遭遇4
「あれか」
皇国の部隊と交戦した地から数時間。クロウディア達は見晴らしの良い切り立った崖の上に居た。彼らの目の前に広がるのは皇国軍の夜営陣地。異常なまでに士気が高いのだろう、立ち上る熱気は夜営の準備を整えているのにも関わらず緩む所か更に加熱していっているかのように感じ取れる。その様子を見たクロウディアは一緒に偵察に来た騎兵の一人を呼ぶと皇国軍の方に目を向けながら指示を出す。
「レナ達の元に戻り直ぐに撤退するように伝えておけ。我々はもう少し敵の様子を探ってから帰還する」
指示を受けた騎兵は頷くと直ぐに馬を操りレナ達の元へと引き返していく。それを見届けたクロウディアは再度皇国軍の陣地に目を向ける。陣内の各所で区切られて放牧されている軍馬の数は少なく、騎兵の数が少ない事が伺い知れる。それに比例するようにローブ姿の兵が多い事を見ると敵の主力は魔導師で構成されておりそれらの壁となる歩兵や重歩兵が大量に配備されていると容易に想定出来た。
クロウディアは敵の陣を確認しながら比彼の戦力差を想定し、頭の中で真正面から激突した状態の想定を開始する。魔導師を主力に構成された軍とぶつかるには些か騎兵を多く配備されている王国軍は明らかに分が悪い。歩兵や重歩兵の壁を突破する前に魔法の斉射を浴びて早々に前線が崩壊していく様が容易に想定出来るからだ。
これを打開するためには当初の予定通り火計を用いて敵の大部分を焼き払い、機動力をもって魔導師を殲滅する以外の選択肢は王国軍には戦力と兵種の構成の都合上取るのは難しい。そうなると明日中にも激突するならば通ってきた道中で最も火計に適した地形と場所は何処であろうか。青々と茂ったあの背が高い草むらは除外される。生草は水分も多く燃やすには適さない。それならば森であろうか、はたまた何か燃料を用意して一気に火の手を早めるべきであろうか。
付随する問題も多々ある。
まずは敵が火計を使用されると想定しており迅速に撤退なり消火活動が行われる事。こうなると王国軍は魔導師の魔法の雨を受けながら敵と交戦しなければならず甚大に被害が予想され、少なくても第四混成騎士団はそう短くない時間機能が麻痺するであろう。
次に考えられるのが敵が強行軍を行う事と、敵の進軍速度が遅い事。此方が望む交戦箇所から大きく離れた箇所で戦端を開かれれば、押し込まれれば押し返して火計を仕掛けるのは実質不可能であり、逆に此方が進みすぎれば撤退しつつ予定地点まで誘き出すはめになる。これは想像以上に甚大に被害を齎す可能性がある。
最後に考えられるのが敵の龍騎士の存在だ。灼熱の名を冠している以上敵の龍騎士が契約している龍は間違いなく火に属する龍種でありそんなものが居る軍に火計を仕掛けた所でその龍が火を掌握してしまえば全てが徒労になってしまう。
「どうしたものか」
クロウディアは頭の中で想像した展開に溜息を漏らすと改めて敵の構成と此方が用いる戦略、軍の構成を考えていく。
少なくともこの形勢を被害を抑え切り開くとすればやはり火に頼るしか無く、問題は先程考えた三つに絞られる事になる。特に特筆するべき問題の龍騎士はやはり自らの切り札の一つを切るしかないのであろう。ともすればそれに伴う危険性も加味しなければならない。
どくん、どくんと己の中で脈動する三つの鼓動。一つでも解き放てば全てが解決する。ならば開放すべきは己と最も親和性の高いモノにするべきであろうと考えが纏まっていく。まるでその答えに呼応するように鼓動の一つが少しだけ強まったのを感じるとクロウディアはそっと胸に手を当てる。
己の中にある三つの脈動を確認したクロウディアは一つ深呼吸をすると馬の手綱を握り締め、残っている騎兵に指示を出した。
「二手に分かれる。この距離を保ち遠巻きに敵の陣の構成と士気を探るんだ。可能ならば輜重部隊の隊旗も確認してきてくれ。戦闘中に襲撃して敵の物資の輸送を遅らせ士気を削る事も可能になる」
