勇者が産まれた日
「しかし、余計な拾い物を大量にしましたね……」
「おいおい、俺達は余計な物扱いかよ」
「無礼ですね」
「今から大森林に突き出しますよ?」
「「ごめんなさい冗談です」」
「よろしい」
エルフ二人を触手が脅迫する、文面だけだとなんかこう、アレな状況になっていた。
「それで、あんたらはなにしてたんですか?」
「いや、魔王倒そうと大森林に行ったんだけど」
「魔王が強すぎました……」
いじけるリイレ、苦笑するレイン。
アーロンは顎に手をやり思案する。
「……つまり、全権持ち二人でも歯が立たなかったわけですか」
「あれ、全権持ちって話したっけ?」
「あの魔王にだって分かるものは、俺にだって分かります。というか、あんたが全権持ちっていうには魔王が言ってましたし」
「ふぅん……まあ、とくに深くは突っ込まないけどよ。どう考えてもあんたの方が、俺達よりも強いんだろ?」
「ええ」
そこで一旦会話を区切り、彼は横たわる赤いドラゴンに視線を向ける。
その瞳には、普段どおりの理性の光が戻っている。
(無様ですね、レッド)
(アルドレイン……貴様が介入してくるとはな)
(調節者が余りにもアテになりませんからね)
(耳が痛いな……)
彼――レッドドラゴンとアーロン――アルドレインは知り合いだった。
過去に何度か派手な殺し合いをした仲である。
とは言っても、お互い私怨があるわけではなく、只単にお互いのやるべき事をやった結果、なのだが。
ちなみに、ドラゴンは喋ることができないため、こうして魔法で意思疎通を行っているのだ。
(まあ、流石に死にかけてるとは思っていませんでしたよ)
(我もそこまでは予想してはいなかった。あの魔王、全権を幾つかもっているな……)
(考えられるのは、そこのダークエルフと同じ切断、汚染、そして……)
(……復讐、か)
(ええ。効果も大体さっきの戦闘から予測できますね)
(それで、お前には勝算はあるのか? ……いや、聞くだけ無駄か。勝てるのだろう? アルドレイン)
(……そりゃ当然。これでも世界最強くらいは自負しておりますから。ただ本気でやるつもりもありませんが)
(分かっている。貴様が本気で戦うなど、それこそ世界滅亡の一歩手前くらいのものだろう。……おかげで我らの業務も随分安泰だ)
(で、当たり前ですけど、あなたにも手伝って貰いますよ、レッド)
(死にかけの我をまだ使うつもりか?)
(今ヘタに抑止力を減らせば、こっちにまで面倒が回ってきますしね。……ああ、つーかそもそも人間だけでどうにかしろよこれくらいって話ですよね。なんで自分たちの手に余るモノを自分たちで暴走させるんだか……ああ、考えるとイライラしてきました。いっそ滅べよと)
(……頼むから落ち着け。あの魔王以上にお前が危険すぎる)
(冗談ですよ。エロ触手ジョークですよ)
(とにかく、強力は惜しまないが……今この体では、出来ることは少ないぞ?)
(はぁ? いやいや、とっておきの切り札が残ってるじゃないですか?)
(何……?)
(契約武器化しなさいな)
(……貴様、正気か?)
(正気ですよ)
(契約を結ぶなど、我らに許されるわけがなかろうが!)
ドラゴンは世界を安定させるために存在する獣である。
誰のためでもなく、世界のために。
故に、一個人に永久的に力を貸す契約など、執り行えるはずがない。
それが常識だった。
(あのですねぇ、俺の全権があるでしょうが)
(……ああ、成る程、認識か)
(はい。俺の認識の全権で世界の認識を捻じ曲げます)
(相変わらず、分かってはいるが無茶なヤツだな。いや、無茶ですらないのだから、本当に質が悪い)
(お褒めに預かり光栄です。ただ、これはあくまで俺の目的のためです。ゆめゆめ、勘違いなさらぬよう)
パッと聞き、ツンデレのように聞こえなくもないセリフだが、篭る意味は重かった。
冗談でもなく、彼にとってはそれしかない。
この青年に、やはり倫理は欠けている。
彼が望むのは、ただ堕落の日々。
停滞し、それ以上代わり映えのしない、息の詰まるような平穏。
そのためだったら、彼は世界さえ滅ぼしかねない。
(さーて、まあそこまで大掛かりにはせずに済みそうですねー。正直殆どあなたの延命措置に近いですし、世界安定のために立ち上がったドラゴン以外の突発型の調節者と共に戦うことを条件にすれば、まあ問題ないでしょう)
(……我が、人と共に戦う、か)
(まあ、そもそもがあなた方だけで終わるはずの役目が、他の皆さんに押し付けられてるんですよねー。どう考えても)
(貴様や、そこのエルフか)
(正解です。戦力的には今まで類を見ないレベルですよ。全権持ちがこれだけ動くなんて、中々ありません)
(……我らが神は、我らをアテにはしていない、ということだな)
(ええ。正直、時代はやはり大きく変わっているのでしょう。あの魔王さえ、元は東方列島の武器――人間が作り出した代物ですよ。……変化は大きい。大きすぎる。いつかは、俺ですらどうにか出来なくなる日も、近いかもしれません)
(冗談にしては、笑えんな)
(そうですか)
ふっ、と魔力が世界を覆う。
その中心で、アーロンは呟く。
「――我、傍観と認識を司る――」
その刹那、確かに何かが書き換えられ――
(――終わりました)
世界は何事もなかったかのように、また進みだす。
(相変わらず、恐ろしい魔法だ)
(そりゃどーも)
(これで、契約が可能なわけだな?)
