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魔族を蝕む聖剣の光  作者: うさぎボーイ
第六章 「赤髪の将軍と魔王との邂逅」
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「ティーターンの盾」

 ――魔王との念願の対面、しかし俺の心は昂ぶることは無く、寧ろ絶対零度と呼んで差し支えないくらい冷え切っていた。


 その真意は……敢えて最適な言葉を飾るとすれば……“失望”、だろうか。


「……そうか」


「だがその野望の為に、どれだけの者が泣き、どれだけの者が死していったか……分かるか?」


 ……世界征服?覇者?そんな野望もそんな肩書きも、俺からしたら全部くだらないことだった。何ならそんなもの、アルハート王の前で唾に混ぜてドブの掃き溜めに吐き捨ててやっても良いくらいである。


 彼の我儘に付き合わさせられ、エリス様もホルス様も死んだ。我らがバレア王国国王・ゴライアス様はエリス様の死を、我らが頼れる仲間・イクシスはホルス様の死を、それぞれ悼んで、心の深淵より涙を流した。流し尽くせない程に無尽蔵な涙を。


 そして、無論俺も……。エリス様がお亡くなりになられた時はどんなに泣いていただろうか。……今となってはそれも思い出せない。しかしその時抉られた心の深き傷は未だ俺の胸に絶え間なき苦しみという名の血を流させる。


 奪われた者の気持ちを、少しは彼に伝えたかった。本来ならば今すぐにでも彼を殺しにかかりたいところだが……最後にそれだけは、エリス様やホルス様の為に聞いておくべきだと思った。彼女達の下にこの者の無惨な骸を送るのはそれからでも良い。


「――そうした者達はこれから先、更に増えていくことになる」


「それこそ到底数え切れない程にな。 悪いが脆弱な犠牲者如きの頭数を一々暗記するのに使える程、我が崇高な頭脳は安いモノでは無いのだよ」


 ――その言葉が最後まで言い終わる頃には、俺の聖剣アポロは、既に……。



「――あぁぁぁぁぁぁッ!!」



 ……奴の眼前にまで迫っていた。しかしその剣閃は奴の……魔王アルハートの携えていたあの細身の剣によって容易く防がれてしまう。


 俺に剣を向けられてもなお、アルハート王はソファに腰をかけワイングラスを揺らす姿勢を続けていた。今、彼はそれまで空いていた右腕のみで剣を握り、俺の攻撃に余裕で耐え続けている。ほぼ無防備に近かったハズの状態から一瞬の速度でこの完璧な防御態勢を整えた奴の器量は半端なモノではない。予てより感じていた直感通り、魔王はやはりこれまでの敵とは実力が段違いのようだ。


「……魔族の小僧よ。 それで我が覇道に反旗を翻したつもりか?」


「残念ながら貴様は私に対し何ら影響を及ぼしていない……貴様など、私にとっては居ないも同然なのだよ」


 その発言の全てが傲慢な男だ。聞いていてつくづく不快である。こんなふざけた腐れ外道に……エリス様は。


 ……エリス様はッ!!


「ウォォォォォァァッ!!」


 ***


 ――その時、アイザックの理性は彼方に飛んでいってしまった。


 誰もが戦慄し同時に怒りを覚えるアルハート王のあの言葉……理性が飛びそうになったのは無論イリア達とて同じことであったが……。


 ……そうなる前にアイザックがいきなりアルハート王に襲いかかり、そしてその刹那に迫る一瞬の襲撃がアルハート王にいとも簡単に止められてしまったことで、アイザック以外の一同は驚愕のあまり冷静さを取り戻すのであった。


「……あのアイザックの一撃を防ぐのか」


「アルハート・ザザンガルドは、この国において地位でも武力でも頂点に登り詰めし者だ。 私でも単騎では奴に到底敵わない」


「しかし私と君達が力を合わせれば、何とか届く相手だ」


 モルドと会話するイクシスはしかし思う。逆に言うと、全員でかからなければ逆に倒せないような相手なのか……と。


 兎にも角にもそういうことならば自分達も加勢するしか無い。イクシスは視線をモルドからアルハートに移し変え、星の魔玉を斧に変形させると、その星空が如し煌めきを放つ刃を掲げ大きく飛び上がった。


