「魔王との対面」
――ラスロー将軍の亡骸を前にして、俺は改めてこの殺戮の顛末を回想する。マルク君がラスロー将軍を縛って、イクシスが彼の左腕を叩き斬って、最終的にモルドが彼の首を……。
「……イクシス」
「お前は、彼の腕を斬り落とすのに何の躊躇いも無かったな……」
……俺のこの問いが愚の骨頂であることは重々承知のうえだ。確かにイクシスは遠慮なく彼の腕を斬り落としてしまったが、それはマルク君の命を守る為。逆にやらなければ今度はマルク君がやられていたかもしれない。だからイクシスのやったことは正しかった。そんなことは分かっている。
だが、それでも問わずにはいられなかった。問わなければ、彼が……ラスロー将軍があまりにも惨めな気がした。誰かが問わなきゃいけない気が……した。
「……勿論、クソガキ……いやマルクを守る為というのもあった。だがそれだけなら私は奴の腕までは取らなかっただろう」
「アイザック。私は何より……お前が奴に目の前で貶されているのが心底気に入らなかったんだ」
……イクシスから返ってきたその答えは、俺の意表を突いた。
あの時俺が彼に侮辱されていたから、彼の腕を斬り落とすまでに至った。とイクシスは言う。
「俺もそこはクソアマ……いやイクシス将軍様に同感だな」
「兄さんの名誉をあれだけ傷つけたんだ。アレぐらい当たり前だぜ。マジで」
……皆、俺の為にあそこまで怒ってくれていたのか。
互いに嫌味を言い合っていたマルク君とイクシスはやがて取っ組み合いの喧嘩を始めてしまったが、その傍らで俺は改めて仲間の情の厚さを感じる……。
……死んでしまったラスロー将軍は元より敵対勢力だ。彼もまた俺達を殺そうとしていた。だからこれは戦の理であり、仕方のないこと。
ならばせめて俺は、死したラスロー将軍に密かに祈りを捧げることにした。どうか、その魂が清く正しく浄化されるように……と。
生前の彼が心から憎んでいた魔族にこんなことをされるのは彼にとって屈辱だろうが……誰もしないよりはマシだ。やがて祈りを終えた俺は、傷もイリアのお陰で塞がったことだし、立ち上がることにした。
戦いの後なのに体が軽い。やはり治癒魔法は便利だ。体調は万全と呼ぶに相応しく、これならまた全力を出して戦うことができる。
さて、モルド曰くラスロー将軍を撃破した今、残る敵は後アルハート王ただ一人らしい。そういえば兵士達の姿もあれから見なくなったが……もしかしたら、残りは裏口から侵入していた反逆団の処理に未だに追われているのかもしれない。となると、今が王室まで駆け抜ける絶好の機会というわけか。
「……行こう、モルド」
「ああ。 あの憎き魔王もこれで袋の鼠……恐るるに足りんよ」
モルドも改めて加入したことで、我々の勢力は最早ザザンガルドサイドを圧倒していると言っても過言ではなくなった。今なら、魔王アルハートを袋叩きにできる。
「よし……皆、準備は良いかッ!」
俺が先陣を切って号令をかけると、仲間達は一斉にそれぞれの言葉で力強く呼応してくれた。背中を預けられる頼もしい彼らに感謝しながら、俺はアルハート王の待つ王室へ一気に駆け上がっていく……!
※
――今宵の月は、極めて細い三日月だった。あと少しで完全なる新月が完成する……といったところである。
そうした理由で月明かりが少ない中、元々消灯時間の中を襲撃されたこのザザンガルド城は今殆どの回廊が闇に近い暗さとなっている。
とは言っても俺達は目が既に慣れていて、また窓もそれなりにあるのでこの暗さに困るようなことは無いのだが、城の雰囲気は少し不気味になっていた。元々俺が抱いていた魔王の城のイメージと合致していて、幽霊でも出そうな感じである。
城の中に巡らされてある幾多もの階段を登り詰め、僅かながら襲ってくる兵士も居たがその全てを軽くあしらい、順調に城の上層へと足を進めていく。
ふと目に映った窓からの景色はこの地点で既にかなり高く、この時間から眠りに就こうとしていたこの城とは対照的に未だ灯りをともしてその盛況ぶりを見せる街の活発な風景を見下ろすことができる。
国民を働かせておいて、アルハート王は良い身分だ。まあ実際王なのだから身分自体は当然頂点に達しているわけなのだが、やはりこの圧政は納得がいく範疇を越している。
俺はアルハート王を制裁する意志を強めながら、また一つ、また一つと、階段を力強い足取りで踏みしめていった。
――バレア王国での、ファランクスとの死闘。
砂漠のオアシスとサンメラ王国で繰り広げた、グラファとの激闘。
……そして今、この瞬間までの旅路の全てを連れて行って。
一歩一歩……勇猛果敢に突き進む。
……この永き階段を登った先にある、あの巨大な鉄製の扉――表面には圧倒的存在感を誇る大剣の意匠が施されている――を開ければ、魔王アルハートのいる王国へと辿り着く。この旅を以て追い続けて来た彼の宿敵は、もう目前にまで迫ってきているのだ。
「……《聖剣の炎よ》」
「《我が不浄の魂に抗い――」
「――共鳴し、不朽の輝きとなりて魔を滅せよ》!!」
俺はあの扉を破壊する為、聖炎呪文の詠唱を走りながら開始した。剣を前方に突き出しながら突進し、展開される魔法陣に己の魔力を注ぎ込む。腕は相変わらず焼けていくが、それに身悶えしてしまう程の心の緩みはもうない。不動の魂で突き進み、代償をものともせず聖なる炎の呪文をここに顕現させる。
「うぉぉぉぉっ!!」
この叫びにありったけの魔力を乗せて。俺は魔を蝕みし聖剣の砲撃を、扉に……ぶちかました!瞬間、爆炎が辺りに絶大な衝撃をもたらす……!
