「因縁の終結」
表現の誇大でも何でもない。本当に彼の胴体と左腕が分断された。瞬間、夥しい量の血飛沫が王宮の床に飛び散る。そのあまりにも凄惨過ぎる光景は俺の眼にしっかりと焼き付いてしまった。
「う……腕が!! 私の腕がァァァァッ!!」
まさに戦慄のワンシーンだった。やらねばマルク君の命が危なかったとはいえ、目の前で人が五体満足じゃなくなる瞬間は息を呑むものがある。俺は思わず呆然としてしまった。
「大丈夫ですか! アイザック様っ!」
「今治療しますからねっ!」
そんな俺の横には既にイリアが駆けつけてくれていて、俺の傷ついた体を治癒呪文によって回復措置を施してくれた。が、しかし、目の前で起きた惨劇が衝撃的すぎて俺はこの時彼女に礼を言うのを忘れてしまった。
「――無様だなぁ、ラスロー」
「モルド、お前……グハッ! ハァ……ハァ……なぜ、なぜ反逆者共と戦おうとしないッ!?」
この時俺は未だに状況が飲み込めておらず、ラスロー将軍の横で転がる彼の左腕だった物体をただただ呆然と見つめていることしかできなかったが、現在、モルドとラスロー将軍が何やら不穏なやり取りを行っているようであり、朦朧とする意識の中、彼らの会話を微かに聞き取る。
「何故かって? 私の日々の行動を怪しんでいた君にとってその理由は寧ろ想像しやすいものなんじゃないかな?」
「まさかお前、本当にッ……グハッ」
腕が斬られ、肩からも口からも血が止まらない容態のラスロー将軍の放つ言葉は既に絶え絶えであった。対してモルドの放つ言葉はその全てがラスロー将軍を見下しているように思える。
「モルド……グフッ! よくも我が主を……裏切った……な……ァッ!」
「あんな生きる価値の無い老いぼれの俗物に一瞬でも仕えていた自分が心底恥ずかしくて仕方がないよ」
「一生私の人生に残り続ける汚点と言っても過言ではないね」
「――貴様ァァァァッ!!」
モルドの辛辣で冷徹な言の葉の数々にラスロー将軍はついに怒りの限界点を超えた。激昂したラスロー将軍は片腕を失ってなお最後の力を振り絞って立ち上がり、残された右腕を振りかざしてモルドにレイピアを振り落とす。だが……。
「これ以上生き恥を晒すな。ラスロー」
モルドは瞬間、戦槌ヘルレッドを引き抜いて、それを豪快に振るい、迫り来るレイピアに思いっきりぶつけ、その軌道を絶った。すると刹那、レイピアの刃が衝撃によって呆気なく……折れてしまった。
「え……」
ラスロー将軍は、剣としての機能を完全に失った棒切れ同然の自分のレイピアを見て暫く呆然とした後……。
「……あ……あぁ……」
……ただただ、力無き声で項垂れることしかできなくなってしまった。
忠誠を誓っていた主を侮辱され、「生き恥を晒すな」とまで罵られ、腕も剣も、人としての尊厳も失った……いや、奪われた今の彼に残っているモノなど最早何もない。
「さて、そろそろ生きるのも嫌になってきただろう?」
「奇遇だね。私も君と生きるのがいい加減嫌になってきた」
「私の友人をあれだけ侮辱してくれたことだし……“死刑”で、良いよね?」
――モルドは、ラスロー将軍という存在を心の底から拒絶しているようであった。彼にかける言葉の何もかもが彼への軽蔑で溢れている。しかしそんな彼の表情は至ってにこやかだった。
だがそのにっこりとした表情でさえラスロー将軍への拒絶の表れのように思えてくる。目を閉じているのは彼を視界に入れたくないから。口を閉じて口角を上げているのは彼の吸っている空気と同じものを吸いたくないから。
こうやって俺が感想を綴っているだけでは通じないだろうが、今のモルドは本当にそんな感じであった。何というか、ドス黒い闇を全身に纏っているイメージだ。彼の笑顔の裏にはとびっきりの邪念が詰まっている。
同じ国の将軍同士でここまで憎み合うか。俺からしたら到底理解し難いことだが……これがモルドとラスロー将軍の因縁の決着ならば、俺が口出しするわけにはいかない。
……というより、今のモルドを止めようとしたならば……。
「――死ねェッ!!」
……俺まで、彼のように――ラスロー将軍のように、首を吹き飛ばされかねない。
モルドの怒りのままに放たれた戦槌の一撃は、ラスロー将軍の息の根を容易く止めた。まさに刹那の殺害である。容赦の欠片も無い無慈悲な一閃によって、ラスロー将軍は最期を迎えたのだった。
「……諸君。良くやってくれた」
「ここまで作戦は非常に順調に進んでいるよ」
「後は魔王アルハートを残すのみとなった」
ラスロー将軍の死を契機に、モルドの表情もようやく本来の穏やかさを取り戻す。彼曰く作戦の進捗具合は良好のようだが……俺は今一つ煮え切らない思いに駆られていた。
何も救われぬまま死を遂げたラスロー将軍の首をふと眺める。色々考えさせられるものはあったが、結局“哀れ”という言葉しか浮かばなかった。




