「決意」
「……こ、これは」
剣を破砕された俺の涙ぐんだ目に写った、その一つの剣。
傍らには、エリス様の亡骸が無念の表情を浮かべながら眠っている。
「お、俺は……逃げ出そうとしていたのか」
エリス様の顔を見たとき、俺はまるで我に返ったかのような感覚を覚えた。
≪約束≫を思い出したからだ。
剣をとって最後まで戦い抜くという≪約束≫を。
しかしその約束が果たせないものと確定した瞬間、俺は愚かにも逃亡を図ろうとした。
その時の自分の心というのは、弱く情けない負の感情によって支配されていた。
そう。
所詮俺なんて、そんな程度の人間だ。
きっと俺の誇りは、あの時グランと共に粉々に砕かれてしまったのだろう。
剣とは、俺にとって魂そのものだから。
故に脆いのだ。
闘う術を失った今の俺には何もできない。
俺は、奴の言うような大層な魔族ではない。
剣が無いことには、どうにも――。
「……」
――≪剣≫。
剣なら、あるじゃないか。
今、目の前に。
そう……アポロだ。
「……これを装備すれば」
どの道もう武器がない以上、もはやこれを装備して戦うほか俺には手がない。
エリス様とて、俺がこの剣を扱う事――それ自体に対しては何ら異存の無いことだろう。
最も、エリス様は既に他界している故、これを拒むことも当然出来ないわけだが。
だから俺は、このアポロを装備することに罪悪感があるわけではない。
だが、なぜだろう。
罪悪感とはまた別の理由で、俺はこの剣を持ってはならない気がするのだ。
この≪聖剣≫――アポロを。
「まさか貴様……その≪勇者の剣≫を装備する気ではなかろうな」
と、そこへ察しのついたファランクスが、俺の葛藤する思考を遮って話しかけてくる。
次に奴は、笑った。
「クハハハ!やめておけやめておけ」
「貴様のような魔族がその勇者の剣を装備しようとすれば、たちまち貴様の右腕は封魔の業火によって焼き尽くされることだろう」
「その剣には、魔を拒む忌まわしき術式が組み込まれているのだからなぁ……」
――なるほど。
それならこの震えの正体が、魔族としての俺の危機察知能力によるものなのだと納得できる。
俺は無意識の内に、この剣に対して拒絶感を示していたのだ。
行進する蟻が水たまりを避けて通るのと同じで、自らに適していない環境、あるいは物体から遠ざかるという本能が働いたのだろう。
そうか。
これが、≪聖剣≫と呼ばれしアポロの真の所以。
≪魔≫を拒み、≪魔≫を斬り刻む≪聖≫の属性を宿した武具という訳か。
奴はアポロのことを≪勇者の剣≫と呼んでいたが……。
……そういえば元々ファランクスの目的は、勇者の血族であるエリス様を抹殺することだったな。
なぜ奴は、エリス様を勇者の血族などと呼んだのだろう。
幼少期から彼女の傍で働いていた俺でさえ、エリス様がその血統であることなんて全く知らなかったのに。
「……!」
……エリス様本人の素性が分からなくとも。
奴が、アポロを≪勇者の剣≫であるということさえ知っていれば判断は可能なのか。
その所持者が自動的に勇者の血族になる訳なのだから。
仮にそうだとすると奴は、エリス様よりも先にまずアポロの方を確認してから、エリス様を勇者だと断定したことになる。
そして奴は、勇者のことをこうとも呼んでいた。
≪魔王を脅かす存在≫……と。
……もしかして奴は、その力を恐れているが故に今回の戦を企てたのではないか。
だとすれば、寧ろ希望はまだ残されている。
エリス様はもうこの世にはいないが……この聖剣だけは、まだ健在なのだから。
良いだろう。
この国を救うためなら、腕の一本や二本くれてやる。
俺は決断した。
この剣を、取ると。




