「悲しみと怒り」
――魔王の正体は、モルド。
“英雄の魂”と呼ばれしその物体をアルハート王の体から抽出した彼は、それを美酒の入った盃の如くゆらゆらと手で揺らしながら、驚愕のあまり立ち尽くすのみの俺達の姿を見て嘲笑を浮かべていた。
……仲間だと、思っていた。
“魔王討伐”の意志を同じくする同志だと、心の底から思っていた。
なのに、何故だろう……。
……俺自身、“そんな気”は……していたのだ。
だから、こう……あまり驚くことはなかった。
だがそんな俺とは対照的に、周囲の仲間達は酷く狼狽していた。皆、モルドのことを心から信頼していたのだろう。
マルク君に限って言えば、どちらかというと驚きよりは“怒り”の方が勝っているとも取れる表情を浮かべている。彼は最初こそモルドのことを疑ってはいたが、最近は信用の色を見せつつあったように思える。だからこそ、裏切られた怒りはより強く表れるのだろう。
……なんて、未だにモルドのことを真名ではなく偽名で呼んでしまっているあたり、俺もまた彼が魔王であったなんていう残酷極まりない現実から目を反らしたがっている。
どうしても、彼のことを“モルデッド”とは呼べない……!
「大きく実った“英雄の魂”を喰らえば、私は更に強大な力を得る」
「アルハートはその野望こそ醜く、俗だったが……実力だけは“英雄”と呼ぶに相応しかった」
「故にこの結晶は、私にとって……至極のご馳走となるッ!」
……そう言うとモルドは、結晶化したアルハート王の魂を念力により口元にゆっくりと運ぶ。そして次の瞬間、それを……食らった。
「……美味いッ!」
「イリア……君の料理に勝るとも劣らない出来だよッ!」
その言葉をイリアが聞いた時、次第にイリアの瞳から涙が流れた。
――『あの日、私の料理をあんなに美味しそうに食べてくれたモルドさんは……』
……そんなことを考えているのだろうか。彼女の泣き顔は底無しの悲壮感に満ちていて、やがて絶え間なき涙が溢れ落ちる。
「……モルド……さん……っ!!」
怒りと悲しみが混ざり合う時、人の感情はその激化に耐えられなくなる。やがてモルドをその目に映すことすら苦しくなったイリアは顔を両手で覆い隠し、悲哀の眼差しを塞ぎ切ってしまった。
俺はそんな彼女の肩を静かに撫でる。俺も彼女のように、止むことのない慟哭をあげたい気持ちで一杯だった。信じていた者に裏切られたという悲劇は、それ程までに俺達の精神を……蝕む。
それこそ、聖剣の炎が可愛く思える程に……。
「モルド……貴様ァ……ッ!」
……ただ悲しむだけのイリアとは対照的に、イクシスはひたすらその身に余る憤怒をありったけモルドにぶつけていた。
「その名は偽名だよ。 イクシス・ラギシーク」
「偽りの名で呼んだまま怒り狂っていても、ただ滑稽なだけだぞ?」
「黙れェッ!」
イクシスはきっと、軍略家としてのモルドを心から尊敬していたに違いない。同じ武人として、短い間だったが共に戦場を潜り抜け、心だって少しずつ許し合い始めていたつもりだったのだろう。
そうでなければ、この彼女の怒りに説明がつけられない。
信じていた仲間が、蓋を開けてみれば己の主君の仇だったなんて。
無論、そのことに対する屈辱の念は俺とて同じだ。俺もまた、自らが仕えし姫君を彼の手先に殺された。
もしも俺があの時ファランクスを倒せていなければ、エリス様の死体は文字通り……モルドの食い物にされていた。
故に、この激昂は俺とてもう歯止めを効かせられない。モルドは紛れもなく、俺達二人にとって絶対に討つべき“仇”なのだから……!
「……テメェ、よくも兄さんを……騙したなァッ!」
「騙したとは人聞きの悪い。実際アルハート王は悪の暴君だった訳だし、こうして共に戦って、晴れて私達は奴に勝ったじゃないか」
「確かにそれ以降のことは話した覚えは無いが……でもまぁ、それは君達の勝手な思い込みだよね?」
「ざっけんなッ! ぶち殺してやるッ!」
マルク君もこの瞬間ばかりはイクシスと一緒になってモルドにあらん限りの激怒をぶつけていた。だがモルドはそんな彼の言い分を全て最もらしい論で言い返す。しかしマルク君はそれに対して言葉を詰まらせることはなく、どこまでも食い下がっている。
マルク君は俺の為に、心の深淵から怒ってくれていた。俺としてはこれ程喜ばしいことは無いのだが……反面、モルドに裏切られた直後ということもあって複雑な気分になる。
「さて……君達との別れの言葉も言い終えたことだし、そろそろアイザックを頂くとするよ」
「今の疲弊し切った君達なら、私一人でも簡単に殺せるからね」
アルハート王と俺の“英雄の魂”を、効率よく、そして確実に喰らうためにこれまでの計画の全てを張り巡らせいたのかと思うとゾッとする。
「……流石は“魔王”だな。狡猾過ぎて反吐が出るぞ、全く」
……と、俺がそんな牽制でも何でもないような他愛もない戯言を一言口にしてみた瞬間。
モルドの形相は、これまでとはうって変わって……酷く歪んだ。
「……私は“先代”と血が繋がっているだけだ」
「そのせいで“魔王”などという忌まわしい烙印を押され、憎たらしい魔物共に付き纏われ……」
「……私はただ、母の為に“無の世界”を作ることの出来る力を……求めているだけだァッ!」
……母の為に、無の世界を……。
……当然ながら、俺にはその言葉の意味する所が全くもって分からない。だがきっと彼にとっては、それは我々の想像だにしない壮絶なる“覚悟”を伴っているモノなのだろう。そのことだけは、俺でも何となく察せた。
でなければ、あんな顔は出来ない。いつも飄々としていて、キザで、少し小憎たらしいアイツが、演技でもなんでもなく、本気の怒りを俺達に見せるなんて……あり得ない。
……取り敢えず、アイツが“魔王”と呼ばれることを忌避しているのは分かった。尤も俺達にとっては、アイツこそが今まで探し追い求めてきた最大の宿敵――“魔王”な訳だから、呼ぶのは止めてもその認識自体は中々改められない。
「アイザック……君の力さえ手に入れれば私はこの世界で最強の生命体となれるッ!」
「だからさっさと私に寄越すんだ。君に拒否権は無い。何故ならこれは、これからの世界に“未来”を芽吹かせる為の最後の儀式なのだからッ!」
……無の世界を創造する、なんてスケールのデカいことを言った次には、“未来”を芽吹かせる……? 何を言っているのかさっぱり分からないし、第一その二つの目的は矛盾しているような気がする。
ダメだ……やはり、モルドの考えていることは常に俺達の理解を超えてくる。……でも、これだけは分かった。
「……モルド」
「お前の好きには……させないッ!」
「お前は俺達が絶対に止める……!」
……モルドがやろうとしていることは、絶対に、何がなんでも、否が応でも……止めなければならないと。
俺がモルドに突き立てた言葉に、イクシスとマルク君、そして、先程まで泣きじゃくっていたイリアも、その涙を拭いて賛同してくれた。
俺達はモルドの野望に……反逆の誓いを立てる……!




