「闇の真価」
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――アイザックとアルハートが繰り広げる熾烈な戦いの中、アルハートが新たに出現させた《ウーラノスの矛》に対抗すべく、アイザックは紫紺の魔玉に己の闇の魔力を注ぎ込んだ。
そして完成した漆黒にして紫紺の長剣――《魔のレクイエム》。アルハートすら唸らせるその力で、アイザックは彼を斬ると誓ったのだった。
そして現在の戦況は……なんと驚くべきことに、アイザックが一歩リードしていた。
《魔のレクイエム》と《ウーラノスの矛》の剣戟。勢いはアイザックが操る前者にある。アルハートは二つの得物を手に応戦しており、その手数は先程と比べて衰えている訳ではなく、寧ろ、今彼自身が抱いている焦燥感からか先程よりも手数が増えているくらいだ。
だがアイザックは、そんなアルハートの速攻を全てこの長剣――《魔のレクイエム》でいなしている。アイザックがアルハートに速さで上回っているというよりは、アルハートの攻撃が迫りくる範囲をアイザックが正確に読み取ってガードしていると言ったところ。
紫紺の魔剣が《魔のレクイエム》に進化してから、アルハートの二刀流による攻撃はアイザックに届かなくなった。一瞬たりともその刃がアイザックの肉体に触れることは無い。
アルハートの怒濤の連続攻撃は虚しく弾け散り、やがてアルハートの疲労と共にその勢いは段々と弱くなってくる。次第に攻撃のパターンも単調になってきた。
「ハァ……ハァ……このッ……小僧……ッ!!」
アルハートが息を切らしながら尚も猛攻を続ける中、アイザックはこの好機を完璧に捕捉し、そして……突いた!
「はぁぁぁぁぁッ!!」
アイザックの哮りの後、《魔のレクイエム》による突きの攻撃が、アルハートの剣閃の合間を綺麗な直線を描いて通り抜け……。
……やがてその黒き魔刃は、アルハートの左腕に握られている槍――《ウーラノスの矛》を、穿つ!
「な……ッ!?」
瞬間、貫かれた魔槍に亀裂が入る。アルハートは一瞬目の前で何が起こったのかを把握できず、瞠目のあまり、その半壊した《ウーラノスの矛》を数秒間見つめ続けた。
その後ようやく意識を取り戻した時には、既にアイザックが《ウーラノスの矛》から《魔のレクイエム》を引き抜いていた。《ウーラノスの矛》は損傷部分が致命的ダメージとなり、その魔力が大幅に弱まってしまう。
やがて《ウーラノスの矛》は、アルハートの意志とは無関係に散り散りに消滅してしまった。粉のように細かく白い欠片達が、宙に舞い散っていく。
「……そんな……バカな……!」
老いながらも威風堂々としていたハズのアルハートの風格は、既に霞み始めてしまっている。《ウーラノスの矛》にヒビが入ったあの時、アルハートの威厳までもが同時にアイザックによって砕かれたのだろうか。
「どうだ……これが、“救う為にある力”だ」
「貴様の、“支配する為にある力”になど……負けるハズが無いッ!」
アイザックは《魔のレクイエム》の切っ先をアルハートに向け、そう断言する。国を独裁政権によって支配し、民を虐げてきた暴君に、その魔族の言葉が放った言霊は鋭く突き刺さった。
アルハートは狼狽え、後退りし、残った細身の長剣のみを握り締め、アイザックとの間合いを取る。ぐうの音も出ない魔王。その覇気は既に剥がされている。
「……クッ! 調子に乗るなよ小僧ッ!」
「我に≪ティーターンの盾≫があることを忘れたかァッ!」
……だが、それでもアルハートにはまだ強力な呪文が残っていた。どんな攻撃も無力化してしまう防護障壁――《ティーターンの盾》。これがある限り、アイザックとて永遠の攻勢は得られない。アイザックは勝ち誇るのも程々に、再び《魔のレクイエム》を構え直した。
……そしてその一方で、紫紺の魔剣の進化形《魔のレクイエム》を発現させたアイザックの姿に、イリア達の注目が集まっている。あの《ウーラノスの矛》を競り負かす程の魔力を秘めた剣が味方についたとなれば、これは決定打となり得る好機である。
しかしながらアルハートの《ティーターンの盾》は依然として厄介な存在だ。いかなる攻撃も防いでしまう絶対障壁の前では、折角差し込んできた光も再び閉ざされかねない。
一か八か、アイザックの《魔のレクイエム》が《ティーターンの盾》を撃破することに期待をかけるのも手だろう。だがイリア達はアイザックの力ばかりに頼る選択はしなかった。
今、彼女達がするべきは祈りではなく加勢である。援護攻撃を仕掛けることにより、アイザックの標的を……無防備にするのだ。
「――《星の魔玉よ 魔砲になれ》ェッ!」
――《ギャラクシー・オーブ》に魔力を注ぎ込むのは、美しき紫髪の少女将軍。彼女が戦場にて力強く奏でる詠唱はまるで、銀河の海を燃やし尽くす隕石のようだ。破滅を呼ぶその旋律に呼応し、魔玉が変異を遂げたのは《星の魔砲》。
