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大森林にて

 ……バトル? いや難しくね?

 ぶすぶすと煙をあげ、ビクンビクン状態の僧侶が一人。


 ミリアである。


「こ、これも、神の与えたもうた試練、で、す……」

「勝手に力尽きないでください。――癒せ」


 回復魔法をかけ、手早く立ち上がらせた。


「おぉ、身体の調子が……! 先程助けてもらった時も思ったのですが、アーロンさんは、僧侶のわたしよりも回復魔法がお上手ですね!」


 当然である。

 経験値の差が有りすぎるのだ。

 むしろこれで差が出なかったら、アーロンのほうが涙目である。


「とりあえず、強くなりましたよ(探知系的な意味で)」

「本当ですか!」

「はい。試しに魔力を探ってみてください」

「は、はい! うわっ! うわわわわ! すごい、すごいです! 今までよりも何倍も魔力が探知出来――」


 そこで一旦言葉が途切れ、


「ふにゃぁああああ……」

「あ、あれ?」


 どさり、とミリアが顔を真っ赤にしながら、目を回して倒れてしまった。


「はぅうううううう……」

「この症状は……魔力酔いですね」


 急激に魔力探知能力を上げたことにより、魔力に対する感覚が上昇、結果魔力に酔いやすくなってしまったようだ。

 直接的な原因は、先程の改造の際に放たれた濃密な魔力の残滓だろう。

 普段は出来るだけ表に出さないように気を付けている上、そもそも人間で魔力酔いという現象はまず滅多に見られないため、失念していたのだ。


「これは、少し休まないと駄目そうですね……」


 ……


「す、すいません!」

「いえ、俺の不注意も多分にあったので、とりあえずはおあいこですよ」

「はい……」

「今度は魔力酔いもないはずなので、もう一度試してみてください。今のあなたなら、魔王さえ探知することが可能なはずです」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ」


