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触手、神を恨む

 黒い髪、赤い瞳。


 よれよれの砂漠色の外套に、腰に佩いた剣。

 だが、その身から感じ取れる魔力は、とてつもないものだった。


 全力で放ち続ける魔力弾が次々に斬り墜とされる。


 駄目だ、勝てない。

 あの時そう思った。


 だからダメ元で叫んでみた。

 死にたくなかった。


 そうしたら、その男はきょとん、とした後、ニッと笑ったのだ。


 俺も多分、その時は随分きょとんとした顔をしたのだろう。 


 彼を、俺はきっと、生涯忘れることはないだろう。


 ……


 世間とは勝手なものである。


 中々落ち着いて入られない性分のようで、気付けば勝手に騒いで何かを囃したてたり、あるいは攻撃したり、はたまた何かが騒がせたり。

 

 現に今、世間は大いに騒いでいるのだ。


 魔王と呼ばれる存在の登場と、東方列島の壊滅によって。


 ……


「死にたくない」


「死にたくない」


「死にたくない」


 誰も彼もが同じことばかり。

 最早聞き飽きた命乞い。


 ああ、そうだろう。

 誰だって死ぬのは怖い。



 それは――彼だって同じだったろうに。



 許さない。


 許さない。


 許さない。



 絶対――許すわけがない。



 この名に賭けて、彼を殺した世界を呪おう。


 それが、彼が愛してくれた、蟲毒コドクとだけ銘打たれた、ただ一振りの刀に出来ることだ。


 ……


 薄暗い森の中。

 魔物が生息するこの森の奥には、脆弱な人間は中々踏み込んではこない。


 そんな薄暗い森の中、しかし、一人青年がいた。


 黒い髪に赤い瞳。


 黒い外套を纏い、ふらりと、小さいながらしっかりとした作りの小屋から出てきたのだ。


 まるで近所に出かけるような気軽な足取り。

 だが、その目的はそんな気軽なものではない。


「魔王、倒さないとまずそうですね」


 彼はアルドレイン。

 最古かつ最強の触手にして、その異端。

 自己保存のために魔力の真髄へと辿り着き、そして招待を隠しつつ引き篭もりを続けた結果、「森の民」等と呼ばれるようになったエロ触手である。


 そんな彼が何故出張っているのか。

 その理由は至極単純なものだった。


「まったく、妖刀だかなんだか知りませんが、むやみやたらに呪いを振りまかれてはいい迷惑ですね」


 彼は引きこもりたいのである。

 ただ平穏に惰眠を貪っていたいのである。

 しかし最近は、魔王と謳われる妖刀の呪いによって凶暴化した魔物や、魔物化した武器が大きな被害を出し続け、滅多に人が入ってこないこの森の奥にまで逃げて来た者が少なくない。


 それを少しばかりの間人間と過ごし、ある程度お人好しになってしまった彼は毎度毎度助けているのだが……、


「正直そろそろ面倒です」


 これが本音だった。


 まあ全部ボランティアで、金を受け取っているワケでもないので、彼の言い分も最もと言えば最もなのだが。


 しかしそれで「魔王倒そう」という結論も、極端なものだ。

 結局、この触手の思考回路は一般的な人間からはかなりかけ離れたもののようだ。


 ……そもそも、触手なのだからそれが当たり前の気がするが。


「久方ぶりに町へ降りますか」


 (さっきからずっと呟いているが)そう呟き、がさがさと森の中を進んでいく。


「……またですか」


 そしてすぐにうんざりとした表情で足を止めた。


「う、うぅ……」

「やっぱり生きてますか。なんでしょう、俺が最近出くわすのは、死にかけている人間だけなのでしょうか?」


 盛大に溜息をつきながらしゃがみこむ。

 視線の先には、当然のように重傷で倒れている人間が居る。

 傷の具合からして、凶暴化した魔物だろうか?

 すぐそこに魔物の死体が転がっているあたり、相討ちで今死にかけているのだろう。


「……どー見てもほっといたら死にそうですね。まったく――」


 右手を人間にかざし、魔力を込めた。


 本来長い詠唱が必要なはずの、高度な回復魔法。しかし、


「癒せ」


 ただ一言。触手はそれだけしか呟かない。


 だが、それだけで柔らかい緑の光が広がり――文字通り、傷が消えうせた。


「……もう立てるでしょう、勝手に何処かへ行ってください」


 ぶっきらぼうに言い放ってから気付く、というか思い出す。


 古い友人の言っていたことを。


『いいか、旅路で誰かが死にかけて倒れていて、見過ごせないようだったら治療だけして声はかけずにその場を立ち去れ。いいか、絶対に顔を見られるな。係わらないままだぞ』

『なんでですか?』

『そいつが女だった場合、経験則上、非常に面倒くさいことになる』


 目の前の人間の性別を確認。

 ……どう見ても女性だったことに、触手は天を仰いでしまった。


 やってしまった、と。


「あ、れ……? わたし、死んだはずじゃ……」

「…………」

「もしかして、助けてくれたんですか!?」

「……ああ、はい。それで間違ってませんよ」


 心底嫌そうな表情だったが、目の前の人間――僧侶の姿をした少女はそれに気付くこともなく、キラキラとした視線を向けている。


「それでは、俺はこれで」

「あ、あの、せめてお礼を!」


 逃げようとしたが先回りをされ、ぐったりとした表情で少女を見た。


「いえ、ほんと結構なんで……やることあるんでほんと……」

「で、ではお手伝いさせてください!」


 やたらぐいぐい来るなー、この子、と、最早感心している触手の様子にも気付かず、少女はふんすと鼻息を荒くしていた。


「いえ、危険なことなので、あなたのような可憐な人を巻き込むのは……」

「是非とも! お力になりたいです!」


 駄目だこの子。しかも自分が止めを刺したのか。

 触手が額を押さえる。


 親友よ、あなたは正しかった。


 渋々最後の手札を切ることにした。

 これに付き合うというなら、相当のアホの子か身の程知らずだと思う。


「俺は魔王を倒す旅に行こうと思っていて、流石にそれにあなたを付き合わせるのは」

「魔王討伐の旅ですか!? わたしも魔王をどうにかしないといけないと思っていてですね!」


 相当のアホの子&身の程知らずだった。


 触手は思わず天を仰いだ。


(居るなら恨みますよ、神様)

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