妹がやっていた乙女ゲームの攻略対象に転生したんだけど詰んだかもしれない
このたび妹がやっていた乙女ゲームの攻略対象に転生しました。
中世っぽい世界の、山と海に囲まれた平和で美しい王国の第二王子で超絶イケメン、文武両道、剣と風魔法が使えます。
……あぁっ、帰らないでっ!!話を聞いてっ!!
いやもう、転生直後はね、前は平凡な顔の平凡な会社員をやっていたんで神様グッジョブ!!ひょっとして川で溺れた子供とか、トラックに轢かれかけた子供を身を挺して助けたとか、前世の俺のスペックからしたら有り得ない善行を積んで死んだご褒美じゃね?何で死んだか覚えてないけど!!ってハイテンションにもなったよ 。
但し、齢六歳同士にして婚約者になった侯爵家令嬢に合うまでの短い命だったけどな!!
いやー、ありがちだけど初対面の印象はお互いに最低最悪で。
俺ロリコンじゃねーし、姪っ子とかも居なかったし、幼女とか前世なら声かけた時点で逮捕だったもんなーなんて事を考えながら何て話しかけるべきか悩んでたら、侯爵令嬢も全然こっち見ねーで黙ってるの。
うん、六歳児だもんな、幼稚園の年長組さんぐらいだっけ?いきなり婚約者だなんて言われても理解出来ないよな。
やっぱここは、男で前世の記憶もある俺が場を持たせるしかないか。
にっこり笑いながら「ヴィディアーナ嬢、よろしければ温室の花を見に行きませんか?貴女と同じ名前の花があるのですよ」と差し出した手はバシッと勢い良く払いのけられた。
「この浮気者っ!!」
「え?ええっ!?」
「私は知っていますのよ!!あなたは15歳になって王立魔法学園に通うようになったら、すぐに庶民の血を引く男爵令嬢と恋に落ちて私との婚約を破棄しようとしますの!!」
「え……えっ!?あ……あ……ああぁあぁぁ?!」
次の瞬間、頭の中に前世の妹がハマりまくっていた乙女ゲームのポスターとか、妹が嬉しそうに話していた内容が頭の中に蘇ってきた。
そうだよ、俺、乙女ゲームの攻略対象の王子様じゃん!!学園に入学してすぐほわほわピンク頭のヒロインちゃんにモーションかけられて、その後一年かけて落とされるんじゃん!!
しかも結構チョロくって、逆ハーコンプリート後に出てくる闇を抱えた第一王子とか、隣の帝国の皇太子と比べると影の薄っすーい第二王子!!メイン攻略対象者なのに!!
今更ながらに気が付いた衝撃の事実に呆然としていたら、目の前の侯爵令嬢に睨み付けられた。
「私、絶っっ対に負けませんわ!!必ずざまぁして見せますっ!!」
「え?えっ??」
ちなみにこれは俺の両親である王と王妃、令嬢の両親である侯爵夫妻や王宮の侍従達の目の前で行われた結納の儀式の直後である。
いきなり訳のわからない事を言い出した令嬢に侯爵夫妻は大慌て、唯一何を言っているのか理解出来た俺も自分の事で手一杯だった。
すぐに令嬢は侯爵夫妻に引き摺られるようにして帰っていった。
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その後、俺はまともに会話も出来ないノータリン王子だと噂を流されたり。
まぁこれはしょーがない……か?でも俺だって今世生まれて一番の衝撃を受けてたし!
