「英雄の魂」
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――俺達一行の総攻撃を受け、とうとう地に膝をついたアルハート王。
全ての魔力を使い果たし、気力も戦意も完全に失い果てたその魔王に、俺はトドメを刺すべくついに聖剣を振りかざしたのだった。
そして、俺が振り下ろしたその剣は、やがてアルハート王の首元に裂け目を入れる。そこから刃が肉を両断するのは一瞬の出来事であった。
アルハート王の首は、完全にその胴体から切り離された。一人の人間がその生を失う瞬間は誰の心にも激しい震えをもたらす。特に、直接手を下した本人である俺はその感触を誰よりも強く味わった。
殺した対象が一国の王であるならば尚更だ。己がやったことの罪深さに溺れそうになる。ドロドロの水溜りの深淵へ、引きずりこまれるかのようだ。
やがてアルハート王の首は、ボトッという音を立てて床に落っこちる。彼の死に顔は、道半ばであった野望に対する痛惜の念が表れているかのようで、目元も口元も、何もかもが、酷く……歪んでいた……。
「やりましたね! アイザック様!」
「これで、あの世におられるホルス様にもようやく憎き魔王の骸を贈ることができる」
「流石だぜ兄さんッ!」
皆、それぞれの言葉で魔王討伐を心から喜んでいた。……だが何故だろう。俺だけはこの快挙を素直に喜ぶことが出来なかった。
何かが引っかかる。この異様なまでの呆気なさは何だ? どうしても脳内でかつてのファランクス戦やグラファ戦のことが思い起こされる。あの二つの死闘に比べると、今回はどうにもこちら側が圧倒し過ぎていたように感じられるのだ。
俺達が追い続けていた“魔王”とは、本当にこんなモノだったのか? ファランクスやグラファすら凌駕せし力の持ち主だったハズの魔王は、どこへ……?
「――“勇者”と呼ばれし者が“魔王”を倒す……これは、古よりこの地で語り継がれし伝説の大まかなストーリーだ」
「“魔王”とは言うまでもなく魔物や魔族達の王のことだが……」
「……“勇者”については、君はまだ知り得ていないよな?」
……モルドはここで、突拍子もなくそんなことを問いかけてくる。俺は彼のその質問に首を縦に振った。
“勇者”……そうだ、思い出した。それは確か、あのファランクスが言っていた謎めいた言葉。エリス様を“勇者の血族”と呼び、それを理由にして奴はエリス様を殺めた……。
「“勇者”とは文字通り、“勇気ある者”の意」
「しかし伝説上における勇者はその意味の範囲内には収まらず、最終的には“魔王を討伐せし者”として定義付けされるまでに至っている」
「その過程を経て初めて、勇者は“英雄の中の英雄”と呼ばれる存在となったのだ」
「そしてその血を受け継いだのが、君が仕えていた《姫騎士》……《エリス・バレア》というわけだ」
……なる程。それならば魔物達がエリス様を殺そうとした理由は……理解はできないし納得もできないが、辻褄が合うのは分かる。かつての魔王の仇の子孫となれば、彼らにとっては討つべき宿敵のハズなのだから。
――ところで、今……モルドは何て言った?
「……モルド」
「何故お前が、そんなことを知っている?」
……彼にはエリス様のことを何度か話したことはあるが、彼女がファランクスに“勇者の血族”などと呼ばれていたことは一度だって話したことはない。
というよりそもそも、エリス様がそう呼ばれていたこと自体俺は忘れていた。“勇者”よりは“魔王”の方が俺の頭の中にはずっと残っており、以来、“魔王”は俺の倒すべき仇として俺の感情に根付いてきた。
だからモルドもまた本来は知らないハズなのだ。エリス様が勇者の血族であることなんて。なのに……何故?
