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異世界人が同僚になったようです。  作者: 戸塚たかね
第一章 ヒロイン不在なんですけど、キレていいですか?
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第二話 異世界人と出会うようです。

 ルクアシアの首都、リューンには皇帝の居所であり政治の中心である赤砂レッドサンド宮殿が建っている。レッドサンドのその名にふさわしく赤茶けた台地の上に建っており、守りは強靭だ。帝都はその膝下、台地の下に放射状に広がっている。その街のまた外側を、高い城壁が守っていた。いわゆる城郭都市である。

 入都は検査は厳しく、リューンに入都希望する商人や旅人たちの列が連なり、長い歴史の中で城壁の外にも街が形成されてきた。

 それは一種の格差を生み、街並みを大きく変える。城壁の中は美しく綺羅びやかで洗練されているが、外はさほどでもない。むしろ間に合わせが積み重なった結果違法建築や簡易建築が立ち並び、区画整理されていない街並みは雑多な雰囲気を持っていた。

 そんな街並みが、台地の上に立つレッドサンド宮殿からは一望できる。

 宮殿は外からの重厚さに対して、細部にまで贅を凝らした内装は来るものを驚かせる。守りは鉄壁であるが軍事拠点ではないため中にいる人間は少数精鋭の警備の人間か王侯貴族か上位学者に限る。この上位人種たちが集まる宮殿で、政の重要な部分が決定されていく、というわけだ。

 そんな宮殿の奥、立ち入り制限区画の中心にそれはある。

 普段は誰も立ち入らない。立ち入る理由のない空間。そこは吹き抜けになっており天井が空を丸く切り取っている。喧騒から遠く離れたこの空間は静寂に包まれており、好き勝手にのびのびと生える草花をとってみても、 まるで時が止まったかのような錯覚に陥る。

 一見ただの中庭に見えるが、この空間こそルクアシアの重要施設の一つ、「扉の間」である。

 国家機密の一つであるこの「扉の間」は、偶発的に出現する「異世界とこちらをつなぐ扉」の出口を固定させたものであり、唯一の「来訪を予測できる出口」である。なお、入り口は見つかっていない。そしてこの出口の反対側、異世界での入り口がどうなっているかを解明した者もいない。

 異世界人を招くと国は等しく繁栄する、というのがこの世界の常識である。何より異世界人はこの世界にはない技術や文化をもたらし、多大なる影響を与えるのだ。だが彼らは多くやってくるわけではない。その祝言自体がごくごく稀なのだ。

 それでも、”出口”さえわかっていれば囲い込みは用意。こちらの故意で呼ぶことはできなくても、来訪の予兆が分かればそれだけで益になるのだ。

 そして今日――、約50年ぶりに異世界からの来訪者がルクアシア帝国にやってきたのだ。

 異世界人の名前は「リョウスケ・イバラキ」。18歳。後の歴史で彼はルクアシア黄金時代の牽引者と言われるようになるが、それはまた別の話である。

 それより、出口をくぐって開口一番「やったぞ!二次元の壁を超えられた!」という理解不能な言葉を発したことのほうが、今は重要だ。「ニジゲンノカベ」とやらがなんのことを指すのかは分からないが、ルクアシアの宮廷学者と魔術師たちは、こう解釈したのだ。すなわち、彼は「意図してこちら側にやってきたのだ」と。異世界の人間ですら誰も獲得できなかった技術を獲得しこちらにやってきたのだと。

 だがそれはすぐに勘違いであったと知れる。一般的な18歳のリョウスケが、宮廷に跋扈する海千山千の老獪たちの意地悪な質問攻めに勝てるわけがなかったのだ。

 そしてリョウスケがやってきて4日目、宮廷にリシャールが呼ばれたのだった。


 * * *


 可哀想に、とリシャールは思った。

 なんてことはない。宮廷に使える一癖も二癖もある老害と頭の固い学者魔術師たちによってたかっていじめられたのだろう。目の前の少年は疲弊した、というより怯えを瞳にたたえている。

 リシャールが部屋に入るなり何なり、小動物のように震えだす。ただただ可哀想なことになっていた。


「お、俺を殺すのか!」


 少年はガタガタと歯の根の合わない合間から、絞り出すようにそういった。

 これまでの偶来人と魔術師の研究の結果編み出された言語共有の魔術で、少年が語る言葉は流暢なルクアシアの国語である共通交易語になっていた。言葉が通じる分、彼は恐ろしい思いをしたのかもしれない。


「どうやら誤解があるようですが、少なくともこの国では偶来人を殺すことはありません。偶来人は国家の宝。それを傷つけることはすなわち国益を傷つけること。反逆罪になります」


 心のこもっていない声でリシャールが少年に言う。しかしなんで殺されると話が飛んだのだろうか。小首をかしげつつ、少年の視線の先を追って納得する。リシャールの腰に下げられた剣を見ているのだ。

 そういば宮殿内は基本的に帯剣禁止。リシャールはこれから少年を宮殿の外まで護衛するために帯剣のまま来ているが、ルクアシアに着いて以来、帯剣した人間を初めて見るのだろう。

 それに、お世辞にもリシャールは宮殿内の綺羅びやかな雰囲気に合っている様相ではない。どちらかと言うと泥臭い感じだ。年が行っているのもあるが。

 ともあれ、まずは名だ。名乗らなければ始まらない。リシャールはおほん、とわざとらしく咳払いを一つし、彼の視線を真正面に受け止める。


「帝国軍リューン駐屯中央第七師団、第四バルク大隊、第五十三中隊、第八小隊小隊長のリシャール・グンナー・イェーゲルフェルトであります。今後猊下のお世話を皇帝陛下より仰せつかりました。猊下におかれましては此度の長らくの旅にてお疲れかと存じ上げます。煩わしい渉外はわたくしにおまかせいただきまして、猊下にはお休みいただきたく猊下専用の御所をご用意しておりますのでご案内させていただきたいのですが、よろしいですか?」


