とある妖刀の追憶
最初から、運命など決まりきっていたのかもしれない。
そうコドクは考えていた。
彼女の生い立ちは悲惨なものだ。
屋敷に数十人の人間を閉じ込める。
そして何も与えぬまま、そのまま放置するのだ。
――やがて人々は気が狂い、生きるために他の人々を食い殺していく。
そうして最後に生き残った少女の生き血を絞りそれを鉄粉と混ぜ、搾りかすを炉にくべ、それらを用いて鍛え上げられたのが蟲毒の銘を持つ一振りの妖刀であった。
そもそも蟲毒とは、古くから伝わる呪法の一種を指す。
蟲を箱に詰め、最後の一匹になるまで喰らいあわせ、その最後の一匹を奉る。
その蟲が出す毒は非常に強力になるという――
それを人間で行い、その果てに作られたのがコドクだった。
まさに、人間の狂気の結晶とも言える、忌むべき一振り。
呪いを振りまき、全てを破滅へと導こうとする、禍々しき妖刀。
だが、それを手に取ったのは――
「この刀で、村の皆を救うことが出来るんですよね?」
――余りにも、愚かで、純真な青年だった。
瞬間、刀に芽生えたのは焦燥だった。
何故このような若者に自分が手渡される。
余程の極悪人か、復讐に燃える者がその身を破滅させるのならかまわない。
だが――こんな、ただ純粋に誰かを救いたいと望む若者を、呪いで狂わせ、地獄に引きずり落とすのは――絶対に嫌だと、そう感じたのだ。
やめろ、今すぐ捨てろ、届かぬ言葉を延々紡ごうとも、刀の身に口はなく、警告は誰の耳にもとどかなかった。
故に、青年は狂った。呪いは精神をあっという間に蝕み、喰い尽くした。
その青年は、同じような若者に討たれた。そして次はその若者が狂った。
何度も何度も同じことが繰り返される。何度も何度も使い手は殺され、新たな使い手も狂い、また殺され――
それが延々続いた。
いつしか、妖刀になってでも声を上げ続けた彼女の心は、誰にも届かぬまま擦り切れてしまった。
誰もわたしに触れるな。
誰もわたしを振るうな。
ただそれだけを祈り続ける日々だった。
何年も時が過ぎた。
――ただ陰鬱な日々に、光明が見えた。
一人の男がコドクを手にしたその時から。
誰もが狂う中、その男だけは狂いはしなかった。
誰よりも苦しい過去を背負っている彼は、それでもその上で胡坐をかいて笑いながら酒を呷るような男だった。
「結局今が幸せかどうかは当人の気の持ち次第だろ」
彼がそう人々を励まし続けたのを、コドクはずっと見ていた。
多くの若者を狂わせ続けた呪いでさえ、彼の精神を蝕むことは叶わなかったのだ。
彼の日課はその日の報酬で、一人安酒を一杯飲むことだった。
誰と笑いあうわけでも、語らうでもなく、そうして酒を飲んで、実に満足そうに笑うのだ。
酒の肴はその日に言われた感謝の言葉。それと、その言葉を述べてくれた者の笑顔。
ただそれだけで男は満足だったのだ。
彼と共に過ごす、その日しのぎの日々に、コドクは微かな安息を感じていた。
このまま、彼を狂わせずに、ただ彼の刀であれるなら、と。
だが、不穏な噂を彼女は聞きつけてしまった。
人が多く連れ去られているというのだ。
彼女は思い出す。
まだ人間であった頃を。
あの屋敷に攫われたことを。
丁度今のように、人攫いが多くあったことを。
ざわりと、感情が凍りつきそうになるのを感じた。
必死に、また声を上げようと刀の中でもがく。
また同じようにして、多くの人が喰い合い、最後の一人はあの呪いに利用されるのだ。
ただ大きな組織と分かる、得体の知れないあの集団が、また自分のような存在を、あるいはもっとおぞましいモノを作ろうとしている――
――当然、許容できるはずがない。
――あの恐怖を忘れるはずがない。
『お願い! 話を、声を聞いて!』
『時間がないの! 早くしないと、また――』
ただ彼女は声をあげる。
もう二度と、自分と同じような存在を生み出さないために。
届かない声を、届くはずがない声を、必死にあげつづける。
そして――
「……誰だ、お前さん」
「――!」
届いた。
届かないはずの声が。
そして、目の前に、驚いた男の顔があった。
「あ……」
声がでた。
出ないはずの声が。
視線を落とせば、人と同じ体がある。
見覚えのある手がある、見覚えのある足がある。
「あ、あ……!」
眼から熱いモノが零れる。
膝を突くと、やわらかい肌に地面が触れる感触がある。
「主、様……」
引きつる喉で、震える声で、初めて、彼の名前を呼んだ――
遅くなりました。
とりあえず、コドク魔王偏終わったら、短編を「触手ニート」に投稿します。