かと思うと、いきなりアポなしで孤児院に押し掛けて出される食事にケチを付け、責任者に会計報告書を見せろと迫って孤児院を運営する教会と侯爵家の関係を悪化させたり。
ついでに孤児院に居たスリや掻っ払いをしていた孤児を護衛として引き取ると言い張って侯爵夫人を泣かせ侯爵を激怒させたりなんかもしていた。
侯爵家の屋敷には先祖代々伝わる国宝級の家財道具に宝石や貴金属が沢山ある。
何気なく置いてある小さな花瓶一つで下町の庶民なら三カ月は暮らせたりするから、下働きのメイドすら信用できる人物からの紹介状と入念な身上調査を経て採用されるんだ。
そんなところに幼い娘が窃盗を生業にしてきたような奴らを連れ帰ってきて「お友達に成りたいんですの」とかお花畑な発言したら、侯爵夫妻としてはガチギレして教育的指導をせざるを得ないだろう。
他には領地の子ども全員に教育を受けさせるべきと侯爵に訴えて予算を理由に断られたり。
侯爵領に三十個近くある村に各一棟校舎を建設し、その維持費や教師の給料に黒板やローセキ、生徒の使うノートに筆記具なんかの消耗費も全て恒久的に侯爵家が負担する案だったとか。
だいたい、こっちは農家でも商家でも幼いうちから親の仕事を見たり手伝ったりして覚えるのが普通で、親も子どもが飛び抜けた勉学の才能を見せない限り学校に通わせるのに非協力的だ。
商家でも読み書き計算が出来れば上等で、農家に至っては子どもも大切な労働力とされているから、領民の意識改革や各村への根回しって数十年単位で取り掛かるべき事をいきなりやれと言われても反発されるわな。
「予算が無いなら自分で稼ぎますっ!」と威勢の良い宣言をして商会を立ち上げた処までは良かったが、既存のギルドに目を付けられて素材を売って貰えず結局実家の侯爵家から圧力をかけて品物を卸させたり。
何でも「最高の素材と最高の職人技術を使った商品を庶民の手にも届く価格で!」がモットーらしく、職人や販売員の給料に店舗の家賃光熱費を支払うと赤字ギリギリ、しかも次から次へと新しい商売を始めるもんだから裏では侯爵令嬢の商売道楽と言われている。
俺もね、最初は何とか婚約者である侯爵令嬢とコミュニケーションを取ろうとしたんだよ?
でも結納の席の後はお茶会でもパーティーでも無視され、少しでも近づこうとすると脱兎の勢いで逃げられてね。
こっちも乙女ゲームのシナリオ通りにいくと、どのルートでも彼女に公衆の面前で婚約破棄を突き付ける事になるので、それはあまりに申し訳ないから今のうちにと穏便な婚約解消を両親にお願いしてみたり。
侯爵令嬢の奇行は有名になりつつあるから、婚約解消は案外上手く行くんじゃないかなーと甘っちょろく考えていた時期が俺にもありました。
実は俺と侯爵令嬢の婚約は侯爵の遠縁の男爵領で銀鉱脈が発見された事が発端なんだと。
侯爵領と帝国領に挟まれた辺境の小さな男爵領で、高齢の男爵夫妻には子どもが居ない。正確には一人娘が居たらしいが、十年ほど前に旅の楽士と駆け落ちして行方不明になっていた。
娘の失踪で気落ちしていた男爵夫妻は今さら銀鉱脈の開発や我が王国や隣接する帝国との折衝をする気力も無く、領地を侯爵に献上する代わりに娘の姿を見た人が居るという王都でひっそりと暮らせるだけの金と屋敷を欲しがったそうだ。
領地を献上された侯爵も、いわば棚ボタで得た銀鉱脈付きの領地は他の貴族の嫉妬や猜疑心を買うものでしかなく。
王家との協議の末にしばらくは銀鉱脈は王家が、領地は侯爵が管理することにして、いずれ第二王子である俺と侯爵令嬢であるヴィディアーナが結婚した暁に周りの領地も割譲して大公領とする事で合意したそうだ。
うん、幼い子ども同士の婚約なんて、双方の家に利益が無いと成り立たないよね!!
穏便な婚約解消なんて無理、無理、無理!!
そして、俺はまたまた重大な事を思い出した。
えーっと、俺が将来大公領を立てるとなったら、この国は第一王子が国王になるんだよね?
