「芽」
――『始めるとしよう』
開戦を告げしその言葉が、モルドの口から放たれる。俺達はこのラスト・ゲームに参戦すべく、それぞれの武器を構えるのであった。
俺は、モルドとの戦いには今度こそ《聖剣》を使うことにした。聖剣の柄を取り、刃の切っ先をモルドに向ける。聖剣が放つ炎は、魔族の俺にとっては猛毒も良いところだが……。
……それは、モルドにとっても同じなハズだ。モルドもまた魔の血を引きし一族の末裔であるならば、聖剣の炎は天敵であるに違いない。
逆に《紫紺の魔玉》を使えば、かえってその闇の力がモルドにとって癒やしになってしまうかもしれない。聖剣を使うことは俺にとっても捨て身の行為なのだが、確実に彼を倒す為にはそうするしかない。
それにやはり、エリス様の仇は、エリス様の形見で倒したい。俺が魔王との最後の戦いで聖剣を振るうのは、最早宿命なのであろう。覚悟は既に決まっている。
「……行くぞッ!」
次の瞬間、俺は哮りを上げ、地を蹴り、聖剣を振りかざして、モルドに向かって突撃を開始した。床スレスレの低空を滑空し、迅速な動きで彼との距離を詰める。
そして聖剣を振り下ろし、聖炎宿りしその刃をモルドにお見舞いした。だがモルドは俺のその攻撃を……いとも容易く見切ってしまう。
この刃が当たる直前まで、モルドは俺の目の前で不敵に微笑んでいた。だが、刃がいよいよ直撃しようかというその時、モルドの姿は一瞬にしてどこかに消え去ってしまったのだ。
俺はすぐさま体勢を整え、モルドの姿を捕捉すべく辺りを見回してみる。だが、彼の姿はどこにも見当たらない。
しかしそんな時、どこからか風を切る音が、ふと微かに、聞こえてきた。俺はその音がした方向に目をやる。するとそこには、既に詠唱を始め魔法陣を展開させているモルドの姿があった。彼は翼をはためかせながら浮遊しており、部屋の天井付近から俺に照準を定めその呪文を撃とうとしている。
「――《我が血を代償として 真紅の茨の芽を植え付けよ》」
「《ブラッディ・スプラウト》ッ!」
モルドの血液を対価として受け取って発現するその呪文の名は、《ブラッディ・スプラウト》――血塗られし芽。
瞬間、モルドが創り出したその魔法陣から、鮮血が如し彩色の液体が流れ出し、部屋中のそこかしこにその飛沫が飛び散る。
おどろおどろしい雰囲気を放つその謎の液体は、部屋の床や壁にへばりつくや否や、気泡をぶくぶくと作っては破裂させ、徐々に……“植物の芽”のような謎の物質を生やした。
すると次の瞬間、その芽は急速なる成長を始め、モルドが呪文の詠唱式の通り……茨の形を作っていく。
その茨は見るからに鋭い棘棘で覆われており、アレに刺されようものなら、人の全身はズタズタの穴だらけになるだろう。俺は思わず息を飲んだ。
そんなこの茨だが、時間が経過するにつれてその数はどんどん増えていっている。ワラワラと茨が部屋中に増殖しきった今の目の前の光景はまさに地獄絵図だ。
「さぁ……君達はこれに耐え切れるかな?」
俺達がこの茨共に悪戦苦闘するのを空中から見下ろそうというのがモルドの魂胆が。なるほど……上等だ。こんな穢れの塊のような物質……この聖剣――《アポロ》の前では無力であることを教えてやろう。
「――《我が不浄の魂に反骨せよ 聖剣の光よ》」
「《リベリオン・トゥ・ダークネス》ッ!」
これまでの旅の中で、幾時も聖剣を使い続け、その技を磨き上げてきた俺は、その経験を糧にして新たにその呪文を創造し、それを意識の根底から引きずりだす。
その呪文の名は……《リベリオン・トゥ・ダークネス》。俺の中に眠りし底無しの闇に抗い続ける聖剣の焔が、極限の閃光を放つ……!
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
俺はその魔滅の光刃を渾身の力で振り抜き、鋭くも巨大な真空波を作り出し、それを飛ばして、周辺に群がりし茨共を、まとめてぶった斬った。
「――≪根源の大爆発よ 今ここに再び巻き起これ≫」
「≪ビッグバン≫ッ!!」
その一方で、イクシスもまたこの茨を対処すべく動き出す。この城の門をブチ抜いたあの呪文を、今度はこの茨共を相手取って詠唱したのだった。
刹那、黄金に輝きし魔法陣が回転を始め、やがて周辺の大気に、破滅の力が圧縮された粒子が流れ出す。
そして次の瞬間、辺りは根源の大爆発――《ビッグバン》によって、壮烈なる衝撃が巻き起こり、王室の床は震撼すると同時に地獄のような業火に尽く包まれていく。
俺達――味方だけは的確に狙いを外されて事なきを得たが、先程まで大量発生していた茨共は跡形も無く爆滅していた。
やがて《ビッグバン》がもたらした炎も、時間経過によってその姿を消していく。やがて炎が全て消え失せ、城の床の全貌が再び露わになった頃、そこは既に無惨なる焦土と化していた。
如何にも大金がかかっていそうだった内装は、今となっては最早見る影もなく、そこに広がっているのは荒涼たる名もなき戦場である。
「流石だよ、アイザック。勿論君もね、イクシス」
「貴様に褒められたところで、自慢にもならんわ」
「そうかな? 私はこう見えて、人を見る目にかけては長けているつもりなのだがね」
モルドが俺達二人を褒めたその時、イクシスは彼のその言葉を真っ向から突っぱねた。対するモルドは依然として飄々とした態度で俺達を見下ろしている。
「君達は私の催す“遊戯”をこなしていくことで、その魂がより練磨されていく」
「そして、やがてはこの場にいる全員が“英雄の魂”の所持者となるのだ」
「もしそうなれば、私の前にアイザック一行のフルコースが並ぶことになるッ!」
「ハハハハハッ! こんなに愉快なことは無いよなァ!?」
今のモルドは、俺達の魂を食うことしか頭に無いようだ。その魂をより美味なるモノにする為に、先程のような俺達を試すかの如く戦法を用いたのだとすれば、随分とナメられたものだ。怒りが湧いてくる。
だが、その怒りのぶつけ所が目の前にあるのは良い事だ。奴に俺達の魂は絶対に食わせはしない。その一片すら、分け与えてなるものか……!




