「終の大剣」
――戦いの中でマルクが成長していく姿を見て、モルデッドはひたすらに心を躍らせていた。
もうすぐ、この至極の素材を使った料理が自分の口元に運ばれてくると、そう考えただけで、モルデッドは空腹感と愉悦感の二つに浸ることができた。
だが、彼のその余裕はやがて致命的な“油断”を呼び込んだ。モルデッドのそのあからさまにふざけきった姿勢に痺れを切らしたマルクの一撃は、魔王に少なくない傷跡を残す。
「ぐっ……しまった。少々……刺激し過ぎたか……!」
先程のこのマルクの速攻は、モルデッドの想定を大きく超えていた。まさかここまで飛躍的に能力が上昇しようとは、思いもよらなかった。故にモルデッドはこの時、ほんの少しだけ“反省”をする。『見縊り過ぎていた』と。
だが……“後悔”はしなかった。
何故なら、いくらマルクが力を着けようとも……。
「……良いだろう」
「君を甘く見ていたこと、心の底から謝る」
「許せとは言わない。代わりに償わせてくれ」
「“本気”を……出そう」
……モルデッドには、そんな彼をも遥かに凌ぐ強力無双たる魔力が、味方しているのだから。
「《我が戦慄槌――ヘルブラッドレッドよ》」
「《魔王の名のもとにその力を更に開放し 進化せよ》」
その呪文の発現により、モルデッドの武装――《ヘルブラッドレッド》が、突如として邪悪なるオーラのとばりによって包まれる。
そして紡がれる言の葉の数に比例して、戦慄槌は、その練度を高めていく。
「《深紅の血潮に磨かれし汝は 屍山血河の最果てにて勝者たる我の手によって掲げられる》」
「《血を求め彷徨い続けたその魂を 我に託せ》」
やがて槌は、その形態を大きく変貌させる。強烈な殴打によって敵を粉砕するという従来までのバトルスタイルは捨て、次にこれが変異を遂げるのは……“剣”。
それも、優に大人二人分はあろうかという大きさの刃だ。これをまともに扱える者など、少なくとも人類には居まい。
だが、かの魔王はこれを軽々と手にして、暗夜の城にて君臨する。
数多の怨霊を抱えながら、血塗られた大地に突き刺さる一振りの恐怖――その名も。
「《顕現せよ……戦慄大剣》」
「《エンド・オブ・エクスカリバー》ッ!」
……《エンド・オブ・エクスカリバー》……その武器が告げるのは、聖剣伝説の終わりか。
これが、モルデッドの真の力。あまりにも巨大過ぎるその大剣を前に、マルクは《オーガズ・アルマ》の力を身に着けていてもなお、得も言われない戦慄き声を漏らしてしまう。
精神が震撼するのを感じる。脈は荒ぶり、視界はぼやけ、開いた口は中々塞がろうとしない。魔王の領域に入った挑戦者の震慄は、今、最高潮に達している。
だが、そんな少年のもとへ、駆け寄る者がいた。
「どうした、クソガキ。随分と手が震えているようじゃないか」
「クソアマ……!?」
紫髪の少女――星雲の魔斧使い――イクシス・ラギシーク。その人である。
「何しゃしゃり出てんだっ!? テメェは兄さんの護衛をしていろよっ!」
「貴様がやられては元も子もない。それに、アイザックは直に回復するとイリアも言っていた」
「あいつが復活するまで後少しの辛抱だ。それまで私達で何とか息を繋ぐぞ」
そう言うとイクシスは、星の魔斧を両手に持ち、マルクと肩を並べ、戦闘態勢に入る。一方で、彼女に真っ向から抗議を跳ね除けられたマルクは、半ば釈然としない感覚を覚えながらも、渋々彼女との共同戦線を受け入れることにした。
「この《エンド・オブ・エクスカリバー》を手にした今の私にとって、君達など最早、単なる養分に過ぎない」
「さぁ……大人しく、“無の供物”となってしまえ!」
終焉を携えし魔の傑物は、一対ニという状況におかれても、決して動じない。その絶対的王者の風格は色褪せることがなく、依然としてその姿は、見る者に絶望を与える。
すぐそこにまで迫っている無の使者。マルクとイクシスはそれぞれの武器を構え、これに果敢に立ち向かうのであった。
「はぁッ!」
まず、先手を打ったのはイクシス。彼女は星空の煌めきを放つその巨刃を、血と無の化身に向かって豪快に振るった。その軌道が残す残光は、まるで天の川のような美しさ。それでいて威力も申し分ない。まさしく、華麗なる一撃。
……だが。
「……君の戦いは実に美しい」
「しかし……その分、儚い」
かの魔王は、これすらも無に帰す。
「なっ……!?」
モルデッドの得物――《エンド・オブ・エクスカリバー》の一閃が放たれ、それがイクシスの《星の魔斧》と激突したその時。
《星の魔斧》は、なんと……彼女の手から離れ、遥か後方に吹き飛ばされてしまった。
魔斧には重さが無い為、重力の影響を受けることなく、そのまま王室の天井にグサリと突き刺さる。刺さった箇所からは、天井に使われている石材の微細な欠片が溢れ落ちていた。
イクシスには、今の迎撃が見えなかった。彼女は重さの概念が無い《星の魔斧》を振るっているから、攻撃速度にかけてはモルデッドよりも秀でている自信を持っていた。なのにこれは一体、どういうことなのだろうか。
そもそも、あのデカいにも程があるだろうと言いたくなるくらい巨大な剣が、彼女の《星の魔斧》を上回る速度で動くなど、物理的にはあり得ない。
……尤もそれは、たった一つの“可能性”を否定した場合でのことだが。