「――うぉぉぉぉぉっ!」


 猛り満ちし叫びと共に飛翔したイクシスの豪快な一振りがアルハートに襲いかかる。ワイングラスと剣を両手に持つ今のアルハートは今度こそ無防備のハズ。この一撃は不可避に思われた。


 ……だが。


「――《ティーターンの盾よ 我が尊き心身をその身を挺して守り抜け》」


 アルハート王が織り結びしその呪文によって、戦局は大きく動き出す。巨大な魔法陣がアルハートの頭上に展開されるとその直後、アルハートを覆うようにして薄い魔力の壁が形成された。すると刹那、イクシスの斧もアイザックの剣も、なんと一瞬にして……弾き返されてしまった。


 アイザックとイクシスは体ごと軽く吹き飛ばされ、アルハートとの距離を突き放されてしまう。二人は突如として出現したあの謎の防護壁に動揺の色を隠せなかった。


 短い詠唱によって展開されたその壁はやがて消え失せる。するとアルハートは徐にソファから立ち上がり、持っていたワイングラスを乱暴に投げ捨ててしまった。それは高級そうな良い色合いをしていた酒が入っていたグラスだったが、床に叩きつけられると一瞬にして単なる粉々のガラス片と化し、中の酒は絨毯の染みへと成り果ててしまう。


 そしてアルハートは、次の瞬間には剣を改めて正しく構え、臨戦態勢に本格的に移った。ゴクリと息を飲むアイザック一行とは対照的に、彼は依然としてその強者の余裕を消そうとはしない。


「我が《ティーターンの盾》は絶対だよ」


「貴様ら如き雑兵では例え永遠という時をかけても決して打ち破ることはできない」


 絶対的な魔力障壁・《ティーターンの盾》。その耐久性は異なる次元のものとしか言い表せず、如何なる攻撃も決して通さないまさに無敵の盾だ。


 彼の言葉通り、アレを破壊するのはどんな手段を使っても不可能なことをこの場にいる全員が理解する。ならばアレが時間経過によって消える瞬間を狙うしか無いのだが……それは恐らくアルハートの任意のタイミングで訪れるだろう。


 と言ってもあの壁を永遠に出し続けるのは彼とて流石に不可能だろうが、壁に触れた途端衝撃によってアルハートとの距離を離される為、壁が消えるまで粘り強く攻撃し続ける戦法は恐らく通用しない。


 つまりアルハートに攻撃を当てるには、アルハートに明確な隙を作らせる必要があるということ。そしてそれには仲間との連携が必須になってくる。モルドが「多勢なら勝てる」とアルハートを評した理由はそこにあった訳だ。


「……私の槌による攻撃は我ながら早いと自負しているが、それでも奴にとっては大振りも良いところだ」


「アイザックは一旦聖剣からオーブに装備を変えて手数を増やし、出来る限りアルハートの集中を私から削いでくれ」


 モルドは自身の槌さばきには自信があるものの、それでもアルハートから余裕を奪うには速度が一歩足りないという。しかし一方で彼は、紫紺の魔玉に持ち変えたアイザックならばあるいは、アルハートに届くかもしれない……という主旨の推論を述べた。故にモルドはアイザックに聖剣からオーブに装備を変更するよう要請する。


 対するアイザックは、今は亡きエリスの形見である聖剣を使ってアルハートにトドメを刺したいという想いがあった為か、一瞬それを拒もうとした。だがしかし、彼はすぐさま自らの信念を思い出す。姫の仇討ちよりも、今生きている仲間の命を優先させるという信念を。


 そしてアイザックは、聖剣を使ったままではアルハートに勝てないことを悟り、聖剣でトドメを刺すという宿願を一度断念する。苦渋は許されない為、それは瞬く間の決断であった。


 アイザック聖剣を一旦鞘に戻し、次に紫紺の魔玉を取り出す。そしてそのオーブに自身の魔力を流し込んだ。剣になれと命じながら。すると魔玉はやがて応え、一筋の長剣へと姿を変える。《紫紺の魔剣》が顕現した。


