「圧倒」
――聖剣の炎が、燦々と燃え盛る。
魔王の血を引きしモルドがこの場に居るからか、聖炎は未だかつて無い猛威を奮っており、俺の腕を強烈な勢いで燃やしに燃やし尽くしている。
そんな途方も無い塗炭の苦しみ。だが俺はそれに屈することなく、破邪の却火を現出させ、モルドを襲わせた。
「――《血を流そう 代償としてその流血を刃にせよ》」
「《そして 敵を斬り裂け》……!」
「《ブラッディ・ブレイド》ッ!」
対するモルドは、俺のこの攻撃を迎え撃つべく、己が流せし鮮血を刃にして雨のように降り注がせる魔法――《ブラッディ・ブレイド》を唱えた。
モルドは鬼神が如し形相で己の血を魔法陣に贄として与え、その血を無数の水圧カッターへと昇華させる。そしてそれらを全て飛ばし、俺の聖炎魔法と相まみえた。
二つの呪文が激突する。その時、鍔迫り合いを制したのは……。
「……ほう」
……俺の聖炎魔法だった。
聖炎はモルドの放った血の刃に触れた直後、あたかも油に放たれた火のように引火。恐らく、魔族の生き血に陽性の反応を示しているのだろう。やはり俺の睨んだ通り、彼の技に対して聖剣の攻撃は相性が良い。
しかしながら、聖剣が昂ぶりを見せる分、それを握る俺が被る痛みも半端なモノではない。イリアの回復が無いというのもあるが、それを考慮してもこの激痛は異様と呼べる。
これまで感じたことのない辛苦を振りかざして、聖炎は俺を侵蝕する。だが、この代償に見合う効果は確かに存在する為、俺はこれを継続して使うことにした。
……そして、燃え盛る聖炎はとうとうモルドに向かって迸る。やがて、炎が彼の体を……覆い尽くした。
やった。とうとう攻撃が、モルドに命中した。それも聖剣の滅魔の力なら、モルドに対して大打撃を与えられるだろう。
これで戦局は、一気に俺達に傾くハズ……。
……と思った、その時だった。
「――君が今見ている方向には、虚しく燃えゆる炎しかない」
「君が殺したかった人物は……君の後ろにいるのさ」
……俺の耳元で、そう囁く人物が一人。その者は背後にいるようだが、この時俺は果てしなく動揺するあまり、恐ろしくて振り向くことができなかった。
声の主――モルドは、何故今俺の後ろに回っている? その自身の問だったが、その答えはすぐに見つかった。彼は俺の攻撃が当たるその直前で、目にも止まらない程の速さで避けてしまったのだ。
そして今、彼は俺を背後から攻撃しようとしている。避けなければならないのに、体が金縛りに遭っているかのように動かない。
動け、動けと念じているのに、どうして。このままだと確実に俺は彼の攻撃を受けてしまう。これは彼の能力によるモノなのか、それとも単なる恐怖心によるモノなのか。
いずれにせよ、俺が動く前に、彼はその戦槌――《ヘルブラットレッド》を薙いできた。横殴りの衝撃により、俺の体と意識は……一瞬にして……。
……彼方に……吹き……飛……。
***
――アイザックがモルデッドの奇襲に遭い、遥か遠方に吹き飛ばされたのはたった今の出来事であった。
イリアはこの時、マルクの鎖鎌を修復していたのだが、その作業が完了した直後に起こったこの出来事に、マルク共々驚愕を露わにした。
「アイザック様ぁ……ぁぁっ!!?」
「兄さんッ!! ……クソがァァァァッ!!」
二人が目撃したその恐るべきワンシーンは、アイザックの死という最悪な結末を容易に想像させる程に凄絶なモノであり、彼女達の心拍が雨音のように絶え間がなくなる。
二人はすぐさまアイザックのもとへと駆け寄った。イリアはアイザックの名を呼びながら、涙ながらにその体を揺さぶる。彼は僅かではあるものの息があるようで、生きていることだけは確認できたが……そのダランと曲がりきっている胴体を見るに、骨の何本かが粉砕されていることは間違いない。
イリアは早急に彼の回復を行った。そして一方でマルクは、彼女達二人を守るため、徐に詰め寄ってくるモルデッドに鎖鎌を向けながら立ち塞がる。
「マルク・リオン……君では何もできないというのがまだ分からないのか?」
「ガタガタうっせーぞ血みどろ野郎……ッ! 兄さんには指一本触れさせやしねェ!」
「血も繋がってないのに、中々美しい兄弟愛じゃないか。泣かせてくれるねぇ」
「ほざいてろクソッタレがァ!」
モルデッドの、その扇動とも取れる煽り言葉の数々に激昂せしマルクは、鎖を破壊されないように、今度は鎌の刃のみをモルデッドにぶつけることに。
勢い良く投擲された鉄の刃は、浅い弧を描いてモルデッドのもとへ降りかかる。対するモルデッドはしかし、それを避けようともしない。
やがて鎖鎌の斬撃が、モルデッドの右肩に届いた。そしてその刃は確かに彼の肉を引き裂いて、彼の肩から胸板の端辺りにかけて長い傷跡を残す。そこから流れ出す血は見るからに痛々しく、実際、モルデッドの表情もまた苦悶に揺れていた。しかし……。
「グッ……ふふ、ふはははは」
……次の瞬間にはその苦しげな表情も無くなり、やがて高笑いへとその姿を変えてしまう。『何がおかしい』とばかりに睨みつけるマルクだが、モルデッドはその笑い声を依然として止ませようとはしなかった。
「ははははァ! やるじゃないか。わざと受けてやった甲斐があったよ」
「強がりを言ってんじゃねぇぜ!」
「いぃや? 強がりじゃないさ。先程の私とアイザックの攻防を見たなら分かるだろう? 先程の君の攻撃など、私は避けようと思えば簡単に避けることができた」
「なのにそれをしなかったのは何故だと思う? それはな……こうする為さッ!」
そう言うとモルデッドは、刹那、左腕を前方に突き出し、何やら呪文を唱え始める。
「――《癒やしはいらない 我が欲するは復讐の弾丸》」
「《リベンジ・ブラッド》ッ!」
すると驚くべきことに、モルデッドの左腕の先に出現せし魔法陣に、彼が先程流した血が凄まじい速度で集約されていく。その血は一つの紅き塊となりて、球体を形作り、“復讐の弾丸”――《リベンジ・ブラッド》と化した。
叛逆の狼煙は、突如として立ち上る……!