「時に、そんな英雄……もとい“強者”の魂は、実は“食糧”にもなることを知っていたか?」
“食糧”……? 魂を、食べるのか? というかモルドはさっきから何を言って……。
「例えば、この……」
「……アルハートの体に、特殊な術式をかけてやれば……ッ!」
……瞬間、俺達の目の前を覆ったのは光。モルドが突然唱え始めた呪文が魔法陣を作り出し、何やらエネルギーのようなモノを集めている。
そしてそのエネルギーの吸収源は……なんとアルハート王であった。アルハート王の体からは無数の光粒子が湧き出ており、その全てがあの魔法陣に殺到している。
「お、おいモルド? 何をやって――」
俺のその問いかけに、しかしモルドは次の瞬間……。
「……強者の死体は、私にとっては血肉となる立派な食糧だ」
「このアルハートも中々に美味い“英雄の魂”になりそうでワクワクするよ」
「――出来る事ならあの時、エリスの魂も喰らいたかったなァ……」
……とんでもないことを……口走った……!?
「ファランクスめ、惜しい食材を取り損ねおって」
「だけどこうして代わりに、彼女の遺志を継いだ君が私のもとへやって来てくれた……君ならば、エリスをも遥かに凌駕する食材となれることを期待しているよ」
ファランクスのことも知っている……まさかモルドは……コイツは……ッ!
「改めて祝福するよアイザック。 魔王討伐おめでとう」
「尤もその魔王は……“肩書き”だけの存在だった訳だがね」
……色々と聞きたいことは山程あるが、大体のことは全てこの瞬間を以て悟った。
まず、アルハート王が独裁者であったことは本当のことだ。アルハート王本人が何よりその邪悪さを隠そうともしていなかった。アルハート王は自国に圧政を敷き、国民を苦しめ、挙げ句に“世界征服”などという戯けた野望をのたまっていた……これは事実だろう。
だが、彼こそが“魔王”だったというのは……半分が本当で、半分が嘘だ。モルドが“肩書きだけの魔王”と言ったように、アルハート王はその傍若無人ぶりが“魔王”のようだと評されていただけに過ぎず、ファランクスやグラファを仕向けた“魔王”という存在そのものではない。
では、本当の魔王は誰なのか。その答えは、今……本人が自分から言った。
魔王の目的は、まだ詳細は明らかでは無いが、少なくとも“英雄の魂”を喰らうことであるらしい。となると、ファランクスがあの時エリス様を殺した理由は、その死体を魔王に捧げる為だったと考えられる。
だがそのファランクスを俺が倒したことで計画が狂った……いや、というよりは、その計画に軌道修正がかけられたといった感じか。次なる狙いを俺に定めた魔王はグラファを差し向け、俺の死体を奴に持って来させようとした。
しかしそれも上手くいかなかったから、今度は魔王自身が俺達に近づき、その距離を詰めた。アルハート王の魂はあくまでついで。魔王の本当の作戦は、アルハート王との戦いで疲弊し切った俺を狙い撃ちすることだった……。
……そうだろう?
「……モルド……ッ!」
そう。真の魔王はアルハート王ではなく、この男……。
《モルド・レアビイルト》……ッ!
「……ここまで辿り着いた君達に、私の真の姿と名前を教えよう」
……魔王モルドは飄々とした態度でそう言うと、指をパチンと鳴らし、短い呪文を唱える。すると次の瞬間、モルドの体が真っ赤な血の色のオーラに包まれ、一瞬見えなくなる。
そしてその姿が見えなくなった僅かな時間の内にて、モルドの姿は……大幅な変異を遂げていた。やがて彼が再び俺達の前に姿を現した時、その全容がついに明らかとなる。
赤髪で赤き目を持ち、眼鏡の軍服姿という従来までの面影は残しつつも、頭には黒く巨大な一本角が、背中には悪魔のような禍々しい黒翼が、尾てい骨付近には竜のような太く刺々しい尻尾が……それぞれ生えていた。
その風貌はまさに純然たる魔族のそれだ。俺よりも遥かに魔の要素は濃い。彼の体から滲み出ているオーラはとても赤黒く、彼の中に眠りし邪念の証明ともとれる。
彼こそ、この旅の最果てで巡り逢いし本当の魔王……!
「――私の真名は《モルデッド・D・ペンドラゴン》ッ!」
「今は亡き母の為、“無の世界”を創始せし者ッ!」
……声を高らかにあげ、その魔王は降臨する……!




