表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェイド王国史 -時ー  作者: そこら辺にいる一般人えー
極光の主
7/38

月夜に響く 後

 深夜。空に昇った新月と星達の優しくも怪しげな光が大地を照らし、闇を好む魔性を活性させる時間。

 ジェライド王国の夜営地から東に三十キロ程進んだ場所に小さな丘があった。その丘に翻るのはジェライド王国の国旗。そしてその周囲には旗を囲むように簡易的な陣を組んで駐留する百名程の小さな部隊がいた。

 彼らの周囲には赤黒い血で染まりきったいくつもの布袋が置かれており。部隊の兵達は異様なものを扱うかのような素振りでその布袋から少し距離を取っている。


「どんな化け物に遭遇したらあんな死に方するんだかな」


 隊の指揮官と見受けられる騎士がぽつりと呟くと、兵達の脳裏にその布袋の中身が思い起こされる。

 潰された頭、くり貫かれた胸部、ひしゃげた手足に引き千切られた手足、捻じ切られた頭部。思い起こすだけで吐き気を催すには十分な光景であり、顔が残っていた死体は一様に絶望を顔に張り付かせたままでいた。

 魔法が行使された様子もなく、魔物や魔獣がいたような魔力の残照も見受けられないその凄惨な光景は、魔力を持たないもの。すなわち野生動物かただの人間がやったものなのであろう事が推測できた。果たしてこの世界にそんな化け物など存在するのであろうか。またその化け物はもしかしたら自分達を今度は狙っているでのはないか。

 そんな暗い考えだけが兵達の胸中に残る。自分の一言で沈んでしまった部隊を見た騎士は、いかんと呟きながら頬を二、三軽く叩くと陽気に声を上げる。


「さあ、明日には本軍と合流できる。

 我々の任は死者達の遺髪と指を持ち帰る、まずはそれだけを考えるんだ」


 その声を聞いた兵達は自らの任務を思い出すと、気を引き締めるように虚勢を張りながら声を上げる。

 彼らの任務は消息を絶った部隊の探索と、何らかの事態があった時に彼らの遺品や遺髪を本軍に持ち帰り本国にいる彼らの故郷へとそれが届くように手配することである。敵地で死んでいった彼らに対する最大限の供養であるのだと心を奮い立たせた彼らは布袋の下に集まると二人係で持ち上げ、荷馬へと袋を吊るしていく。

 その光景を見ながら指揮官は満足そうに頷くと、己の愛馬を係留していた木から連れてくると鐙を踏みしめ、一気に背の鞍へと飛び乗った。


「さあ、一刻も早く彼らを家族の下に届けよう。行くぞ!」


 移動の準備が粗方完了したのを確認した騎士は鼓舞の言葉を継げると馬の腹を蹴り移動を開始する。制圧しているとはいえ敵地である。地理は敵の方が詳しい以上一箇所で夜を越すのは避けたいという判断からだ。

 兵達もその心情を察しているのか、誰一人文句を言うでもなく彼に付き従い盆地に駐留する本軍の下に向かい移動を開始する。


 野鳥の鳴き声と木々が風に揺られざわめく音、そして彼らの足音と鎧の擦れる音が深夜の空にすっと溶けていく。移動を開始して早二時間ほどが経過していた。

 月を見上げながら騎士は現在の位置を月の位置と見える風景で調べながら進路を決め部隊を先導していく。どうやら少し南に移動していたようだ。そう判断した彼は馬の進路を制御して変更すると、また月と風景を見ながら進む、夜の闇の中を。

 静寂が痛い程騎士の耳を捉え、聞こえてくる兵達の息遣いが多少荒いものに変わっていく。だがここで立ち止まるならばこのまま一気に進み日の出くらいで本軍と合流したほうが安全であろう、そう考えた騎士はちらりと背後を見やる。

 付いて来た兵達は疲労を隠せそうにないが、力強い意思が宿った瞳は松明に照らされながらもよく確認出来る。


「・・・・・・おい」


 その様子を確認した騎士が満足そうに前を向いた瞬間、それはいた。

 音もなく気配もなく、魔力も感じられなければ匂いも息遣いすらも感じさせないまるで幽鬼のような存在。

 それは騎士の愛馬の目の前に立っており、騎士に向かい声を掛けてきた。


「何者だ、貴様!」


 騎士は突如現れたその真紅の髪を持った男に声を荒げながら剣を手に掛ける。そんな騎士を見ていた兵達も一気に荷物を放り投げ抜剣し構えをとっていた。

 男はそれを気にした素振りすら見せずに、ただ淡々と騎士に問い掛ける。


「汝らから龍の気配がする。汝らは何か知り得るか」


「・・・・・・っ!」


 目の前の男が何者なのかなどもうどうでもいい。男の言う事は恐らく軍の指揮を任されているレンであると判断した騎士は剣を抜き放つと答えも返さずに一息に男の下に踏み込むと、胴を袈裟に切り盛んと剣を振り上げた。

 男はその光景を見ながらまったく動じず、一歩もその場所から動こうともせずに騎士の剣をその身に受けた。まるで意味のないような事をと言わんばかりに目を細めながら。


「な・・・・・・」


 肉を斬り骨を絶つ感触に騎士は男の命を奪い去ったと確信を持って血を吹き上げながら倒れ行くであろう男に目を向け絶句した。

 斬るには斬った、それは間違いない。ただ騎士が斬ったのは男ではなく部隊の副官を切り裂いていたのだ。


「・・・・・・」


 呆然とそれを見ている騎士を見ると男はつまらなそうに副官を投げ捨てると、騎士の頭を左手で掴むと少し力を加えた。すると騎士の頭部は柘榴の様に一気に弾け、残された身体からは盛大に血を吹き上げる。まるで死した事を自覚していないように身体はふらふらと後ずさると、やがてようやく現実に追いついたかのようにどうっと音を立ててその四肢を大地に投げ渡した。

