遭遇
「第三班から報告が上がってきましたよ、どうやら皇国軍も行軍を開始したようです。炊事の煙が見えたと」
王都を出発してから四日目の朝、王国軍の野営地。第四混成騎士団は斥候を出して進路の安全を確かめながら進軍を続けていた。
今まで動きが見られなかったのだが、たった今レナから齎された報告を聞いたクロウディアは目をすっと細めて思考に耽る。皇国軍が駐留している王国北部へは軍を率いて十日ほど掛かると睨んでいたので此方に合わせたかのように動きだした皇国軍の動きをいぶかしんだからだ。
恐らくは軍へ出動が決まった日の夜にはその情報は相手方に筒抜けになっていたと予想し、そうすると内通者が居るという可能性が浮かび上がってくる。恐らくは戦後の地位を密約で確約させた貴族か騎士団の幹部の誰かかという事まで考えてそれらの思考を断つように頭を振る。
「威力偵察を敢行する。私は団長に報告だけしてくる」
「おう、隊の編成は任せとけよ」
「ああ。腕のいい騎兵を百程集めておいてくれ」
クロウディアは先程までの考えを完全に放棄すると今後の動静を見定める為に皇国軍の出方を伺おうと行動を起こす事にした。その旨をバーンとレナに伝えるとレナは静かに頷き、バーンはにっと笑みを浮かべながらクロウディアの言葉に答えてくる。クロウディアはその姿に苦笑を零しながらも簡単に指示だけ残して野営地の中央に天幕を構えているラルフの元へと向かう。
途中すれ違う騎士達もレナから受けたのと同様の話を既に聞いているのか、ぴりぴりとした緊張感を張り巡らせながら各々の部隊の天幕を引き上げ行軍再開の為に動き始めている。その様子を見ながらクロウディアは早足で陣内を歩き、目的地であるラルフの天幕に辿り着いた。
「・・・・・・ふむ」
「では」
どうやら先客がいるようだ。ラルフと聞いた事のない女性の声が聞こえてたのに気付いたクロウディアは一瞬天幕の中に入るのを躊躇したが、直ぐに問題ないであろうと判断し静かに天幕の中に足を踏み入れる。
その中ではラルフと栗色のショートヘアーの女性が何かを話し合っていた。女性は一目見ただけで魔導師だと判断できるような聖銀製の杖を手にしており、抗魔処理をされているであろう青いローブからは高級な品であると見ただけで理解出切る繊細な刺繍がなされており、彼女が宮廷魔導師の一人であろうと想像させられた。
「あら?見慣れない顔ね」
「ん?おお、この者は配下から推挙された者でな。一隊を預けているクロウディアという者だ」
「そう。私は宮廷魔導師のライラ・ポーツマンよ」
中に入ってきたクロウディアに気付いたのか魔導師の女性が振り返りクロウディアの顔を見る。歳は二十後半といった所であろうか。優しい声色に反して鋭い鷹のような藍色の目がクロウディアに向けられ、まるで値踏みするかのようにじっと見つめてくる。ラルフは魔導師の声に気付いてクロウディアの事を紹介すると、魔導師も自己紹介を簡単に済ませるとラルフに目を向ける。
その意図を察したのかラルフは無言で頷くとクロウディアに声をかけた。
「それで何用だ?」
「・・・・・・偵察に出ている班からの報告を受けていると思うのですが、皇国軍も動いている様子。一つ威力偵察を敢行し敵の動きを探ってこようと思い報告に」
「・・・・・・確かに入り込んだ情報は欲しいな。許可しよう」
クロウディアは訪れた用件を手短に報告し、ラルフの返答を催促するかのようにじっと見つめ続ける。ラルフはクロウディアの提案を聞くと暫し熟考した後、頷きながら許可を出した。クロウディアはそれを聞くと静かに一礼し、顔を上げて天幕を出ようと振り返った。
