王都ウィロン2
王国の各軍にハーベル皇国への迎撃命令が下されてから二日。進軍の準備も粗方整い、後は号令を待つだけとなった日の昼下がり。
クロウディアは王都の大広場で蒼い髪の少女、シャールと共にいた。横でころころと可愛らしい笑みを浮かべながら、シャールは遊んでいる子供達や露店に売られている物を眺めている。それを見ながらクロウディアは穏やかな笑みを浮かべながら思い返す。どうしてこんな事になったのであろうかと。
「こんにちは。この前は素敵なものを見せていただいてありがとうございます」
事の始まりは朝であった。
号令待ちとなり時間の出来たクロウディアが城内の中庭で時間を潰していると、シャールが声をかけてきたのだ。
クロウディアはその声に気付くとシャールの顔を見て、一礼してから顔を上げて言葉を返す。
「手慰み程度のものでありましたが気に入って頂けたのならば幸いでした。もしまた見たいのであれば声をかけて頂ければ時間の都合が合い次第ご披露しましょう」
「ありがとうございます。
んと、リーナから聞いたんですけどクロウディアさんが所属している部隊が今度、ハーベル皇国の軍の迎撃に向かうんですよね?」
「ええ。
しかし必ずやハーベル皇国軍を打ち破り進撃を止め、失地を回復する心積もりであります」
シャールはクロウディアの言葉を聞くとにこりと暖かい笑みを浮かべながら謝辞を告げると、少し言い辛そうに顔を強張らせながらクロウディアに質問をする。クロウディアはそれを聞くと胸に手を添えながら答えた。
「・・・・・・武運長久を祈らせてもらいます」
「有難く」
その答えを聞いたシャールは息を呑むと、緊張した声色でそっと呟く。
クロウディアはそれを聞くと再度一礼し、シャールに対しふっと微笑を向けた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
そして訪れる無音。
どちらも何か喋ろうとしているのか、時折お互いの顔を伺っては目が合い、その都度気恥ずかしそうに目を逸らしては口を噤んでいる。そろそろ昼も近く、中庭にもちらほらと人の影が見え始めており二人はその衆目の注意を集めており視線も痛いほどに集まっているのを感じていた。
その沈黙を破ったのはシャールだった。いたたまれなくなったのか、顔に朱を差し込ませながら恐る恐る、けれどはっきりとした声で言う。
「あ、あの。
良かったらこれから何処かに行きませんか?貴方ともっとお話してみたいですし」
「此方こそ願っても無く。光栄です」
クロウディアはその言葉を聞くと反射的に口を開いていた。
知りたい、識りたい、そんな欲求が胸の中を行き交い、自然と答えをだしたから。
「そ、それじゃ行きましょうか」
承諾の言葉を聞いたシャールは顔を真っ赤にしながらクロウディアの手を取ると、足早に中庭から飛び出すように出て行く。その様子を周囲の目に見られており、会話も幾分か聞かれていたのであろう。暖かい眼差しと好奇の囁き声が聞こえていたからだ。
クロウディアは手を引かれながらその小さくも暖かい手の感触に自然と頬を緩め、時折見えるうなじまで真っ赤にしている目の前の少女の後を黙って着いて行く。
引かれるがままに王城を飛び出し、城門を守る衛兵に声を掛けて二人が辿り着いたのは王都の中心にある大広場。そしてシャールの足はそこで止まり、活気に溢れた大広場に目を輝かせてその様子を観察し始めた。
「ほら、見てくださいあれ!凄い綺麗・・・・・・!」
回想をしていたクロウディアの耳にシャールの嬉々とした声が聞こえ、クロウディアは我に返るとシャールが見ている方に目を向ける。見ると宝石細工の露店が開かれており、お世辞にも高級とはいえない粗雑な造りの物が多々陳列されていた。
だがシャールにはそれすらも本当に綺麗に感じられているのか、目を輝かせている。何気なく彼女を見れば宝石や貴金属の類は一切身に付けておらず、かざりっけ無い彼女本来の美しさが全身から垣間見れる。
「貴人である貴女が身に付けるには些かなものかと思いますが」
それを見たクロウディアは露店で一際綺麗な光を見せていたアクアブルーの宝石を使った首飾りを購入すると、そっとシャールの首にそれを掛けながら呟く。蒼髪の彼女の首で輝くアクアブルーの宝石は彼女の神秘性を増すように日光を受けてきらきらと輝いており、安物であるその首飾りもシャールが身に付けただけで一流の職人が加工したものだと疑われないような存在感を示していた。
シャールは宝石を黙って見つめた後、花も恥じらい蕾に立ち返るのではと錯覚しそうな愛らしい笑みを浮かべ、喜悦を隠す事無く礼を告げた。
「・・・・・・ありがとうございます。大事にしますね!」
その笑みを見たクロウディアも自然と笑みを浮かべており、自然な動作で繋がれたままのシャールの手を握り返すと今度は彼女を誘うように歩き始める。
「行きましょうか。
王都は広いので今日の許された時間で何処まで歩けるかは分かりませんが道中の護衛、勤めさせて頂きましょう」
「はい、お願いしますね」
握り返された手の温度にシャールはぽっと顔を赤くし、告げられた言葉ににこりと笑みを浮かべながら答えて同様に手を握り返し誘われるままに歩き始める。繋がれた手は自然と指が絡みあうように繋がれており、それを二人は何も言わず、心地よさすら覚えていた。
そのまま大広場を抜けるように歩き始めた二人は王都の南門の方にある活気がある商店街を目指し、他愛無い会話に花を咲かせながら進む。美しい少女であるシャールと美丈夫と言うに値するクロウディアの二人が手を繋いで歩く様は周囲の目を引き、注目を集めている。
衆目の視線を集めながら、会話に弾む二人はそれを気にしていないのだろう。時折声を殺して笑い、時には拗ねたようにジト目でクロウディアを見るシャールの反応にクロウディアは微笑を浮かべながら対応していた。
ゆっくりと空を昇り始めた太陽は、もう直ぐ空の頂点へと差し掛かろうとしていた。