……あっちゃー。
第一王子ってあれだよなー、時々柱の影から俺を睨んでるあの人ですよねー。
例のシナリオだと、俺の母親である王妃が側室だった第一王子の母親を毒殺したと信じ込んでいて、父王も王妃も、両親に可愛いがられている俺の事も憎んで憎んで一人部屋に閉じ籠り黒魔術に傾倒し心の闇に墜ちちゃってる設定だったな。
この人も俺が話し掛けようとすると逃げるんだよなー。
あれ?俺って結構嫌われ者だったりする???なんか目からしょっぱい汁が……グスン。
父ちゃんである国王が健在な内は良いけど、もし父ちゃんが死んで誤解されたままあの第一王子が新国王になったら俺たち母子ヤバくね?
正直なところ、俺は王位に興味無い。だって窮屈そうだし、責任半端無いじゃん。
それに前世で友達と結婚の話題になると「俺、長男だしいずれ実家に帰って両親と同居を〜」なんてことを言いだす男がいて、それに対して女性陣は凄まじい勢いでドン引きするじゃん?あの顔が忘れられないから「次男坊ヒャッホー!!お気楽ぅ、お気楽ぅー!!」な気分だったんですよ。
確か、第一王子が出て来るルートって逆ハーが成立して王宮に招かれたヒロインちゃんが第一王子と出会い、母親の死の真相を共に探りながら心の闇を解きほぐすって設定で。
マジかよ、家族も持て余すメンヘラの引きこもりを更正させるとか、前世のカウンセラーや精神科医も真っ青じゃん、ヒロインちゃん有能過ぎっ!!
よし、俺のやるべき事は決まった!!ヒロインちゃんに順調に攻略されて、他の攻略対象者も巻き込んでさっさと逆ハーを成立させるんだ!!
俺の婚約者殿は……あの奇行を止めなければ、いずれ貴族社会に潰されて自滅する気がするんだよね。
自分が酷い男だって自覚はある。
前世の記憶がある俺としては「平等」も「人権」も「教育の大切さ」も知ってる。
でも、この国は身分制度のある専制君主国家で。
その中でも俺たちは人々の上に立つ支配者層で。
いずれ国家や人々の考えが成熟すれば受け入れられる思想でも、上から与えれる「平等」に意味はあるのか?
何が正しいのかなんて、この世界の人々が自分で考えて掴み取ったものでないと、また簡単に上から取り上げられるんじゃないか?なんて事も考えてしまうんだよね。
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学園にある庭園の中でも特に第二王子のお気に入りとされる「沈丁花の小路の東屋」は、貴族ばかりの学園でも身分の低い子女は遠慮して近寄る事が無いのが慣例だった。
そこに一人の女生徒がリズミカルな足音を響かせながら走ってくる。
生垣の向こうからピョコン、とふわふわのピンク色の髪と顔の上半分だけを覗かせ、貴族の女性としては些か明け透けすぎる笑みを浮かべる。
「ぁは、レオ様たちやっぱりここに居た!!」
「やっぱ可愛いなー……すげーあざといけど」
「癒されるよなー……ビッチだけど」
「あそこまで媚びまくられるといっそ可憐だよねー」
「この後、絶対に俺たちの目の前で転ぶんだよなー……今日は誰が助け起こす番だっけ?」
「あー、俺だわ」
シナリオ通りに王立魔法学園に通う事になった俺の前にヒロインちゃんはしっかりと現れ、現在順調に攻略され中である。
そして、予想外の心の友も得ることができた。
「なぁ、お前の婚約者のリリエンヌ嬢を久しぶりに見たんだが」
「……勘弁してくれ、彼女の話は聞きたくもない」
公爵家嫡男で真っ赤な髪と藍色の瞳を持つイケメンなガルシアに話を振る。
「後で聞いた方がダメージでかいぞ?……あ」
ヒロインちゃんが生垣をぐるりと回り込み、石畳から芝生に切り替わった場所に差し掛かった途端にスッテーンと周囲に持っていたクッキーを巻き散らかしながら転んだ。
地面に着地する瞬間に受け身を取りつつ顔はしっかりガードする、お見事としか言い様の無い完成された芸風である。
「ふ……ふええぇぇぇぇーん!!み、みんなの為に私が徹夜して作ったクッキーがあぁぁぁぁ!!」
おい、目元に手を当ててるだけで涙出てねーぞ、手を抜くなし。
俺たちは慌ててヒロインちゃんの周りに駆け寄り、口々に心配しながらお互いに無言で牽制しあう。
あー、やっぱり当番の俺ですか?