 それを見届けた男は感情を一切宿さぬその深緑の眼で残された兵達を見やり、ふっとその姿を消した。


 何処に、逃げたのかそれとも魔法の類の予備動作なのであろうか。兵達の間に緊張が一気に駆け抜けたその時、彼らの最後方から突如何かが飛来して指揮官の遺体の横に落下してきた。

 それは首。恐ろしいまでの力が掛けられたのだろうその首は肉が引き千切られ、胴から捻じ切られたことを示す様にぶつりと醜い断面を晒していた。その合間にも飛来する首や手といった人体の一部。それを見て兵士達は唐突に理解した。

 五百もの仲間を全滅させた化け物と正に今相対しているという事を。


「逃げろおおおおおお!」


 誰かが唐突に叫びを上げると金縛りが溶けたかの様に兵達が一気に走りだす。その方角は騎士が死ぬ前に向かっていた方角、すなわち本軍に向けてだ。

 多数の仲間がいるあそこに辿り着ければあの化け物ももう手を出して来ない、そんな身勝手な妄執を必死に、けれど縋る様な思いで信じながら。


「ああああああ」


「やめ・・・・・・!」


 時折聞こえてくる悲鳴は追いつかれ命を刈り取られていく者達が世界に残す最後の言葉。

 その中にはこの部隊に数少ない女性兵士の声も混ざっていた。確か彼女は借金によって身売りされそうになったが軍役に着く事によって国がそれを肩代わりするという制度を利用して今回の派兵に混ざってきたまだ十七歳ほどの少女だった。

 逃げる兵達の脳裏に知り合いの悲鳴が聞こえる都度彼らの事が思い返され、それはすぐに次は己ではないのかという恐怖と絶望に叩き込んでいく絶妙な音楽となっていく。

 一人、また一人とこの夜の闇の中に引きずりこまれてその命を死神に魅入られて散らしていく。悪夢であるのならば覚めてくれ、妖精の見せる幻覚の類ならば直ぐにでも止めてくれ!そう必死に願いながら走る彼らの息は上がり、途中で転べばその痛みがこれは夢幻ではないと非情にも彼らに伝えていく。

 どれくらい走ったのだろうか。いつの間にか邪魔な鎧や剣はその身から無くなっており、身軽になっている。周囲を見れば僅か三名ほどだけが同じような格好で息を乱しながらも生を求め走り続けている。


「ま、けた・・・・・・か!?」


 誰の声だろうか。生き残っている四名にはもうそんなことはどうでも良くなっていた。

 後ろから誰も来る気配も走る音も聞こえない以上、生き残っているのは自分達だけなのだという恐怖感がそんな瑣末な事を彼らの脳裏から綺麗に消去していた。


「生とはかくも脆く儚い一滴の水の如く。ただ求めるだけでは零れ落ち、求められるだけでは溶けていく。

 それが自然の摂理というものの一端なのであろうか」


 そんな彼らの耳に不意に声が聞こえた。

 忘れる事なぞできず、忘れようとも思わない。彼らにとっても死神の声が。彼らはそれを聞くと奇声を発しながら疲れた身体に鞭を打ち、限界を超えた疲労に悲鳴を上げている肉体を酷使してその場から少しでも離れようと足掻く、足掻く、足掻く。

 ぶしゅっという肉が裂ける音が聞こえ、ばたばたと血が地面を叩く音が聞こえた。一人、これで残り三名。そう思った瞬間に今度はずんっ!という音と共に何かを握りつぶす音が闇夜を揺らす。

 残り二名の頭に浮かんだのは心臓を握りつぶされた死体の様。顔を青ざめさせこみ上げる吐き気と湧き上がってくる恐怖と絶望に二人は失禁し、生暖かい自らの小水によって重くなった服によってその速度を徐々にだが鈍らせていく。


「・・・・・・だが、私は」


 ばきばきばき!凄まじい音にまぎれながら聞こえてきた声に最後の一人がとうとう足を止め、その音の発生源に顔を向ける。

 見ると先ほどまで後ろを走っていた音が凄まじいまでの力で圧縮され、全身の骨を突き出し内臓を撒き散らしながら数十センチほどの肉の団子に変えられていく異様な光景。絶望、それだけが彼の心を蝕み染め上げていく。


「その理から外れてしまった私は、一体なんであろうか。なぁ、小さく儚き生をもつ者。

 ・・・・・・我らが愛しい子供達」


 さらさらと砂な落ちるような音が聞こえる。

 謎の男の言葉を聴きながら生き残った最後の一人が音の発生源に目を向けると、己の手が指先から砂に変わり落ちていく光景が目に映る。

 それに瞠目するも痛みはなく、むしろ凄惨な死を迎えないという事実だけがまるで至福の様に感じられ神を見るが如き目で目の前に歩いてきた男を仰ぎ見る、

 血よりも深い紅い髪と、全てを見通すかのような深緑の瞳。見るもの全てを虜にしてしまうであろう神代の彫刻が動き出したかのような端整な顔を見ながら男は一瞬だけ見た。その男の瞳が一瞬、ほんの瞬きの間であるが黄金色に変化していたのを。

 そして男は散る。砂となってこの大陸の大地へと還っていく。


「・・・・・・案内の礼だ。貴様らの来世での生を祝福しよう愛しい子供達よ・・・・・・」


 それを見届けた男は歩きだす。その歩みが向けられたのはジェライド王国軍の本軍の陣がある盆地であった。

 ざっと強風が大地を駆ける。そしてその風が運んでいってしまったかのように男はその場から姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