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 俺にとってそれは突然で最悪の出来事だった。

 今までも幾度となく不運なことは俺の身の回りではごく当たり前だった。そのこともあり、俺は幼少期から友達は少ない。そのせいかはわからないが今現在、高校二年になった今、俺の外見は最悪と言っていいかもしれない。幼少期から眉間にしわを寄せていたせいもあり、顔は誰がどう見ても怖い。背もある程度高く、声も低い。腕力も人並み以上はあると思う。

 そんな俺に他人は距離を置いていたに違い。あいつとはかかわりたくないと。

 それも仕方がないと言えば仕方のないことかもしれない。

 ただ、ただ一人。――俺が小学五年生の時だ。一人の少女が声をかけてきた。


『隼人君、怖いよ?』


 その少女は首を可愛く傾げ、俺にそう言っていた。


『……』


 もちろん、俺は無反応だ。ただ、その少女の名前だけは覚えていた。

 ―――降園菫こうえんすみれ

 菫は誰とでも打ち解けることができるような、そんな少女だったと俺は思う。

 そんな菫は幾度となく俺に話しかけてくる。


『隼人君、また怖いよ?』


 と。

 それが一体、何回続いただろうか? いつしかその言葉は別の言葉に代わっていた。


『あの時みたいに笑えばいいのにな~』


 と。


『……え?』


 俺は思わず菫の顔を見てしまう。しかし、目と目があった瞬間、俺はさっと顔をそむけた。

 菫はそんな俺の顔をくすっと笑いながら頬杖をつきながら笑う。心の底からどこかにいってほしいと思った。

 それから半年。


『隼人君、一緒に帰ろ~』

『お、おう……』


 俺は徐々に菫に心を開いていた。

 他人には絶対見せないような、そんな顔を俺は菫に見せるようになった。

 笑顔だ。

 ただ、他人から見ればそれは笑顔とは言えないかもしれない。むしろ、怖がられて距離を置くものさえいるかもしれない。ただ、菫は違った。

『あ~、隼人君今笑った~』

 菫はずっと俺を観察していたかのように俺が微笑するのを見逃さない。


『よかったね。昨日のお花さん、元気になってる』

『う、うん』


 そう、菫だけは俺のことを理解してくれるのだ。こんな寂しがり屋で人間の足で潰されそうな花を隅に植え直すそんな少年、俺のことを。

 ただ。

 菫はそれから一週間後、転校した。

 俺はいうなれば、また独りぼっちになってしまったのだ。

 俺はまた、誰からも相手をされず、距離だけを置かれ続ける存在になった。

 こんなことなら、最初から菫のことを好きにならなければよかった。

 その感情に気づいた時にはすべてが遅い。これが今回のデットワードだったのだから。

 しかし、そんなこと今の俺にとってみれば……そう、そんなことと思えるようなことが起きてしまったのだ。






 菫が転校して、五年と半年が流れた。

 俺は高校二年生へと進級した。

 そして、誕生日を迎え、俺はなぜか家族総勢でパーティーをした。

 とてもとても幸せだった。面には出さなかったが、実際のところ俺は泣きそうだった。最高の気分でその日を追え、俺は眠りにつく。その時、ふと口ずさむ。


『今日がずっと続くといいのにな……幸せ、なのかな?』


 そして、次の日。

俺の人生は最悪な展開へと転がってしまった。


「……え? こ、交通事故?」


 今にも立ちくらみそうな感覚を必死に抑え、受話器を握り続けるというより絞める。

 受話器から流れてくる声を必死に聞き取る。


『―――残念ながら――――あなた―――――員――――――』


 その声は俺の耳にはすべて入ってこない。ただ、わかったこと、それは家族の死。

 俺は後悔した。

 今回のデットワード。

 ――――幸せ。

 幸せは最悪へと偏見をもたらした。家族の死という結果をもたらした。

 俺は自分自身を呪った。こうすれば、もしかすると俺は幸せになるのでは? と思って。

 無理に決まっているのに……。

 それからも家族の遺産をどうするかという俺にとって聞きたくないような会話を親族は普通にする。

 それに耐え切れなくなってしまった俺は――。


「おめぇらもういい加減にしろよ! なんで俺がここにいんのにそんな話ができる!? 頭腐ってんのか!? ぁあ!? …………なんだよその目……。なんなんだよ! そんな目で、そんな目でぇぇえ――」


 俺はその場にひれ伏し、泣いた。大泣きじゃくった。


「お前ら血がつながってんだろぉ? ひぃっ……。なんでもっとまともな話ができねぇんだよ……。俺の親父、母さん、妹はお前たちにとってなんなんだよ! なんで遺産の話なんだよ……。もっと、もっと、もっともっともっと――! 俺の家族をいたわってくれよ……」