俺は地面に落ちたクッキーの中から、草の上に落ちて比較的安全そうな一枚を口にする。
「君が俺の為に作ってくれたクッキーだ、汚くなんて無いよ」
「や、やだぁ、レオ様の為だけに作ったんじゃなぃんですからねっ!!」
ヒロインちゃんは「プンプン」と口に出しながら両手を軽く握り顔の左右に当て怒ったふりをする。
機嫌を直したヒロインちゃんの手をとり、東屋の椅子に座らせた。ふうー。
そのままヒロインちゃんはバスケットの中に残っていて無事だったクッキーをみんなに配り始めたので、そっと神官長の息子で水色の髪と銀の瞳のイケメンのカイスルを呼んだ。
「後で腹に回復の呪文かけてくれ」
「了解」
「食った物を取り出す魔法とか無いの?」
「普通に吐いた方が楽だし安全だよ?」
「……デスヨネー」
さっき婚約者の不穏な動向を小耳に挟んでしまったガルシアが目配せしてきた。
「ガルシア、午後の授業で前に出て発表するんだろ?時間は大丈夫なのか?」
「あぁ、そうだった。教授と少し打ち合わせが必要かもしれんな」
ヒロインちゃんの目がキラッと光った気がする。
「ぁれぇ?そぉ言えばぁ、ガルシア君の婚約者のリリエンヌ様がぁ、さっきとーってもおっきい、黒ぃ布を被って歩ぃてぃらっしゃぃましたよぉ?楽しそうだったなぁ、私もやってみよぉかなぁ?」
「……グェッ」
うおぉ、女は男の浮気を直感で見破るって本当なんだな。
一気に挙動不審になったガルシアはジリジリと俺たちから離れていく。
「そ・・・それが本当なら生徒会役員としてきつく注意しなければいけないね。親の決めた婚約者だから俺個人としては彼女に全く興味が無いんだけどね?……とりあえず俺は一旦失礼するよ」
「ぅふふー?ガルシア君、また休み時間にねぇ?」
内心の焦りを隠す為に、あえてゆっくりとした歩調で立ち去るガルシアの背に俺たちは武運を祈るしか無かった。
攻略対象者である俺、第二王子レオニエーアス、侯爵家嫡男のガルシア、神官長の息子であるカイスル、宰相の息子のフェリトゥレ、王宮の騎士団長の息子のゼクスは全員厄介な婚約者を持つ者同士、入学してすぐに意気投合した。
ガルシアの婚約者のリリエンヌ嬢は普段は自宅に引きこもって滅多に学園に姿を見せない
たまーに必要があって学園に登校する時は、頭からつま先まですっぽりと黒い布で身を包んでいる。
何をどう拗らせたのか知らんが、令嬢曰く自分が常に頭から黒い布を身に纏っているのはガルシアが命じたかららしい。幼い頃に神々の寵愛を受けたとしか思えない令嬢の美しさに一目惚れしたガルシアは自分以外の男にその姿を見せる事を嫌う嫉妬深い男に成長し、令嬢もそんなガルシアの愛を受け入れたとか。
「いや、そんな命令したことねーし」というガルシアの言葉は、インパクトの有りすぎる令嬢の姿にかき消され気味だ 。
「いや、初めて会った時に見ただけだけど、顔とか普通のちょい上くらいだったよ?一応可愛いとか褒めといたけどさ。てか、あいつ単なるサボり癖のある勉強嫌いの引きこもりだよね?どうせ嫁に行くんだから学歴とか関係無いって考え方、俺は嫌いだな」とも言っている。
入学当初は自称「神々の寵愛を受けた絶世の美女」のリリエンヌ嬢に好奇心から話しかけるアホな男子生徒も皆無じゃ無いかったわけで。