それは大砲としては小型だが、それでも人が持つ分にはかなり巨大である。しかしこれは魔力の塊である為、重さは一切無い。少女一人でも楽々と持ち上げられる。
この≪星の魔砲≫だが、弾として装填するのは自身の魔力であり、魔力をこれに込めてリロードした後、トリガーを引いて魔力の塊を発射する仕組みとなっている。しかし弾を撃った分だけ魔力が磨り減るので、魔力消費が激しいという欠点も持っている。
イクシスがこれを使うのは、砂漠西部での魔物達との激闘以来だ。サンメラ王国方面に進行していた魔物の軍勢をアイザック達と共に掃討したあの戦いで、この《星の魔砲》は一線を画した破壊力を見せた。
これならば、アルハートに《ティーターンの盾》の使用を強いることが出来るだろう。イクシスはこれを構え、発射用意を始めた。
「アイザック! アルハートから離れていろッ!」
今から満を持して開催される爆撃ショーを前に、イクシスはアイザックがこれの巻き添えにならないよう彼に『避けろ』と呼びかけた。その彼女の声を聞き取ったアイザックは頷き、一旦アルハートとの距離を取る。
対するアルハートはイクシスの言葉を認識するのが一瞬遅れた。ふと慌てて彼が振り返った時には、既に……イクシスが引き金に指を伸ばしていたのだった。
「――ブチ抜けェェェェェェェッ!!」
……そして、その砲撃は彼女の凄烈なる咆哮と同時に唸りを上げた。砲身から蒼色に輝きし魔力弾丸が解き放たれた瞬間、鼓膜が破れそうな程に盛大な爆音が辺りに破壊の波動を巻き起こす。爆風だけで周辺の絨毯が見事に切り裂かれ、弾が走った軌道上の床は猛獣の爪痕が如く抉られていく。
周りのモノを破壊ながら突き進むその様はまさに“天災”そのもの。それこそ、隕石が地球に鉄槌を下すその直前のような光景が今、アイザック達の目の前に広がっている。
対するアルハートは、蒼色の流星が眼前に迫り来るこの状況で選択肢が一つに限定されていた。そう。《ティーターンの盾》で防がねば、アルハートは確実に星屑の如く燃え尽きて夜空に墜ちる。彼はその力を行使する他に生き延びる術を持ち合わせていない。
「……小癪なァァァァッ!」
だがアルハートは確信していた。ここで自分がこの力を使用することをあの少女は狙っているのだと。故に、今から自分がしようとしているのは彼女の誘いにまんまと乗ることだということもまた察知している。
しかしそれでもアルハートは使わざるを得ない。《ティーターンの盾》を。罠だと分かっていながらそこに飛び込まねばならない屈辱を味わいながらも、彼は苦渋の末に《ティーターンの盾》を発動させた。
そして出現した絶対防御障壁はアルハートの周りを包み込む。その壁に弾丸は着弾した。見えない壁に阻まれながら爆炎は周囲に広がっていく。辺りの絨毯は一瞬にして焼け焦げ、焔の残滓が疎らに散らばる。爆発範囲だった場所はまるでクレーターのように掘り抜かれていた。
硝煙が未だ消え切らない中、しかしイクシスは次の瞬間……更なる魔力を魔砲に装填した。
「まだまだ……ッ!」
悲鳴を上げる精神に鞭を打ちつけ、イクシスは二発目の発射用意に移る。息を切らしながら大砲を構え、照準を定め直し、再び引き金を……引いた。
再来せし爆音に耳が慣れることはない。イクシスがその身を削って放つ弾は、一つ一つが強力無比の威力だ。並の人間の魔力ではこれ程のものは到底作れやしない。サンメラ王国将軍の一角であるイクシスだからこそ、この星の魔砲は真価を発揮することができる。
尤もそれは、一度爆砕すれば二度と戻らぬ使い捨ての武器だが、だからこそ瞬間的に凄まじい破壊力をもたらしてくれる。
そして二発目も、《ティーターンの盾》に見事命中した。あの壁は星の魔砲が放つ弾丸ですら傷一つ付けられない無敵の壁だが、それを永久に展開し続けるのは到底不可能であり、本来ならば持って数秒の短命の壁である。
だがアルハートはここに来て自らの全力を賭けてこの壁を維持し続けていた。そうしないとあの弾丸に撃ち抜かれ、彼は敗北を喫するからだ。そう。これは謂わば、イクシスとアルハートの“魔力比べ”でもある。
……尤も。
それは必ずしも、“一対一”で行われるとは限らないが……。
「――《血を流そう 代償としてその流血を刃にせよ》」
「《そして 敵を斬り裂け》……!」
……瞬間、北方より詠唱の声を響かせたのはモルドだった。
モルドが使ったのは、術者の血を素材にして一つの刃を作り出す呪文。詠唱と同時にモルドの腕から流れ始めた血は魔法陣の出現している場所に集まっていき、やがて何枚もの鋭利な血のカッターを練成していく。
そしてモルドはそれらを凄まじい速度で投擲する。飛ばされた血刃達はアルハートに向かって各々猛進していった。その、命削りながらに恐ろしい殺傷能力を秘めた呪文の名は……。
「――《ブラッディ・ブレイド》ッ!」
……降り注ぎし紅き霧雨が、追撃として加わる。
イクシス達による集中攻撃は、果たして無敵の壁――《ティーターンの盾》に一矢報いることが出来るのか……!




