「反逆」
――守る力を求め続けたマルクは、この局面でついに念願の呪文を会得する。
その名も《オーガズ・アルマ》。自らの武器の攻撃力を鬼神のごとく高める、強力無比にしてマルク独自の秘技だ。
マルクはこの力を握り締め、かの魔王に一矢報いるべく、早速その刃を彼に振り下ろす。そしてその攻撃は、見事にモルデッドに直撃し、彼に血を流させることに成功したのだが……。
……モルデッドは、自らの体を伝う流血に、呪文によって命じた。『弾丸になれ』と。自分自身のダメージを再利用して武器に変える呪文――《リベンジ・ブラッド》が発動する。彼の血を原材料とした無数の弾が、マルクを強襲した。
……だが。
「チッ……テメエの汚え釣りなんか、死んでもいらねぇんだよっ!」
今のマルクにとって、その攻撃は……弾くのも容易い程に威力が脆弱であった。
鬼の力を授かりし少年は、迫り来る攻撃を鎖鎌で全て薙ぎ払い、それらを悉く破裂させてみせた。その迎撃はまさに旋風の如く素早さであり、それでいて確かなる鋭さも持ち併せている。これまでのマルクとはまさに別人のような強さだ。
これがまさに、モルデッドの言う“英雄の魂”の熟成の過程。窮地に追いやられる毎に、その者が行う反撃はより逆転を呼びやすくなっていく。
モルデッドにとって、己に向かってくる戦士とは、経験という名の燻煙によって美味しく燻されていくモノなのだろう。じっくりと時間をかけて育てることで、その旨味を何倍にも引き出す。
そうした観点から考えてみると、今のマルクはモルデッドからしてみれば“傑作”と呼んでも差し支え無い程に力をつけている。言うなれば、極上の味付けを施された、自慢の逸品だ。
モルデッドはこの時、自分の“料理の才能”に死ぬ程酔った。『なぜ自分は、こんなにも美味しい料理を作ることができるのだろう』と。敵を焚き付け、煽動することで、その者の力を目覚めさせ、“英雄の魂”を生成させる。
それを食らうことで、モルデッドは更なる力を得る。そして、幾多もの“英雄の魂”を吸収し続けることで、やがてはこの世界をも無に帰すことのできる絶対的なパワーを掌握するのだ。
魔王の血を継ぐ叛逆者が、己が料理の道を極めた時、森羅万象は彼の手によって再構築される。そんな、彼にとって夢のような場面を想像するだけで、モルデッドは有頂天になってしまう。
「素晴らしい……最高だっ!」
「マルク・リオン! 君はアイザックの次に類稀なる輝きを秘めた原石と言っても過言ではないっ!」
「だが……もっとだ! もっと私に、君の力の“真髄”を見せてくれぇっ!」
……尤も。
燻し過ぎた食材は、時として、咳き込んでしまうくらい煙っぽくなってしまうこともあるが……。
「……大人ってのはよぉ、いつまでも自分の方が上だと思ってる連中ばっかだよなぁ」
「思い上がりも甚だしいんだよ……いつまでも見下してんな。クソッタレが」
「だったらよぉ、逆に今度は俺がテメェらを見下してやる」
「今までバカにしてきたガキに寝首を掻かれる屈辱ってヤツを、これでもかっつーくらい味合わせてやるぜ……なぁおいっ!」
……その時、マルクがありったけの怒気を込めて放ったのは、モルデッドを含めた不特定多数の大人達に対する非難と反抗の言葉であった。
国の大人達から冷ややかな目で見下されながら生きてきたその少年は、そうした軽蔑の眼差しを今日まで何よりも憎み続けている。
かつてのマルクは、そんな嘲笑う影達を全て木っ端微塵に斬り刻む為に、何者も凌駕する強さを求めた。尤も今では、スラム街の仲間達や、今も共に戦っているアイザック一行という存在もあって、凶暴性はだいぶ無くなってはいるが。
とはいえ、彼のそもそもの“強さの原点”はそこにある。そしてその“原点”は、今再びモルデッドの言葉によって刺激された。
自分を嘲笑った者に、耐え難い苦しみを未来永劫与え続ける為に渇望し続けたその力は、今、まさに彼の手の中にある。
《オーガズ・アルマ》を習得した今ならば、マルクが幼少期より胸に秘めてきたその宿願を叶えることができる。そのことに彼自身が気付いた時……。
……白髪の少年は、羅刹が如き復讐鬼と化して、逆襲の鐘を鳴らす。
「眼鏡猿野郎が……ブチのめしてやるぜぇっ!」
彼が駆け抜けた跡に、旋風が吹き荒れる。塵芥を舞い上がらせながら接敵を開始したマルクの目の前には、既にモルデッドが至近距離まで迫っていた。
この時モルデッドは、自らの予想をマルクに上回られた。速い……いや、速過ぎる。モルデッドの優れた動体視力を以てしても、その姿を完全に捉える為に一定のラグを要した。
「くたばれやクソ野郎っ!」
その一撃は、マルクの罵言と共に降りかかる。
「ぐはぁぁっ!?」
モルデッドは、この一騎打ちにおいて三度目の斬撃をマルクに叩き込まれた。赤髪の魔王の表情が、惨痛によって歪みに歪みまくる。
胸部を手深くやられた魔王は、呻き声を漏らしながら傷口をおさえ、その痛みに震えるのであった。