(はい。後は適当にちゃっちゃとやってください)
(では――)
厳かにドラゴンが告げる。
(我が身は剣、汝が剣)
言葉はそれだけ。
しかし、それを最後にレッドドラゴンは光に包まれ、消えた。
同時に光が集まり、アーロンの手に、赤い装飾の施された剣が握られた。
背後の蚊帳の外三人衆は、ぽかんとした顔でアーロンを見ている。
「よりにもよって……」
少し舌打ちをしたかったが、確かに一番手っ取り早く、一番確実な契約主だろう。
……彼が望むのは世界の安定。
ならば、最善策を選ぶのも当然だろう。
「……そろそろ、面倒くさがるのも馬鹿らしいですね」
(ふっふっふ、少しだけ、人任せと言うものの良さが理解できたな。成る程……これは気が楽だ)
「…………あのー、アーロンさん、その剣は?」
ミリアがおずおずと問いかけてくる。
「というか、さっきまでそこに居た赤いドラゴンらしき生き物は……?」
「……とある所に勇者が居ました」
「は?」
「悪い魔王を倒すため、勇者は強力な剣を見つけ、自分の剣にしました」
「アーロンさん?」
「そして勇者は魔王を遂に打ち倒しました」
「あの……」
「しかし勇者は行方知れずとなり、戦いの後に残っていたのは、勇者の剣だけでした」
そこまで話して、アーロンはにっこり笑う。
「という風に、つじつまあわせ、よろしく頼みますね?」
「「「……はい?」」」
「とりあえず適当な場所に勇者の剣は刺しときますんで、後の管理は頼みます」
「いや、何の話ですか!?」
「そもそも勇者の剣って言うか……なんかさっきのドラゴンと同じオーラを感じるんだが、それ」
「というか、魔王を倒すの確定なんですか?」
「あ、それとこれ、勇者にしか引き抜けないんで」
「「「全部スルーか(ですか)」」」
「じゃ、行ってきます」
「「「えっ、ちょっ、まっ!」」」
転移が発動し、アーロンの姿が消える。
「……いっちゃいましたね」
「ああ……。ところで、未だ俺達自己紹介もまだなんだが……」
「あの黒い髪の人がドラゴン(?)と話し(?)終わった後でお互いやろうと思ったんですけど……」
「すいません、アーロンさんって、なんかもう自分のペースでぐいぐい進める人で……」
「んー、あの恐ろしく強いヤツ、アーロンって言うのか?」
「はい。今日森で助けてもらったんですけど……」
「森? 大森林のことか?」
「いえ、静かの森です……」
「静かの森!? それって、大陸のずっと西じゃねーか! 大森林は大陸の東端だぞ!?」
「たった一日でここまで、ですか? いえ、ですが、転移魔法なんて、今はロクに使えない筈では……」
「なんか、飛翔魔法で真っ直ぐここまで……」
「……おいおい、そりゃ一体どんなスピードだよ」
呆れたように呟き、ふっと自嘲気味に頬を持ち上げた。
「……いや、今はアーロンに頼まれたことをやろう。俺達二人も助けられたしな。なあ、リイレ」
「そうですね、レイン。わたし達は魔王に負けてしまいました。今は戦えそうな人に任せておきましょう」
リイレも苦笑し、頷いた。
「えーと、レインさん、と、リイレさん……で、あってます?」
「ん? おう。それであってるぜ。そういや、あんたの名前は聞いてないな」
「そう言えばそうですね」
「ああ、すいません。わたしはミリアと申します」
「で、ミリアさん。あなたはこれからどうします?」
「えーと……お二人のお手伝いでもさせていただこうかなーと。……駄目ですかね?」
「いえ、全然問題ありません。むしろしっかり利用させていただきますよ、ミリア・オルカンさん」
にやにや顔のリイレの言葉に、
「へ……?」
ぴしり、とミリアが固まる。
「両親が殺され、その仇討ちだけでなく、他の人々を救うために僧侶となって、幾つモノ町を救った美少女……だっけか?」
レインもさらに追い討ちをかける。
「な、なな、なんのことでしょう……?」
「で、そんなヒロインが静かの森に向かったって話を聞いたと思ったら、如何にもそれっぽい子が静かの森から来たっていうじゃない?」
実はミリアは割と有名である。
これでもそれなりに攻撃魔法は使えるし、回復魔法も得意だ。
そして美少女である上、その悲惨な境遇にありながらも誰かを救おうと言う姿勢がこのご時世、人々の心を掴んでいるのだ。
それこそ、遠方に居たこのエルフ二人組みに細かい動向が伝わってくるほどに。
「と、いうわけで、すまないがあんたの名声、利用させてもらうぜ?」
「勇者と共に旅をした聖女……。確かにそれらしいものです」
「え? いや、あの……。とりあえず、わたしがその聖女……ですか?」
「そうだな。そういうポジションが一番わかりやすいだろうな」
「アーロンさんがきっちり勝ってくれれば……というか、あの口ぶりや魔力からして勝つんでしょうけども、そうなれば名実共に勇者共に旅をした聖女になって、ついでに話を広めやすくなりますよね」
「いや、リイレさんの言うとおりっていうのは分かりますけど……」
「最悪俺達も混じって話をでっち上げればいいし……つか、そっちの方が良くないか?」
「そうですね。実際面識はありますし、助けてもらってますし、あながち全部嘘では……」
かくして、ミリアを聖女として持ち上げていく方向で、勇者の冒険譚がでっち上げられていくのであった。