「私も援護します! アイザック様!」


「兄さんの右腕はこの俺だ……俺も兄さんと並んで戦う!」


 聖杖フリーズ・クリスタルを構えるイリアと、自慢の鎖鎌を振り回すマルクも加えた三人で、アルハートに立ち向かうことになった。


 そしてモルドとイクシスもそれぞれ独自に動くべく短い時間での作戦会議を執り行う。


「私はアルハートに一矢報いるべく、緩急をつけながらアイザック達の援護に入る」


「我々が陽動している間に、イクシス。 君は存分に魔力をそのオーブに込め続けてくれ」


「……本来はアイザック以外の者に従う気は無い」


「……が、今は致し方ないな」


 アイザックのみに従いし剣であるイクシスは、モルドに指図されるのを若干嫌がる節を見せたが、今は急を要する事態。四の五の言っている暇は無い。彼女は悩むのも程々に切り上げ、その命令を飲み込んだ。


 イクシスは星の魔玉――《ギャラクシー・オーブ》に出来る限り魔力を溜め続け、次に放つ一撃に全てを込めることに。そして彼女が魔力を溜めている間、モルドはアイザック達に混じってアルハートの注意を惹く立ち回りをすることになった。


 モルドは背から戦槌≪ヘルレッド≫を引き抜き、それを軽々と天井に掲げる。見るからに重そうな巨大な槌だが、モルドは表情一つ歪めずそれを装備している。彼が凄まじい怪力の持ち主であることが窺える光景だ。


 彼はその体勢のまま呪文を唱え始める。複数の魔法陣が槌を囲むようにして展開されており、どうやら槌にモルドの魔力が注がれている様子。


「……《我の血を贄として捧げる》」


「《故にその片鱗を見せよ 破滅の化身》ッ!」


 おどろおどろしい言の葉が呪詛のような響きで紡がれていく。すると刹那、モルドの血脈が、バクン……という振動に襲われた。彼の苦しげな声が短くあげられる。そしてそれを代償にしてか、次の瞬間には、槌が……真紅のオーラによって包まれていったた。


 あの赤色はモルドに流れていた血のそれだろうか。彼の血と引き換えに槌に紅く不気味な魔力が蓄えられていく。やがて魔法陣が消え去ると、戦槌はヘルレッドの名に相応しく地獄を彷彿とさせる赤色に染まったのだった……。


「諸君ら、下がっていたまえッ!」


 攻撃準備が整ったモルドは、アルハートと三人がかりで交戦していたアイザック達に回避を呼びかける。気付いたアイザック達はそれに頷き、一旦アルハートから距離を取った。


 同時にアルハートもモルドの攻撃に気付く。すると彼は防御のため、再び《ティーターンの盾》を呼び出すべく詠唱を開始した。これら一連の動作は極めて冷静に行われ、モルドの渾身の一撃が来るにも関わらずアルハートからは一切の焦りすら感じさせない。


「死ぬが良いッ!アルハートッ!」


「抜かせッ!」


 紅蓮の闘気を纏わせた戦槌による鬼神が如し一振り。モルドの卓越した戦闘能力が成せる、殺傷力を極めし奥義だ。熟練の槌さばきで放たれたそれは大気を揺らしながらアルハートに向かって弧を描きつつ猛進する。しかしアルハートが敷いた《ティーターンの盾》はそれを受けてもなおその薄い壁で衝撃を全て無力化してしまった。


「クソォッ……!」


 モルドの技もかなりのモノだが、アルハートのアレは最早反則だ。あの殺意に満ちたモルドの全身全霊の攻撃を平然と跳ね返す様は、あたかも現実世界の理を別世界の理で歪曲させているかのよう。こんなのデタラメだと糾弾したくなる思いに駆られる。


 しかし逆に言うと、チャンスはこの瞬間を経て初めてやって来るのだ。あの壁が消える直前を的確に狙えばアイザック達はアルハートに攻撃を当てることが出来るハズ。


 彼らは、無敵のアルハート王に一矢報いることが出来るのか……!

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