「目覚め」
――『呪文さえ使えれば』……そう嘆いていたのは、今も魔王モルデッドを相手取って奮戦を続ける少年――マルク・リオン。
そして、そんな彼に対して一つの“賭け”に出ようとしているのは、《星の魔斧》を操る凄腕の女戦士――イクシス・ラギシーク。
互いに常に嫌味をぶつけ合う程の仲の悪さを誇る二人だが、そんな彼らは今、とある局面を契機に、一つの“願い”のもとでそれぞれの想いを交錯させている。
果たして、二人のその望みは成就するのだろうか。
「君のような子供に、守れるモノなど何もない」
「君のその不屈の精神は称賛に値する。だが……これで終わりだ」
一方でモルデッドは、次に唱える呪文でマルクにトドメを刺そうとしていた。振り上げた左腕に魔法陣が展開され、そこに彼の禍々しい魔力が殺到する。
その魔力達はやがて一柄の赤い“槍”へと姿を形作り、その刃の鋭さは、彼の詠唱によって研磨されていく。そして完成した鮮血の槍は、刃先をマルクに向け、彼の次の一声で発射された。
「――《我が血塗られし魂を武器へと昇華させよ そして敵を穿け》」
「《ブラッディ・グングニル》……ッ!」
《ブラッディ・グングニル》――それは、アルハートの《ウーラノスの矛》すらも上回る魔力を誇る、神々の高貴なる流血の片鱗。
それはあたかもボウガンで射出された弓のように、豪快に空を打ち貫きながら一直線に飛んでいった。
「うぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
だがイクシスは、その槍の猛進を止めるべく《星の魔斧》を盾のように前方に構え、《ブラッディ・グングニル》の射程圏内に足を踏み入れた。
そして《ブラッディ・グングニル》が、ついにイクシスの《星の魔斧》と激突する。刹那、イクシスの細身の体を凄まじい衝撃が襲った。
この二つの武器では、明らかに威力の次元が違いすぎる。《ブラッディ・グングニル》は一撃限りの短命である分、恐ろしい程の魔力の量が凝縮されているため、破壊力にかけては《星の魔斧》の何倍もあるのだ。
にも関わらずここまで耐え抜いてこれているのは、イクシスの優れた胆力の賜物といえる。彼女の根性が無ければ、今頃イクシス諸共マルクは串刺しになっていた。
「ぐぅ……ッ! うぅ……ッ!」
サンメラ王国が誇る女将軍の気迫には、鬼神が如しオーラが宿っている。マルクは勿論、彼の更に背後にいるイリアとアイザックを守る為、イクシスはこの時、孤軍奮闘に徹していた。
「クソアマ……ッ!」
こんな守られてる時でもクソアマ呼ばわりは辞めないマルクだが、そんな彼でもこの時ばかりは彼女に対して申し訳ない気持ちで一杯だった。
マルクの胸中にて彼自身の精神を苛むのは、自らの無力さと、呪文が使えないという劣等感。自分への底なしの失望に縛り付けられ、彼は既にそこから動くことすらままならない。
だがイクシスは、そんな彼を背後にして戦い続けていることで、ついに……。
「……よく聞けッ! マルクッ!」
……痺れを、切らした。
「良いか……ッ! 呪文とは確かにッ! ある程度賢くなければ……ッ! 使えないッ、技術、だァッ!」
「だ……だが……ッ!!」
イクシスは、モルデッドが放った超威力の一撃――《ブラッディ・グングニル》の猛攻に必死に耐えながら、今マルクに伝えるべきことを懸命に声に出していく。マルクは彼女の発するメッセージに、半ば立ち尽くしながら耳を傾けていた。
「呪文を新たに発現させるのに……一番必要なのは……ッ! 単純な知能指数では……ないッ!」
「その者が……確固たる“意志”を……覚醒……させれば……ッ!」
「呪文は……自然と頭に……浮かび上がるッ!」
只でさえモルデッドの攻撃を防ぐのに死力を尽くしているというのに、それでもなおイクシスは、マルクへの言葉を途絶えさせることはなく、最後まで言いたかったことを言い切ってみせたのだった。
「確固たる……“意志”だと……!?」
そして、その彼女の言葉をしかとその耳に聞き留めたマルクは、その言霊が持つ意味を見出すべく、考え抜く。
“意志”――それ即ち、マルクが心の底からそれを成すべきだと思うこと。マルクは今、何が本当にしたいことなのか。彼は自分の心に聞いてみた。すると、自分の奥底に眠りし意識からはこんな答えが帰ってくる。
――『命を賭けてでも、仲間を守り抜くこと』
――『スラム街の連中や、兄さん達』
――『その全てが、あのクソッタレに消されそうになっているんだぞ』
――『やるべきことなんて……決まっているだろうが』
……そうだ。俺の言うとおりだ。マルクはそう思った。
アイザックやモルデッドと同じように、マルクにも、“ある地点”から今日までずっと変わることなく抱き続けてきた“信念”がある。それは……。
「……失いたくねぇモノ全部、この手から絶対に離さねぇこと……ッ!」
……この瞬間を以て、マルク自身が自覚した。そしてついに、マルクの秘めたる力が、今……。
……産声と共に、呼び覚まされる!