その指示を受けた騎兵達はそれぞれ二手に分かれ左右に散らばっていく。
クロウディアはそれを見届けるとただ一人その場に残り皇国軍の陣を睨みつける。その視線の先にあるのは一際大掛かりに組まれた天幕の群れ。恐らくその中に敵の龍騎士、灼熱の名を冠する者がいるであろうと見たからだ。
これから開始されるであろう戦端に思いを馳せ、ぶるりと身震いする。大掛かりな戦は初めてではあるが師であるセフィリアから仕込まれた技術できっと乗り切れるであろうという確信もあるし、何よりも・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・!」
その時、クロウディアの周りと突風が吹き抜けた。その風にクロウディアは目を細める。
風が鬱陶しいと感じたからではない。その風にほんの微かに含まれていた決して忘れる事が出来ない気配が微かに混ざっていたから。
クロウディアの瞳に真っ赤に燃え盛るような真紅の髪が映る。風に揺られてそれははらはらと揺れ動きその儚げな容貌を日光の下に露にしていく。間違い無い。あの日、あの時、あの場所で出会った彼そのままのその姿。全てを切り取ったかのように現れた彼にクロウディアは深く優雅に一礼して口を開いた。
「こうして顔を合わせるのはあの日から十年ぶりとなりましょうか、神殺しよ」
「汝も息災であったようであるな。少し確認したい事があった故訪れたのだが」
現れた男、神殺しに声を掛けたクロウディアは彼の返答を待つように静かに彼を見据える。神殺しはクロウディアの視線に気付くと後ろの皇国軍の陣を見つめながら答えた。
「その魔力の様子では特に問題なかろうか。汝の血に眠っている記憶を呼び起こすのは」
「・・・・・・嘗て貴方と師セフィリアが言っていたあの言葉でしょうか」
「あ奴に師事していたのであれば聞き及んでいると思っていたのだが」
その答えを聞いたクロウディアが興味深そうに目細めながら聞き返すと神殺しは微かに眉を顰めながら呟きを零す。だが直ぐに気を取り直したのか神殺しはクロウディアに向かいゆっくり手を翳すと口を開いた。
「然り。汝の中に太古から存在するその血。それを刺激して汝の祖先の技や魔法などを汝がモノとする」
「それは・・・・・・」
神殺しの言葉にクロウディアははっと気付いたのか、心臓の部分に手を置いて神殺しを見た。嘗ての邂逅のおり自らが何なのか知らされている以上神殺しの言葉は非常に魅力的な提案なのだから。
差し出された手にクロウディアは意を決してその手に触れる。するとどくん!という音と共に己の心臓が激しく脈動を繰り返し鼓動を刻み始めるのを感じ取る。そしてそれに同調するように血が炎の如く全身を駆け回り魔力が全身を駈けずり回る。まるで何かを伝えようと言わんばかりのその動きはまるで血が、魔力がクロウディアの頭の中にまったく知りえない知識を植えつけようという動きそのものだ。
これが神殺しとセフィリアが口にしていた血が覚えているという事なのであろう。時間が経過するにしていくつもの知識がクロウディアの頭の中に流入してきており、それを活用するために魔力が擬似的に体内を駆け回り力の指向性をクロウディアの身体に刻み込んでいく。
その感覚にも次第に慣れてきた頃には心臓の鼓動もいつもどおりに戻り、体中を駆けずり回っていた魔力も静けさを取り戻していく。クロウディアはその感覚に一つ息を吐くと触れ合っていた手を離し改めて神殺しに目を向ける。その視線に気付いたのか神殺しはまた皇国軍の陣を振り返って視界に納めると軽い口調で呟いた。
「そうそう、氷龍と風龍は私が滅しておいた。この大陸に残るは炎龍と汝のモノのみだ」
そう言うと神殺しは現れた時と同じように風に抱かれるように、ふわりと吹いた突風に溶けるように消えていった。