 抑えきれなくなった激情をあらわにする。抑えようとしても抑えられない。否、抑える気がないのかもしれない。


「隼人君。これ以上は」

「おじ、さん……」


 この人だけは家族の死後、俺を優しく包んでくれた。

 母方の兄にあたる彼方かなたさんだ。


「君が言いなさい。遺産をどうするか……」

「俺は……」


 彼方さん含め、親族の人たちもこちらを向く。いや、むしろ、そわそわしている。思い思いの言葉をぼそりと言っている。


「遺産なんて……俺が知るわけ……」

「そうか。なら遺書に従って遺産は隼人君のものだ。ただ、隼人君はまだ未成年。だから遺産は祖父型の方に行くことになる……」

「……はい」

「これでわかっただろ! 今日はもう解散だ!」


 彼方さんの憤激とも思わしい一言にみな解散していく。

 残されたのは俺と彼方さんだけとなった。

 そして、彼方さんがおもむろに言う。


「学校は転校だ。新しい環境で新しい生活をして、今のこの状況を癒しなさい」

「……え?」

「それだけだ」


 そして、彼方さんもその場から立ち去る。



 数日たち、俺は指示通りの学校へと転校した。

 一人になってしまった家は広すぎたので、というのは口実で家族との思い出にこれ以上浸っていると壊れてしまうと思った俺はマンションを借りることになった。これもすべて彼方さんの指示だ。

 一通り片付いた俺はぱっとスマホを取り出し、ある少女にメールをする。誰かは分からない。

 今までの現状をさっと文にして俺は送信する。すると、返信はすぐに来た。


『がんばったね。本当にがんばったね。』


「……うん。がんばった」


 そのメールを見た俺は返信もせず、布団へともぐりこみ――――この険しい瞳からまた涙があふれ出てしまった。



 あれから一週間が経つが、俺は相変わらず一人だ。

 転校してきたということで何人かのクラスメイトには話しかけられたが俺はすべて無視で通していた。

 それが三日続き、クラスメイトもやっと諦めがついたようで俺からは距離を置いた接し方をするようになった。

 なんでこんな時期に? という質問は幾度なくされた。俺の事情は言わないでほしいと自ら先生たちに言ったのだ。

 これで俺の生活は独りぼっちだ。これが普通。当たり前。三鷹隼人みたかはやとの生き方。

 ――しかし


「みぃぃぃぃたかせんぱい! みたかせんぱい! ここにいますか~?」


 そんな俺の心鏡とは裏腹でのんきで愉快な甲高い声が聞こえてくる。先輩先輩と呼ぶ声が聞こえる。


「……?」


 俺はそんなのんきで愉快な甲高い声についつい反応して廊下の方に視線を向ける――。が、向けた瞬間俺は思いもよらない感覚が押し寄せてき、叫ぶ。


「――っ! 佳奈美!?」

「ん? かな? ん?」


 廊下の向こうで俺を呼んでいた少女はたじろう。

 

 ――そこに俺の妹がいるのだから!


 俺はすぐさま佳奈美に駆け寄り、涙目で佳奈美の前で膝を落とし、肩を強くゆすぐ。

 涙で視界がぼやけたが確かにそれは佳奈美だ。セミロングの黒髪にピンク色のカチューシャ、俺が膝を落とすことでやっと目線を少し下にできるこの身長。かわいらしい容姿。

 俺の目の前にいるのは間違いなく死んだはずの俺の妹――三鷹佳奈美みたかかなみだった。


「佳奈美っ! かなみぃぃいい――」


 肩を強くゆすっていた両手が自然と落ちていくと思った時にはすでに全身の力が抜けていた。

 ありえない。こんなことは絶対にありえない。しかし、俺の目の前にいるのは完全無欠に俺の妹、佳奈美なのだ。

 だが、なぜか佳奈美は視線を泳がせ挙動不審な態度をとる。


「ふぇ? ふぇ? へぇ? かなみ、さん? ん? かなみ? 誰? え? お兄ちゃん? ――っ! あなたが三鷹先輩ですね!? この誰も寄せ付けようとしない強面な容姿! 間違いありません! 美緒はあなたが三鷹隼人先輩だと断言します!」


 そして、夢が半分冷めかけた。


「……み、お?」

「はい、美緒は美緒ですよ? 佳奈美、さん? ではなくて、もちろん、三鷹先輩の妹でもありませぬ!」

「……」

「へ? ち、違いますよ……? え、違いますよね……? あれ、もしかして美緒が間違えで美緒は佳奈美さんで美緒はお兄ちゃんがいますけど美緒のお兄ちゃんは三鷹先輩で――――ということは美緒の苗字も実は三鷹先輩で――ふぉぇ!?」