揺れ動く城内で扉は爆発によって粉々に砕け散り、その破片も燃え朽ちていき、やがて鉄の歪んだ固形物となって周辺に転がっていった。
立ち込める黒煙を切り拓いて、俺達はついに王室へと足を踏み入れる。やがて煙を通り過ぎたところで一旦足を止めた。するとそこには……。
「……ようこそ。 反逆者諸君」
……ソファで寛ぎながらワイングラスを悠長に揺らす一人の老人の姿があった。
「……やあ。 愚かなる我らが王よ」
「モルド、貴様……寝返ったのか」
……城の人間で将軍のモルドを呼び捨てに出来る者など、王をおいて他にはいない。この、軍服姿で腰に細身の剣に携える白髪の老男こそが……魔王アルハートだ。
一見すると彼は普通の人間のようだが……しかし彼のあの表情。あれは対峙する者全てを威圧している。ひそめた眉の下で鋭く眼光を飛ばし、ありとあらゆるものに己への服従を求めているかのようだ……。
「おや? 思ったより焦らないんだな。 この状況においてお前の敗北はもはや決定的なのだがね」
「モルド、貴様……誰に向かって口を利いている?」
謀反を企てたモルドに対しアルハート王は、我々の予想よりは遥かに冷静ではあったものの、静かなる激昂を露わにしていた。この状況でも無闇に騒ぎ立てたりしないのは流石王の器と言ったところか。
「今のお前のことを王だと誰が呼んで誰が慕う? 多勢に囲まれた最後の一匹であるお前には威厳も無ければ勝機も無い」
「モルド。 貴様の実力は認めてやってはいたが……それでも我の実力の前では圧倒的に霞む」
「他の奴らも、精々我が覇道の礎にしかなれんよ。 自分達が勝てるなどとは微塵にも思わぬことだ」
互いに牽制しあう王と将軍。モルドは一貫してアルハート王に勝機はないと断言しているが、対するアルハート王はそれにも関わらず余裕の態度で威風堂々とした佇まいを見せつける。
モルドの言う通り、俺達全員でかかれば彼一人を倒すことなどできないことでは無いハズだ。なのに何故だろう。この、彼から放たれている異様なまでに不気味なオーラ……それが俺に一瞬の油断すら許してくれない。
全身の神経が俺に警鐘を鳴らしているのだ。コイツはヤバい、全力でかかれ……と。確かに冷静に考えれてみれば、いくら見た目こそ老男とはいえアレが本当に魔王ならあの凶暴だったファランクスとグラファを従えていた者ということになる。これまでかつて無い程の強敵であることは火を見るよりも明らかなのだ。
「……アルハート王」
「俺はバレア王国より貴殿を倒す為参上したバレア王国将軍、≪アイザック・バレア≫」
「交戦に移る前に、一つだけ確認をさせて欲しい」
俺は一国の王に対し大幅に礼を欠いた言い方ではあるものの、そのたった一つの願いを陳述する。すると彼は「申してみよ」とばかりの余裕ある態度で、俺の方へ無言で目線を持ってきた。
言葉こそ無かったが俺はこれを“了承”と捉える。俺は未だ息の整わない内ではあったものの、その震える口から……確信に迫りし一つの問いを、彼にぶつけた。
「……貴方は……」
「……“魔王”、で間違い無いですか?」
「――如何にも」
「世界征服という我が野望を達成することで、我はこの世の森羅万象を我が手中に収めるのだ」
「万物を統べし覇者。 ……我こそ、現世に蘇りし“魔王”であるッ!」
……これで、迷いが全て消え去った。
この男こそが、バレア王国にファランクスを送り込んで俺が仕えていた姫騎士・エリス様を殺害させ――
――ホルス様に乗り移り、サンメラ王国を魔力を以て支配しようとしたグラファを刺客として仕向けた――
――諸悪の、根源ッ!