 頭を下げてくるミリアを宥め、もう一度魔力探知を頼む。


「では……いきます!」


 アーロンによって、倍増どころではない強化を施された感覚が、世界を覆う呪いの根源を見つけ出すため、これ以上ないほど冴え渡る。


 しかし、


「駄目でした!」

「…………」

「……ごめんなさい、大まかな方向しか分かりませんでした。だからそんな目で見ないでください」

「正直そんな気はしてましたが……」

「あうぅ……」


 やはり呪いの濃度が高すぎるのだ。

 今の彼女のスペックでそれしか分からないほうが異常といえるだろう。


「それで、大体どこに魔王は居るんですか?」

「えーと、大森林のどこかで……戦闘中?」

「はい?」


 ……


 黒い森の中、二つの影が交錯する。


 片や人間の少女の姿。

 長い艶やかな黒髪に、黒い着物。

 しかしその手に握る刀からは禍々しい瘴気が溢れ出し、その額からは長い一本の角が伸び、異彩を放っている。


 片や大きな蜥蜴のような姿。

 しかしその背には翼があり、その頭には角があり、その体躯は蜥蜴と呼ぶには強靭すぎる。

 赤い鱗に覆われた四肢は、目の前の少女を叩き潰さんと振り下ろされ、口から漏れる炎は周囲の木々に大きな焦げ痕を残している。


「真面目なことね、レッドドラゴン」

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 片や魔王。


 極東の島国で起こった大惨禍。その列島全ての生命を奪い狂わせ、さらに大陸へとやってきた呪いの権化。蟲毒コドクと名付けられた一振りの刀。

 愛したものを奪われ、愛するものに裏切られ、全てを失いなお堕ちた、最狂最悪の妖刀。


 片やドラゴン。


 世界創世より世界維持のため、調節者アジャスターの役を任された獣。

 その一角、レッドドラゴン。炎を司る者。

 煉獄をもたらす正義。


 レッドドラゴンの咆哮と共に炎が迸る。

 それを一刀の元斬り伏せ、コドクはさらに連撃をしかける。


 白刃が次々に襲い掛かる。


「グガルァアッッッ!」


 しかしレッドドラゴンはその巨体に似合わぬすばやい動きで避け――


「ガゥッッッ!」


 反撃にコドクに噛み付く。

 この世のものなら大概は噛み砕く顎が、魔王の腕に牙を剥く。


「つっ――、痛いわね!」


 自分自身でもある刀をレッドドラゴンの首に突き立て、コドクが呪いを流し込む。


「ギュアァアアアアアアアアアッッッ!」


 同時に放たれた瘴気が周囲の木々を蝕み、立ち枯らしていく。


「いい加減――、失せろぉっ!」


 黒い魔方陣が展開され――魔王の影が黒い、伸縮自在の刃に変化する。

 黒刃が何本か赤い鱗を貫通するが――余りの刃もまとめて、全ての刃が放たれた熱波により燃え尽きる。


 瞬時に、立ち枯れていた大森林中心部の木々が、余りの熱量にそのまま灰になる。


 上昇気流に灰がまかれる中、再び呪いと炎が全力でせめぎあいを始める。


「グギャァアアアアッッッ!」

「こぉのぉおおおおおおっ!」


 斬撃が深い深い溝を刻み、炎が大地を煮え立たせる。

 文字通りこの世とは思えない光景が静かだった大森林に展開されていた。


 刀の刀身が瘴気で延長され、横薙ぎに振るわれる。

 大森林の三分の一が丸禿にされた。

 同時に蔓延する瘴気は生き残った小さな昆虫を凶悪で醜悪な魔物に進化させる。

 しかしそれも、レッドドラゴンの本気により放たれる熱波でことごとくが炎と黒煙に飲み込まれる。


 自分達以外の生命を完全に否定し、コドクとレッドドラゴンは死闘を繰り広げ――


 ――刹那、第三者が介入する。


 ……


「うにゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!」


 ミリアの悲鳴が木霊する。

 が、アーロンはスピードを緩めることなく空を駆け抜ける。


「で、今どんな感じになってます?」

「なんかもう二人くらい、魔王と強い反応が戦っている場所に介入し始めたみたいですぅ!」

「ふむ……」

「そ、それで今どこに向かってるんですか!?」

「勿論魔王のところです。あの忌々しい魔力のせいで直接転移が非常に面倒です。手間ですが、直接乗り込みます。流石に近づけばどこに居るかは割り出せますから」

「えええええええ!? いや、でも、そんな今から突っ込んで勝てるんですか!? というか、今日中につくんですか!?」

「後一時間もすれば到着します」

「い、一時間!?」

「かかりすぎですかね? それじゃ、加速しまーす」


 早くね!? と驚愕しているのであって、決して非難しているわけではない。

 が、アーロンは何を勘違いしているのか、さらにスピードをあげる。


 ……少しその口元がニヤついているのを見ると、わざとかもしれない。


「うひやぁああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!」


 再び、蒼穹にミリアの悲鳴が木霊した。


 ……


「いきましょう、レイン」

「リイレ、それは俺に死ねってことか?」

「まさか。でも、あなたがそう思うなら、死んでも良いんじゃないですか?」

「……冗談、だよな?」

「わたしは生きていて欲しいと思ってるのに、茶化すような人には、冗談じゃありません」

「悪かったよ。しっかり勝って生きるからさ、サポート頼むぜ?」

「分かれば良いのです。そして、言われるまでもありません」


 ダークエルフの青年と、赤髪のハイエルフの少女が目の前の惨劇を見据える。


 レインと呼ばれたダークエルフの手には、逆手に握られた片刃の短剣。

 猛威を振るう目の前の強大な存在を仕留めるには、あまりにも脆弱な武器。

 しかし、彼の目には、絶望からくる悲壮感も、自身の腕を過信した傲慢さもない。


「――」


 残すのは最低限の呼吸の音。

 コンマの時間で加速し、そのまま最高速度トップスピードへ。

 振りかざすのは短剣。

 しかし、その刀身に宿った魔力は、全てを貫くように刃を研ぎ澄まし、レインの手によって、文字通り致命の一撃となるべくその斬線を、魔王に奔らせた。


 恐ろしい程の早業。


 その場にいた魔王もレッドドラゴンも知覚できず、ただ呆然としたように、一瞬だけ、破壊の音が止まる。


「きさ、ま――!」

「お初にお目にかかります、魔王殿」


 静かに、レインが再び構える。


 彼は暗殺者であった。

 同時に魔法使いでもあった。

 どちらにせよ、彼は優秀であった。


 ――切断の全権に辿り着いているが故に。


「――なるほど、切断か」

「さすがは、魔王ということですか」


 直ぐに己の魔法を看破され、レインが苦笑いを浮かべる。


 同時に、さらにもう一撃、必断の一閃が放たれた。

 魔王の首が宙を舞う。

 首の切断面から、大量に鮮血がぶちまけられる。


「良い判断。思い切りの良さというのは、戦争(駆け引き)では大事なものだしね」

「――死んではくれませんか」

「ええ。死ぬわけにはいかないの」


 そしてその首が、にたりと笑った。


 まだ、魔王は討てはしない――


「グラァアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 レッドドラゴンはすぐさまに燃焼の全権を発動させる。

 烈火が巻き起こり、魔王の首と身体を飲み込むが、


「まだ死ねない――死なないわ。望みを、果たしてはいないもの」


 ずるずる、ずるずると、()()()()()()()()()()


 静かに、しかしおぞましい程の毒々しさを含んで、魔王コドクは呟いた。


「だから――邪魔をしないでくれないかしら?」


 瘴気と呪詛が黒嵐と荒れる――

 コドクさん登場回。

 当時魔王だったんですよ、彼女。

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