月夜に響く 前
声に促され室内に入り込んだクロウディアとディン。
赤い絨毯が敷き詰められた室内には応接用の対面式のソファーと漆喰作りの卓が見られ、奥に目を向けると同様の漆喰作りの執務台に資料を収める用途で使われているであろう古ぼけた棚が二つ、窓をはさむような形で並べられていた。
この部屋の主であろう騎士団長はその執務台に座っており、手元にある書類の作成の手を止めて入室してきた二人に目を向け、口を開く。
「ご苦労であったな、ディン。
君がクロウディアか、私はラルフ。ラルフ・イシュルベ。ディンから話は聞いている。全ての事をそつなくこなす非凡ぶり、正に戦火に見舞われている今の国情に相応しいと見受ける」
「過分な評価を得ている様で恐悦至極に。
して私の扱いは如何なものになるのでしょうかな?」
まずディンに労いの言葉をかけた騎士団長は自己紹介を交えながらクロウディアに目を向けると壮年特有の皺深い顔に微かな笑みを湛えながら声を掛けた。されどその眼光は鋭く、張り付くような空気を感じさせている。
クロウディアはその眼光を受けると目を細め、己の扱いを問い質す。
「ふむ。
ディンから聞いている話では多彩な戦術や戦略に通じていると聞く。それを決める為に今から何個か質問をさせてもらおうか」
「遠慮なく」
己の眼光に少しの萎縮も見せなかったのに感心を抱いたのであろう。ラルフは意外そうに目元を緩めながらクロウディアの問いに答えを返した。
クロウディアはそれを聞くと素早く返事を返すと、ラルフの質問を受け始める。
「そうだな・・・・・・。
ではお前の手元に騎兵五百。対する敵軍は歩兵三百の騎兵七百の勢力だ。戦場は丘陵地帯、天候は曇りで湿度も高い。背後には防衛目標もあり撤退することは適わず。
この状況を如何にして切り抜ける」
「二百で正面から迎撃し、二百で敵側面に喰らい付き百を指揮し伸び始めた戦線を食い荒らしましょう。して損耗状況によりますが適うなら壊滅、引くようならば追い討ちは掛けずに放置しますかね」
「模範解答といったところであろうか、では次だ。
一万の軍を指揮し敵の砦を攻略する命を受けた。砦の概要は崖を利用した通路を塞ぐように立てられた天然の要害。敵には矢や食料も豊富にあり、補給も立つことは適わない。これを迅速に抜いてしまわなければ後々の作戦に支障がもたらされる」
「波状攻撃を仕掛けつつ破城槌などの攻城兵器で敵の注意を引き付け、本命は崖の上からの逆落としで砦の城壁上を制圧。しかる後速やかに砦の門を破壊し火をつけて周ります」
「・・・・・・此方は平原に三千程で布陣し、敵は二日後に平原に一万の兵力で到達する」
「まず畝を掘り弓兵を隠します。そして所々に浅い落とし穴を掘り馬足を遅らせ包囲するための時間を稼ぎつつ、燃えやすく可燃性の高い物資を前もってばら撒いておきましょう。
そして会敵の折には弓兵に矢を射かけさせ敵の数を減らし行動をけん制しつつ、落とし穴に馬足が遅れている間に部隊を散開させ遊撃体制を整える。全ての準備が完了次第、燃やしてやりますな」
「では最後。
龍騎士が出た」
「殺しましょう」
淡々と交わされる事務的な応答の中ラルフはクロウディアの。クロウディアはラルフの底を試すかのように問答を応酬していく。
一通りの回答を聞いたラルフは最後に出した問いかけの答えを聞くと、愉快そうに笑みを浮かべていた。まるで意を得たと言わんばかりの清清しい笑みを見たクロウディアはディンに目を向ける。
「・・・・・・何処まで話した?」
「とりあえずお前が馬鹿みたいに強いってのと、魔法も滅法達者で兵法にも通じてるってのと」
溜息交じりにディンに問い掛けるとディンはばつが悪そうに頬を掻きながら一つずつ答えていく。それを聞きながらクロウディアは呆れたような目を向けると続きを促すかのように目配せをする。
「あと、お前さんの相棒の事もちらっとな」
「・・・・・・口止めした覚えも無いので特に非難はすることはしないが。
前もって伝えておきますが手札二つあるにはあります。ですが一枚は凶兆であり、一枚はそれを抑えるために顕現させられるかどうかと言われると微妙な所なのですがね」
「ふぅむ。半信半疑ではあったが、事実であるとするならば光明も見えるというものか。
手札を常時晒せなどとは言わん。だが必要があるならば迷わずきる覚悟だけは持っていて欲しいというだけよ」
額に手を当てながら軽く頭を振ると、ディンに対し苦笑を向けながらクロウディアは口を開く。
それを聞いたラルフは愉快そうに頷きながら執務台の椅子から立ち上がると、机の引き出しを開きその中から腕輪を取り出すとクロウディアに向かい放り投げた。
「それは我が騎士団の関係者である事を示すものだと思え。城内で呼び止められた場合や王城の敷地に入りたい時は門の衛兵にそれを見せれば通行を許されるはずよ。
それとクロウディア、お前の扱いだが副官二人に騎兵三百、歩兵五百に弓兵四百、魔導師三百を預けたい。それらを指揮し戦場にて遊撃隊として動け」
「随分買われたものですな」
「在野の有能な士君が官に寄った。ならば逃さぬように環境と責任を与えるのが私の務めでもあり責務でもあろうて」
老獪なだけはある。腕輪を受け取りラルフからの言葉を聞いたクロウディアは内心でそう考えながらも曖昧な笑みを浮かべながらラルフに声を掛けた。
ラルフはそれを聞くと机の横に立て掛けてあった剣を手に取り帯剣すると、執務室の扉に向かい歩き始める。
「付いて来い、お前の副官になる者達を紹介しておこう。
それと配下になる兵達は今日中には触れを出しておこう。明日から半月ほど訓練をし、直ぐに出陣という形になる筈だ」
「了解」
「・・・・・・心得た」
扉のノブに手を掛けたラルフは振り替えりながらクロウディアとディンに声を掛ける。
二人はラルフに答えると、お互い一度目を合わせてからラルフの後を追うように執務室を後にした。