ふと、魔導師の女性と目が合う。まるで面白い物を観察するかのようなその視線にクロウディアは言い知れぬ不快感を感じながらも軽く会釈をしてから天幕を後にした。
「許可が出た、準備が整い次第行くぞ。私と・・・・・・レナ、一緒に来てもらう。バーンは残った奴らを纏めて本隊と共に移動してきてくれ」
「はい」
「了解っと」
自分の隊が駐屯している場所に戻ったクロウディアは忙しなく指示を飛ばし偵察の準備を開始している二人に声をかける。二人はそれを聞くと手早く返事を返して再度部隊の編成へと戻っていく。
クロウディアはそれを見届けると先程の魔導師の事をふと思い返す。最後のあの視線、まるで猛禽のようなそれがどうしても頭の片隅から離れそうにない。もしやと内心で思ったが確証が無い以上黙って動向を見守るしかないのが歯痒さを感じさせた。
「準備整いました」
「ありがとう」
暫し思考の渦に嵌っている間に出発の準備が整っていた。レナの報告の声に思考を中断したクロウディアは労いの言葉をかけて集められた騎兵達を一瞥する。皆程よい緊張感を顔に醸し出しており、これならば有事の際も迅速に行動出切るであろう事が一目で分かる。クロウディアは彼らの様子を見ると満足そうに頷き、シャールから寄贈された白馬に跨った。
レナも馬に跨ったのを確認したクロウディアは愛用の槍を軽く握り締め感触を確かめながらそれを翳しただ静かに一言だけ告げる。
「行くぞ」
その言葉を発するとクロウディアを戦闘に威力偵察を行うため百の騎兵が行軍を開始する。目指す先に居るであろう皇国軍の動向を調査し少しでも戦局を有利にせんがために。
早朝の静かな空気を馬の嘶きと蹄の音が支配し、朝の囀りをしていた鳥達の声を掻き消していく。その音に気付いた騎士の面々が出陣していく彼らに敬礼を捧げ、その姿を見送っていた。
「・・・・・・中々面白い男も居たものね」
クロウディア達が出陣したのを確認し、先程の魔導師の女性ライラがラルフの天幕の中でぽつりと呟きを漏らす。思い出すのは初見で見た彼の男の異質な魔力。この大陸では混血も珍しくないので魔族の魔力やエルフの魔力といったものも知り得ているライラから見ても異質なそれは深く印象を齎していた。
まるで深い深遠の底から這い上がってきた全てを侵食しようと言わんばかりの気配を放っていたクロウディアの魔力は確実にライラすら知り得ない特別な何かを秘めているに違いない。そう考えたライラその鋭い目をさらに細めて部隊が駆け抜けていった先を見据える。
「うちの騎士団の隠し玉に随分とご執心のようだな」
「あら?そう見えるかしら」
その様子を見咎めたラルフが声をかけるとライラは妖美な笑みを浮かべながらラルフに向き直り、おどけたように答えた。それを見たラルフはライラを睨みつけると吐き捨てるように言い切る。
「さっさと失せるがいい。如何に姪とは言えどこれ以上は切り捨てねばならん」
「・・・・・・それは恐ろしい事で。それではまたお会いしましょうね、叔父様」
ラルフの言葉を聞いたライラはつまらなそうに肩を竦めると、手に持っていた聖銀製の杖に魔力を集めながらラルフに声をかける。ラルフはライラの言葉を聞くと剣の柄にそっと手をかけ、鞘走りの音を響かせながら剣を引き抜く。
ライラはくすくすと笑を零すと、優雅に一礼し杖から魔力を開放した。展開された魔方陣はラルフも見た事のある極短距離を移動する為の転移術の魔方陣。その輝きに飲み込まれるようにライラの姿は消えていった。
「天災めが」
誰も居なくなった空間を見て、ラルフは未だに残るライラの、自らの兄の娘の魔力の残滓を感じ取りながら忌々しげに吐き捨てていた。