 頭を抱え、悶えだす。


「かなみじゃ、ない……?」

「え、えっとえと~。たぶん……」

「たぶんって……嘘だろ……」


 俺の目の前にいる少女がそう言い放った瞬間、絶望する。

 こんな瓜二つの人間が存在してもいいのか? いいわけがない。きっとこれは夢。そうに違いない。俺はそう信じる。自分の頬をつねってみたり、頬を殴ったりして見る。


「……なんでいてぇえんだよ!」


 痛みはあった。奥歯が折れるほどの力で殴った分、痛みは強烈だった。

 ――目の前にいる少女は佳奈美ではない。

 それでもあきらめきれない俺は俺の前に立つ少女に解う。


「なあ、佳奈美? 一体何の用だ? 腹減ったのか? それともどっか遊びに行きたいのか? お兄ちゃんがどこにでも連れて行ってやるぞ。――な?」


 ひっくり返った声で俺がそう問うた瞬間、クラスの空気の流れが変わる。俺を軽蔑する眼差しをみなが向けてくる。


「えっ、えっと~……。た、確かにおなかも減りましたし遊園地とかに遊びに行きたい気持ちもありましけど~えへへ~。どこいこうかな~」


 美緒がそういった瞬間、クラスの空気がまた変わるのを感じた。あり得ない表情を向ける者もいれば、なんだ漫才か。と背を向けるものもいる。


「えっとですね~。やっぱり遊園地なんて――――いたいっ!」


 美緒が最後まで言いかけた瞬間、美緒の頭に平手が落ちる。


「ばかか、お前は……」

「り、りんおにいちゃん!?」


 美緒を平手でたたいたのはどうやら本当のお兄ちゃん。凛という少年だった。

 背は俺ぐらい高く、髪も長め。筋の通った顔立ちは誰もが振り返るほどの端正なものだった。

 そんな凛は美緒に軽くお説教をして今度は俺の方を振り向く。表情は極めて頑なではなく、むしろ、笑みを浮かべているように見える。そして、凛はこういう。


「わりい、俺の妹が迷惑かけた! 妹にはしっかりと聞かせとくから勘弁してくれ! どうせなら、どっかいいところ紹介してやるから。――な!」

「……俺、の……」

「あ? ああ。俺の妹が本当に迷惑かけてすまん!」


 凛はなぜか俺の妹を強く強調したように感じる。


「なっ! おにいちゃん! 美緒はお使いで三鷹先輩に会いに来たんです! 邪魔立てはいけないと思います! むしろ、これから連れていき――――いたぁぁっ!」


 美緒はまたしても平手を食らう。涙目になる美緒はとてもかわいらしく、今すぐにでも抱きしめやりたい。――佳奈美という名を使って。

 ただ、もうそんなことはできない。この少女が俺の妹でないならかかわる必要がない。むしろ関わりたくない。


「あ――おにい――! 三鷹先輩! 放課後旧校舎の音楽室――きて――ださい!」


 美緒は最後に俺にそう言い残して、


「さあ、お前は下の教室にさっさと帰れ!」


 凛に無理やり襟をつかまれ引きずられていった。




 放課後、誰もいなくなった教室は夕日に照らされ、少し暖かい。ブレザーを手放せないこんな時期にはとても心地よい。そんな中、俺は考える。美緒という少女のこと、彼女は俺に何をするつもりなのか、と。俺は正直行くか行くまいか迷っていた。またあの美緒という子には会いたくない。行ってしまえばきっとあの少女――妹に瓜二つの顔が待っている。

 が、そこで俺は美緒という少女のことは考えないようにした。考えるたびに俺の頭に浮かぶその笑顔は今の俺にとって嗚咽を吐くほどつらいものだ。

 必死で考えた末、俺は旧校舎の音楽室へと向かうことにした。もう俺にはかかわらないでほしいと伝えるために。そうすれば、きっと楽になれる。そう信じて。

 旧校舎の方にはあまり行ったことのなかった俺は少々回り道をしながらゆっくりと向かった。外の空気は教室で感じたものよりどんよりと重い。その重さが俺の足の鉛となる。

 途中、立ち止まりつつも俺はついに美緒に指示された音楽室の前まで来る。

 この先に美緒がいる――?


「あーくそがっ!」


 美緒の笑顔を頭をぐるぐる回し、必死で取り払う。そして、二、三回深呼吸をし、俺は扉を開け、中に入った――。

 夕日の逆光で中がうまく見えない。そんな中、俺は一人の少女の声を聴いた。美緒のものではない。もっと大人びていて、美しい、そんな声だ。


「ずいぶんと遅かったね~、隼人君」


 音楽室の中を移動して、逆光を逃れるとそこには美しい少女がピアノを弾き始めていた。ただ、その顔には見覚えがある。否、間違いなんてない。間違えるわけがない。


「――すみれ


 そこには小学校の同級生、そして、俺のデットワードによって転校したはずの少女、美月菫みつきすみれの姿があった。


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