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石灰岩

作者: 七夕ハル

 石灰岩の白さを見透かすように、この男は岩を見る。握っているのは夜風になびく石。硬さを持ちながらも柔軟性に富んだ不思議な石。いや、それを石と呼ぶのは間違いなのだろう。それは持ち主のわからない落し物だった。だが、その石には住所が書いてあった。白良浜海岸。そこは和歌山にある有名な海水浴場だ。ただ、男は白良浜近辺の人間では、もちろんない。何故こんな所にいるのかも、恐らくあまり判然としないのだろう。男が会社の寮を出たのが、5月3日の20時頃。寮の管理人がその姿を目撃して以降、男の消息は途絶えた。そこから、およそ百キロ離れた白良浜に5日に現れた。5月5日は言わずと知れた子供の日だ。ぼんやりと海を見ていると、遠くの海岸線に白い船が見えた。男はバカらしくなって、帰ろうとした。どこに?男の寮に。しかし、悲しい目が男を捉えていた。男が振り向くと、一人の女が砂浜に立っていた。美しい女だ。少なくとも男はそう思った。しかし、こんな所に一人で立っているのを不審にも思った。男の目には女の赤い唇が赤信号のランプのように光って見えた。男は近づいた。いや、女が近づいたのかもしれない。どちらにせよ、二人の距離は(物理的意味での)距離は近づいた。男は石を持ったままだった。女はクスリと笑った。

「何を持っているの?」

 女はワンピースを着ていた。プラダの新作だ。男は服飾関係の仕事についていたから、「ほう!!」と心の中で思った。しかも、その服は男が手がけたものだった。手がけたというのは言葉がすぎるかもしれない。彼はそのプラダの新作の服が作り出される工程の一翼を担ったのだ。そのことを言うべきか迷った結果男は結局言葉を口にすることはなかった。そして、もう一度女は質問した。男の顔はさぞ、間抜けに見えたことだろう。ぼんやりと口を開けて、海岸にたたずんでいたのだから。男はやっと答えを見つけたように言った。

「石みたいですね」

 女は真顔になった。冷めた瞳も美しかった。どこかでウグイスが鳴いた気がした。でも、その姿はどこにも認めることはできなかった。

「石なのはわかってるわ。何でそんな石を持っているのか聞いてるつもりなんだけど」

 男は反論したくなった。でも、愛想笑いを浮かべて、石を海岸に捨てた。

「さあ、きっとここの石だから、ここに帰りたかったんでしょうね」

「あなた、どこの方?」

 男は地名を言うと、女は口を開けて驚いた。

「まあ、そんな遠くから」

「あなたはここの方ですか?」

 男は聞いた。

「ええ。私はここに縛られた女。石ほどにも自由がない人間」

「『石ほどにも』ですか」

 男は女の物言いに興味を惹かれたようだった。二人はしばらく見つめあった。でも、お互いのことは、何一つわかってはいない。ただ、わかったような気がしただけだった。二人は別れ、一生会うことはなかった。二人の消息は誰もわからない。


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