?
謎だ。エリス様との別れは、彼女が死した際にとうに済ませてある。もし今の発言が、俺を殺す前の最後の一言であった場合、“別れ”という表現は正しくない。エリス様のいる“かの国”に俺が行く訳なのだから、寧ろ真逆の意味の“再会”という言葉の方があっているハズだ。
……しかし俺のその考えは、次の瞬間、モルドによって覆されることとなる。
「……っ!?」
……その血塗れの魔剣士が目睫の間にまで迫ってきたのは、ほんの寸秒の出来事であった。赤い血の障壁で身を包みながら、モルドはその睥睨によって俺の全身の神経を凍てつかせる。
瞬間、彼はかざしたその大剣を凄まじい勢いで振り落とした。血みどろの惨刃はその軌道に紅蓮の血痕を滲ませながら俺の体を分断せんと襲いかかる……!




