王都ウィロン4
「さぁさぁこの何の変哲もない木の棒。皆さんの目にも良く見えると思いますが・・・・・・!」
それからゆっくりと東門に辿り着いた二人は通りで芸を披露している芸人の芸を鑑賞していた。周囲には同じように芸を鑑賞する人だかりが出来ており、今披露されているのはただの木の棒を剣に変えようというもの。
芸人の回る口に聞き入りながらそれを見ていると、気の棒が芸人の背に回され数秒もせずにまた衆目の前に戻ってくると、手に握られていたのは無骨な剣。その手腕に観客は歓声を上げてお捻りを芸人の前に次々と投げつける。二人もその芸に感嘆し、クロウディアは所持していた銀貨を数枚芸人の前に投げた。
「見事なものですな。文武魔導には通じておるつもりですがああいった喜劇はどうも理解できません」
「こんな時勢なのにこうやって皆を笑顔にさせてくれるんですよ?そう簡単に分からせてくれないですよ」
シャールを身ながら言うと、彼女はにこにこと笑みを浮かべながら相槌を打つとまた始まった芸に目を奪われる。次に始まったのは今投げられた硬貨を使ったもので、それぞれの種類を入れ替えるといったのものだ。当然使われるのは地面に落ちているもので、手の加えようが無い。
また観衆の前で銅貨が金貨になったり、金貨が銀貨に変化したりとかわるがわる変化していく。皆それを笑顔を浮かべながら歓声を上げ、笑顔を浮かべている。
「それではそろそろ移動しましょうか。時間は待ってくれませんので」
「はい」
硬貨を使用した芸が終わった頃合を見てクロウディアは無邪気な笑みを浮かべながら芸を見ているシャールに声を掛ける。シャールはクロウディアの声を聞くと返事をし、最後に芸人にもう一度目を向けてからクロウディアと共にその場を後にする。
芸人の前から移動した二人が向かったのは東門から王都の中央にある大広場に向かう道中にある詩人が多く見られる通りに居た。既に数人の詩人が思い思いの場所で楽器を弾いて昔の英雄譚や巷で有名になってきている恋の歌などを声高らかに歌い上げている。
それぞれが歌うものは違えど、打ち合わせたかのようにそれぞれの楽器と歌声が響き合ってはお互いをそれとなく引き立てている。シャールはそれを聞くと目を閉じてその歌声に聞き入っており、良く見ると彼女の口が少し動いているのにクロウディアは気付いた。
「・・・・・・して、・・・・・・うよ」
どうやら詩人達の歌の中に彼女の知るものもあったらしく、それを口ずさんでいるようだ。それに気付いたクロウディアは詩人達の歌の中に紛れて溶けていくような彼女の歌声に静かに耳を傾ける。その歌声は綺麗に澄んでおり、胸にじんわりと染み込んでいくような感覚を覚える。
シャールは詩人達の歌声に聞き入っているようでクロウディアの様子に気付いていないのか、彼らの楽器に合わせるように歌を紡いでいく。彼女の歌声に聞き入っているクロウディアは自然と腕に回っている彼女の手をそっと、気付かれないように優しく握り締めた。
「・・・・・・素晴らしい歌でした」
詩人達の歌が終わると共にシャールの歌も終わりを告げる。クロウディアは歌が終わるとそっと賞賛の声を漏らす。無論詩人達ではなくシャールに対して。だがシャールは自分の歌が聞かれていたと思っていないのか、詩人達にきらきらとした目を向けながら凄い凄いとはしゃいでいる。
クロウディアはそれを見るとふわりと笑みを浮かべ、彼女の言葉に同意するように詩人達に目礼を捧げてからシャールに声を掛けた。
「それではそろそろ城に戻ると致しましょうか。ゆっくりと歩いて戻れば丁度夕方には城に戻れるでしょう」
「あ、そうですね・・・・・・。もうそんな時間なんだ」
シャールはクロウディアに言われると不満そうな顔をしながら呟きを零す。ぷうっと可愛らしく膨れた頬に可愛らしさが滲み出ているのはクロウディアの胸の中だけに仕舞われる。
クロウディアは苦笑を浮かべるとシャールを先導するように歩き始め、彼女もそれに渋々といった様子で付き従い王城を目指し歩き始めた。
「今日は突然連れ出しちゃったけど、ありがとうございました。とっても楽しかったです」
「いえ、御随行出来て光栄でした。私も今日は有意義な時間を過ごさせていただきました」
空が茜色に染まる最中、王城へと向かう道中シャールが唐突に呟く。
クロウディアはその声を聞くと直ぐに答え、シャールに目を向ける。彼女は黙ってクロウディアを見上げており、髪と同じ蒼色の瞳が夕日に輝いてきらきらと揺れていた。クロウディアは彼女の瞳を見るととくんと胸が打つのを感じながら笑みを向ける。シャールはそれを見ると安堵したのか、ぱっと笑みを浮かべると絡んでいた腕により力を込めてクロウディアに身を寄せる。
クロウディアはそれに身を任せると感じられる体温の心地よさにただ穏やかな温かみを覚えていた。
「おいクロウ。そろそろ戻って来いよ」
王城に辿り着いた頃には既に夕方になっており、二人を出迎えたのは第四混成騎士団の面々と王城を警護する騎士や衛兵達、そしてリーナや他の貴族の子息や令嬢達の好奇の視線だった。二人は王城に着くまで腕を絡ませあっており、その様子は相思相愛の恋人同士に見えるのだから仕方ないだろう。
それに気付いたのは王城の中に入りディンに声を掛けられるまで。それまで小声で蜜事の時のように囁きあって二人だけの世界を作っていた二人は我に返ると気恥ずかしそうに頬を染めた。
「あー・・・・・・うー」
シャールは周囲の目に気付くともじもじと身を捩りながら赤い顔をもっと赤く染める。クロウディアは一つ咳払いをしてから取り繕うと、シャールを見る。
彼女はまだ顔を赤くしており、絡んでいるクロウディアの腕をぎゅっと力を込めて抱き寄せる。クロウディアはそれに気付くとふと笑みを浮かべると優しく彼女の腕を解いた。
「あぅ」
離れていくクロウディアの腕を名残惜しそうに見つめながらシャールが声を漏らす。それを見たクロウディアはシャールへと向き直ると彼女の耳元に顔を寄せ、囁くように呟いた。
「また今日のような日を待ち望んでおります、我が美しい姫君」
「・・・・・・ん!」
囁かれた言葉を聞いたシャールは身震いをしながら頷き、満面の笑みをクロウディアに向けながら首肯する。
二人のやりとりが終わった見たのか、リーナがシャールに近づいていく。見るとにこにこと笑みを浮かべてはいるが王女といえど年頃の少女なのだろう、喜色に満ちた笑みが湛えられている。これは問い詰められるのだろうなとクロウディアが思っていると、とんとんと肩が叩かれるのに気付く。
見るとディンやシャドウ達もリーナと同じような雰囲気を醸し出しており、これは長くなりそうだと考えながらクロウディアは彼らに向き直った。