灼熱
「ディンは分かるとして随分といい雰囲気だったじゃねーかクロウディア」
王都から郊外へ移動し、それぞれが指揮する部隊への移動を終えた頃。バーンが先程のシャールとのやりとりをふと思い出したのかクロウディアに声をかけてきた。
クロウディアはそれを聞くと苦笑を浮かべながら別にとはぐらかそうとするがバーンは悪戯っ子のような笑みをにっと浮かべるとクロウディアの肩をばんばんと音がするほど強く叩きながらからかうように言葉をかける。
「そう恥ずかしがって隠さなくてもいいじゃねえかよ。あん時のお前とシャール様ときたら子供の頃にお袋が村の女の子に良く聞かせてやってた御伽噺みたいだったぜ?
しかし意外だよなぁ。シャール様っつったら令嬢の方々の中でも特にガードも固いし護衛とはいえ男と二人で出歩いたなんて話も一切なかったのによ」
「・・・・・・まぁ想像に任せるさ、お前が感じた事がお前にとっての真実となろう。私はそれを否定しないしどうこう喚き立てる程理解が無いわけでもない」
肩を竦めながらクロウディアが答えるとバーンは返ってきた答えに快活な笑みを浮かべそうかと豪快に笑いたてる。豪放磊落で裏のない人間性のせいでどこか憎めず嫌えない所が彼の強みで美点であろうなとクロウディアは心中で思いながら溜息を吐く。
だが言われっぱなしも癪に障るのか、今度はクロウディアがにっと笑みを浮かべながらバーンに声をかけた。
「そういうお前こそレナとの仲はどうなんだ?
まだ日は浅いがお前の視線や態度を見ているとそれ相応の好意を寄せているように見えるのだが」
「・・・・・・ぶ!お前さんは言わずが華って言葉を知らねえのかよ」
「それはお前にだけは言われたくない言葉ではあると思っている」
投げかけられた言葉に盛大にむせ返り、必死に呼吸を落ち着けてからバーンはクロウディアを忌々しげに見据えながら言葉を返す。クロウディアはそれを聞くとしてやったりと言わんばかりに笑みを浮かべると答えた。
「隊列整いましたよ。兵員は全員揃っているので後は指示待ちです」
その後もそういった軽いやりとりを繰り返していると二人の元にレナが報告にやってきた。二人の下という位置付けの為部隊の隊列を整えていたのだ。レナは二人のやりとりを聞いていたのか、バーンに向けて視線を向けるとくすくすと声を零して小さく笑う。
それを見たバーンは体を緊張によって硬くし、見ただけで分かるほど顔を赤くしたり青くしたりと忙しい反応を繰り返している。クロウディアはそれを見ると苦笑を浮かべながらレナに声をかけた。
「そうからかってやるのは止めてやってくれ。見ていて面白いのは否定しないが」
「あら?会話の内容は聞こえなかったんですがどうも面白そうな話をしてそうだったので悪ノリさせてもらったんですけど」
悪戯が成功したのが嬉しいのかレナはにこにこと笑みを浮かべながらクロウディアの言葉に相槌を打つ。その様がどうにも百年以上も生きているエルフにしては人間の十六、七歳くらいの少女と変わらない反応にクロウディアは苦笑を浮かべた。
レナはにこりと笑みをクロウディアに向けると、未だ緊張に身体を硬くしているバーンに声をかける。
「何を話してたかは聞こえてませんでしたからね?」
「お、おう!?」
バーンはその言葉に身体をびくりと跳ね上がらせながら素っ頓狂な声を上げてレナの言葉に反応を示す。その光景を見てクロウディアが苦笑を浮かべている中、彼らの耳に空を劈くような重低音が聞こえてきた。
出陣の合図だ。その音を聞いたクロウディア達は体に緊張を張り巡らせ、お互い顔を見合わせる。先程までの軽い雰囲気も既になりを潜め、それぞれが戦う覚悟をした戦士の顔を浮かべていた。それを確認したクロウディアは次々と行軍を開始していく部隊達の後を追うように自らの部隊に対し号令をかける。
「全隊、行軍開始」
そして深夜ながらもウェイド王国軍は松明の明かりを草原に煌々と撒き散らしながら領土を制圧しているハーベル皇国軍を撃退し、失地を奪還せんと行軍を開始した。ウェイド王国暦七百六年六月初頭、初夏の香りが風に混じり始めたある綺麗な月夜だった。
ウェイド王国軍が王都を出陣した日から三日後、ウェイド王国軍進撃の報は王国北部を制圧していたハーベル皇国軍の元にも届いていた。
報告が届いた頃、皇国軍は周辺地域の実効支配を進めるために制圧した村や街を回り役人を据えたり戸籍調査をしたりと同化政策を行っていた。その報せを受けた皇国軍の幹部は即時軍議を開き、王国軍への対策を検討し始める。
「この地域の支配はまだ確実とは言い難い。後方で民衆による暴動が起こり兵糧が断たれる可能性も未だに捨てきれない以上少し後退し国境の傍にある砦で迎え撃ち、ディス様の龍で焼き払ってもらうのが得策だと愚考する」
「正面から迎え撃ちこれを撃滅。さらに勢いにのって敵国王城までの陥落を目指して烈火の如き武威をジェライドに見せつけ威圧をかけるべきであろう」
大まかに言って議論はこの二つに分かれていた。どちらも正論といえば正論であり軍議に出席している各将校はそれぞれが舌戦を繰り返していた。その動向を一人静かに見守っている男、この皇国軍の指揮を任されている灼熱のディスという龍騎士だ。
顔に一文字で走る刀傷が歴戦の猛者であろうことを見て取らせ、三十は過ぎているであろう風貌は威風に溢れ鋭い青い眼光は静かに場を見据えている。彼の気性を示すかのような赤い髪が照明用の魔法具の光を受けてゆらゆらと燃えているような印象を与えている。
「・・・・・・・・・・・是非もなし」
既に軍議が開始されてから二時間近くが経過しようとしている。未だ白熱し方向性すら見失いかけている軍議の様子を見てとうとう沈黙を守っていたディスがこの軍議で初めて口を開いた。
その声に今まで舌戦を繰り広げていた将校達は一様に口を閉ざし、ディスの言葉の続きを待つ。
「正面から彼奴らを叩き潰し我が皇国の武威を内外に示し陛下の威光をこの大陸に輝かせるが我らが使命であると我は信ずる。
ウェイド王国軍を撃滅し王城を制圧した後はその足でジェライド王国を叩き潰す。・・・・・・またウェイド王国の王都には各地から戦火を避ける為に各領主の令嬢や女子供が多数いると密偵からの報告を受けている。これらに手を出す事は厳禁とし軍律に違反したものは一族郎党切捨てその血筋を断ってくれると厳命せよ」
「はっ!」
告げられた言葉に将校達は最敬礼をし返答すると、その指示を実行すべく素早く行動を開始しはじめた。その光景を見たディスは座っていた椅子に深く座り直すと静かに瞳を閉じる。
-風龍の奴めの気配が消え去った事については告げなかったのか?-
「その時節ではない。そして伝えるまでも無く我らが責務は変わらぬよ」
そんな彼の頭の中に契約を交わしている龍からの声が届く。ディスはそれに独り言のようにぼやきながら答えると静かに閉じていた目を開く。
「往くぞ」
-承知-
短く告げられた言葉に篭る覇気には有無を言わせぬ説得力があった。彼の龍はそれを聞くとただ契約者の意思を尊重し、同意の念だけを返していた。
5/23 交代→後退 ort