そんな時、令嬢は「いゃぁぁ!!ごめんなさいガルシア様!美しすぎるリリエンヌが悪いのです!!ガルシア様の仰る通りもう勝手に出歩いたりしませんわ!!お仕置きなんておっしゃらないでぇ!!」と泣き喚き、ガルシアの評判を一気に落とした。今では奴に近寄る女生徒は皆無なので、ひょっとして全て計算しての行動なのかもと疑っている。
入学して三か月たった今、リリエンヌ嬢に話しかけるボンクラな男子生徒がいるとは思えないが、万が一ということもあるのでガルシアも気が抜けないのだ。
ガルシアも家の交易の仕事の関係でリリエンヌ嬢との婚約は破棄出来ないらしい。
リリエンヌ嬢に比べると、俺に近寄ることを極端に警戒するヴィディアーナが素晴らしい婚約者に見えるな。
しかし、ヴィディアーナも俺に全くの無関心でもないようで、取り巻き達に俺を常に監視させている様だ。
……言いたいことがあるなら、直接言ってもらいたいもんだ。
ついでに、俺たち五人が何故ヒロインちゃんと共に行動しているのかと言うと、ヒロインちゃんは学校中の女子生徒に嫌われまくっているので、一緒にいると他の女子生徒が近寄ってこないからだ。
女子生徒の無遠慮な視線や、こそこそと、しかし相手の耳に確実に届く声でなされる噂話に俺たちは入学早々に根を上げた。
ちなみに、ヒロインちゃんはそのことに気が付いているのかいないのか、俺たち五人とその婚約者以外に興味を示した事が無い。
ふとヒロインちゃんを見ると東屋の机に突っ伏してスヤスヤと眠りこけている。
あー、徹夜でクッキー作ったんでしたっけ。
しかし学園の寮の調理室って夜間の使用は禁止されてなかったか?火の不始末とかあったらタダじゃ済まないもんな。
……彼女はいったいどこでクッキーを焼いたんだろう?
俺はそれ以上考えるのを止めて、ヒロインちゃんの肩に自分の上着を掛けた。
「ガルシアは無事かなぁ」
騎士団長の息子のゼクスがどこか虚ろな目をして呟いた。
「リリエンヌ嬢とスフィーダ嬢がエンカウントしたら最悪なんだよな、ガルシアには頑張って欲しいなぁー」
ゼクスの婚約者であるスフィーダ嬢は自称「王国の神聖なる美乙女」だ。
それだけならまだ良いんだが、自分の美貌は全世界の精霊の祝福を受けて生まれてきたからで、いずれ最高神の妻として召される運命だとか言い出した辺りから怪しくなってきた。
「私に仇なす者は神の怒りを買いますのよ?一方的に婚約破棄なんかなさったらどんな報いを受けるんでしょうねぇ……フフッ」
「いや、あんた神の妻になるんだよね?いつ出家するの?今でしょ!」というゼクスの想いは伝わっていないようだ。
放課後の教室で精霊下ろしの儀式とやらをして、女子生徒の取り巻きを着々と増やしている厄介なオカルトマニアでもある。
自称「神々の寵愛を受けた美女」リリエンヌ嬢の電波脳vs自称「王国の神聖なる美乙女」スフィーダ嬢のオカルト脳の対決は、神や精霊の御名を叫びながらお互いに奇声を上げ罵りあうという地獄絵図となる。
「異端審問待った無しですよねー」
俺の腹に回復系の呪文をかけながら神官長の息子のカイスルが笑った。
……笑い事なの?