 まくし立てる。案の定、少年は目を白黒させていた。

 力なくソファに腰掛けているが、リシャールの物言いはより多くの混乱を招くに十分だったようだ。


「つまり、えっと、案内の人なんですか?」


 少年が問う。


「案内だけでなく、猊下の今後のルクアシアでの生活全てにおいて補助をするように、仰せつかっております。もちろん、護衛の任も含まれます」


 見てわかるだろ、とは言わない。相手はあくまでもリシャールより身分の高い人間になったのだ。二十歳手前の小僧だろうが、大した知識がなかろうが、リシャールの知るところではない。仕事は仕事だ。


「よ、よぉし!じゃあ案内しろ!今すぐ!」


 と、こんなクソ小生意気なことを言われて尊大な態度をとられてもだ。大人はこれくらい華麗に流せるものなのだ。そうでなくてはならないのだ。礼儀のなってない糞ガキなど異世界人でなくともたくさん居るのだから。

 少年は何を勘違いしたのか、ほっとするどころかリシャールを値踏みするような目で見た後に裏返るような声音で命令する。

 リシャールは内心「転がしたろかこの糞ガキ」と思いつつも、それをおくびにも出さないで少年に一礼し、少年を伴い宮殿を後にしたのだった。


 * * *


 茨木涼介イバラキリョウスケは人生最大の転機に立たされていた。

 就職でもない、受験でもない。好きなあの子への告白でもない。小学生の頃は明るく人気者でいつも人の輪の中心にいたのに、どこで道間違えたのか。根暗のボッチの筆頭代表のような中高時代を経て、大学受験にも無事に失敗。滑り止めには受かったのに親には「あんな低能大学行くくらいなら大学行かないで働いてちょうだい」と言われた。滑り止めとは何だったのか。もちろんFラン大学に落ちたのだ。浪人が許されるはずもない。

 人生で挫折を味わったことのない涼介の初めての挫折。もっともっと苦労している人間からみたら「なんだそんなもん」と一蹴されるのだろう。だが、涼介にとってそれは乗り越えがたい絶望に違いなかった。

 人に会えなくなった。話せなくなった。もともと少ない自信が崩壊し、自分で自分を人間の最底辺へと貶めた。

 もちろん家族は笑った。「そんな程度」と口を揃えて。信頼していたものが目の前で崩れて、よく知っているものが歪んで見えた。小さなこと、そのほころびが涼介を壊すのには十分だった。

 だがしかし、涼介はまだ恵まれていた。部屋からでず、誰とも会わなくとも自分だけの世界を作ることができた。

 執筆趣味――。ファンタジー、恋愛、バトル。どんな舞台でも文章の中でなら涼介は強くなれた。そう、創作の中でなら――。

 いつしか涼介は夢想した。死んでもいい、この世界に入れたらどんなに幸せか。現実世界ではない、創作の世界だけに生きていたい。

 涼介は執筆趣味だけでなく、オカルト趣味にも走った。

 部屋の外で目まぐるしく動く情勢。陰謀論。誰とも現実で会話をせずに、ただただ膨大な不確定情報だけを読み漁って満足していた。

 そうして現実と距離を取っていたその矢先。転機は突然やってきたのだ。



『異世界への旅の権利当選通知』



 まともな思考をしていたら、そんな件名のメールなんて開くはずもない。絶対にスパムだし絶対にウィルスファイルが添付されている。

 だが、涼介はもはやまともな思考とは程遠いところにいた。常識はドロドロにとけ、警戒心の方向性を間違え、一番信頼してはいけない自分だけを信じていた。



>イバらキ リようスケ様

>こノ度は人生お疲れsummerでシタ。

>ァなタハ異世界への旅の権利に値すル人間でしタ。

>異世界であタラしい出発をお楽しみくダサい。

>添付【gate.pkg】



 ゲート?一体なんなんだ。それにpkg拡張子。見慣れない拡張子だ。調べたらリンゴ社製のOSでよくインストーラーに使われるらしいが…。

 なんでもいい、このタイクツな世界を壊してくれ。



 涼介は何も考えずに添付ファイルをクリックした。

 途端、体中を引っ張るような感覚とまばゆい光が涼介を襲う。たまらずに両手を顔の前で交差させれば、次の瞬間には見慣れぬ場所にいた。

 日本とは明らかに違う建築。夜だったはずなのに、頭の上には雲一つない空。そして、自分を中心に円を描いて佇むローブの人間たち。

 やった。ついにやった。涼介はついにやってのけたのだ。

 澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、涼介は空に向かって叫んだ。



「やったぞ!二次元の壁を超えられた!」

更新履歴:

2016/11/28:誤字修正ふりがな

2016/11/30:ふりがな修正「赤いレッドサンド」→「赤砂レッドサンド

2016/12/12:改行修正


言われる前にQ&Aコーナー

Q.「pkgファイルってなんですか?」

A.「主にM●cで使用されるファイル拡張子です。Packageパッケージを由来とする圧縮ファイル。インストーラー等に使用されることが多いです。Wind●wsでいうと『.exe』になります。見知らぬメールアドレスからきたメールに添付されているファイルは絶対に開かないようにしましょう。思わぬウィルスをもらいます。リョウスケの行動は現実世界では非推奨です」

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