序、怪異との遭遇
序破急の3話まとめての短編小説です。
6月の雨の日のことでした。
その日私は傘を忘れて途方に暮れ、建物の中で雨が止まないだろうかと空を見上げていました。
その日は別段用事もなかったので雨が止むのを待つ間資料室で少し探索することにしました。
探索、なぜ探索なのか。
この資料室には様々な噂が絶えなかったからです。
どんなと言われると困りますが、1番多いのは人が変わってしまうという話でしょうか。
真面目な男性が資料室に入ったらおネェになって出てきたとか(これは今では有名なおネェの白河君)、根暗で陰湿な女性が入ったら陽気で人懐こい子犬系の女性になっていたとか(雰囲気がガラリと変わり天然になっていた小石川さん)だとか、いじめられっ子といじめっ子が入ったら立場が逆転したとか(古村君と迫さん)だとかもうその他エトセトラ。
次に多いのは家や外出先で落としてなくしたものが入ったことすらなかった資料室で見つかるという話。
他にも社長が若返ったり、キツネみたいな新卒がご老人になって大金を持っていたり、ひょろひょろのもやしがムキムキの男性ホルモン全開になっていたり、メスゴリラがチワワに変わったり……。
いやもうよくわからない話がポロポロと。
けれどこの話の続きなのだけど、誰1人後悔した人はいないのです。
誰もそれまでの生活を望んでいないんです。
私は思うんです。
この資料室では理想の自分になれる。
えぇ、ここに来れば私も理想をつかめるんじゃないかと思うんです。
でもですね、資料室に来た人、全員がそういう風に変わるわけじゃないみたいなんです。
私、用のない時はよくここに来ているんですけど、何も変わらないんです。
全くどうしてなんですかね。
そこのところどう思います?
1人ごちても何も起きません。
腕時計を見れば午前2時。
丑三時です。
ここまで来たらもう朝まで過ごしてやろうじゃないですか。
さぁ、おかしなところどーこだ!
私は古びた鏡に映った私に向かって指をさして言いました。
「おかしいのはお前だ!」
指をさされた鏡の中の私は挙動不審になっていました。
はい。
丑三時に出歩いてる私自身をさしておかしいと言ったら、もっとおかしなことが起きました。
HAHAHAHA。
私、今日、まだお酒飲んでませんでしたよね。
AHAHAHAHAHA。
はい。もちつこう。
どうやらこの鏡の中の人、言葉が分かるようです。
もちなげてあげよう。
「はいはい、よろしく、あなた、しゃべれるかな?」
鏡の中の人、言い辛いので鏡さんでいいですね、そうしましょう。
鏡さんはふるふると首を横に振ります。
「そう。じゃあ言葉書ける?」
私がハンドバッグの中からメモ帳とペンを出すと、鏡さんは驚いたように目を丸くします。
そして鏡さんの前に浮かぶメモ帳とペンをつかむと何か一心不乱になって書き始めました。
『あなたは誰なの?私は今どこにいるの?』
「いや、私こそ君が誰なのか、聞いたと思うのだが?
それと今、君は私から見て鏡の中にいるよ、鏡さん?」
『私は鏡なんて人じゃない!私は花梨です!』
それは私の名前と同じだった。
「ふーん、そう」
『あなたは誰なのよ!私みたいな顔して、そんな済ましたような顔して、薄っぺらな笑顔を浮かべて!』
「なんであなたに教えなければいけないの?」
そもそも名前を教えるなんてこと、妖怪とかそういう相手にしてはいけないことは常識じゃないですか。
何か条件が満たされて勝手に契約を満たしてしまうかもしれない。
得体の知れない契約を結ばれたら私は今後どうなるの?
キャッチセールスで騙されて契約結べされたら弁護士とか警察とか頼ることが出来ると思いますよ。
でも妖怪とか相手では誰に頼るのですか?
見たところ一般人にしかみえない神職や住職さんにでも縋るんですか?
精神病院行ってらっしゃいになっちゃいますよ。
妖怪など相手に内容の分からない契約を結ばされるような隙を作らない。
重要ですよ?
『私言ったのに!』
「あなたが言った名前が本当にあなたの名前か、ちょっと信じられないんですよね。偽名じゃありません?」
『私は花梨!小鳥遊花梨!当年28歳のお局様ですよ!友人関係が知り合いから先に進めない、そんなお局様ですよ!関係先に異性のいない、未来が見えないお局様ですよ!こんな私をこんな場所に閉じ込めてあなた何がしたいんですか!』
なんでしょうか。すごく大ダメージです。
妖怪め、私は別にお局様じゃない!
ただ少し関係が遠いだけなんだ!
別に知り合いから先になれないんじゃない。
知り合いから先に踏み込まないだけなんだ!
踏み込む機会がないだけなんだ……。
機会さえあれば友達にだって成れるはずだし、恋人だって出来るはずなの!