「公爵令嬢と地方伯令嬢ですからね、この学園に在籍している間は大丈夫でしょう」
「そういやカイスルの婚約者のエルダヴィアイン嬢はまだ武者修行から戻らないの?」
「今度はラグナン海峡で海賊退治をするそうで、暫く帰れないって手紙がきました」
カイスルの解放感溢れる笑顔が眩しい。
「うぅ……羨ましい」
宰相の息子のフェリトゥレが胃の辺りをそっと撫でていた。
フェリトゥレの婚約者ジルワロ―ナ嬢は俺の婚約者のヴィディアーナと同じ山師タイプだ。
二人共次々と新しい商売を興してはすぐに飽きるか、売り上げが思うように伸びず癇癪を起こして廃業したりを繰り返している。
こちらもお互い長年狭い王都の商圏で張り合っていたんだが……
「ヴィディアーナ嬢とジルワロ―ナの共同出資の店の開店セレモニーって今日の夕方ですよね。本当に僕は行かなくて良いんですか?」
「今度の店は王家も侯爵家も宰相家も無関係を貫く。資金提供もしない」
「王妃様を怒らせちゃったんですもんね。……だから共同出資なのか」
フェリトゥレは椅子に座って腹を庇うように背中を丸めた。
「ああ。母も俺の婚約者だからとヴィディアーナがプレゼントした安物のアクセサリーを、ヴィディアーナが出席する内輪の集まりの時にだけ身に付けていたんだ」
カイスルが入れてくれた薬草茶を飲む……苦っがー。
「それを勝手に「王妃様御用達」だとあちこちで言いふらして大問題になってな」
薬草茶のせいではなく苦い顔になる。
「王妃が庶民と同じ安物のアクセサリーを身に付けているなどと知られて、他国の使者や地方貴族に我が国の財政が苦しいのかと疑われたらどうなる?反乱や侵略が起こるぞ?」
「貴族としては最低位の準男爵や騎士爵の令嬢でも、庶民の娘と同じ物を身に付けるなど嫌がりますもんね」
貴族の見栄や贅沢には意味があるのだ。
ジルワロ―ナ嬢は友人や自分より低位の貴族令嬢に「サンプル」として品物をばらまき、パーティや貴婦人たちのお茶会で宣伝するように強要して学園長に幾度も注意を受けている。
「あ、でも今度は庶民の娘好みの茶と菓子をその場で提供して食べさせる店なんでしょ?」
ん?武骨が売りの騎士団長の息子が何でそんな情報を?
……神罰が下っても知らんよ?
「庶民の娘の懐なんざタカが知れてるよ、いつもの薄利多売、繁盛している様に見えても純利益はカツカツの自己満足商売さ。それに、人気が出たらすぐ似たような店が近くにどんどん出来て流行りが終わった途端に見向きもされなくなる」
フェリトゥレが頷いた。
「看板や内装にメニュー、商品のデザインをそのままそっくり真似しちゃいけないなんて法律ありませんもんね」
「商品単価を安く設定しすぎるているから職人の給料を上げらなくて、工房の職人丸ごと他の商会に引き抜かれて潰れたりな」
「普通に嫁いで来てくれて、家と領地の管理を手伝ってくれるだけで助かるのになー」
「俺らの婚約者は全員自分が一番頭が良くて特別だと思ってるんだもんな」
だから自分を道化に見せてでも必死に俺たちの気を引こうとするヒロインちゃんに癒されるんだけど。
もしヴィディアーナにヒロインちゃんとの関係を浮気だって責められても、ヴィディアーナがこれ迄に新しい商売に注ぎ込んだ資金を「浪費癖」に数えればお互いイーブンの状態で婚約解消出来るかもしれないと考えている。
しかもヴィディアーナは昔からパーティーにもお茶会にも俺と同伴する事を一切拒んでいるし。
……むしろヴィディアーナ有責で婚約破棄出来そうなんだけど。
「ぅーぅん……むにゃむにゃむにゃ……」
「風が出て来たね、そろそろ教室に戻ろうか?」
ヒロインちゃんの肩をそっと叩く。
顔を上げたヒロインちゃんは手を口元に当てて小さな欠伸をし、上目遣いで「ぇへ、見ちゃった?」と呟き照れ笑いを浮かべた。
俺はまだ机に突っ伏したままのヒロインちゃんに覆い被さるように机に両手をついた。
「ねぇ、マリィローゼは僕が王子の地位を捨てるから一緒に知らない国に逃げようって言ったらどうする?」
ヒロインちゃんの大きな菫色の瞳が零れ落ちそうなくらい見開かれる。
そのまま首をコテン、と横に倒すとはっきりと口に出した。
「ぁりぇなぃですぅ〜」
さすが乙女ゲームのヒロイン、声も可愛いなぁーと思いつつ、俺は前世でどんな悪いことをしてしまったんだろうと心の中で滂沱の涙を流した。