静かに蠢く
リーナとシャール、二人の貴人達との夜の邂逅から五日目の朝。
あの夜の次の日から始まった部隊を率いての訓練を繰り返し、率いる兵員も随分指示に従うようになってくれたものだとクロウディアは朝日を見ながら考えていた。
初日と二日目は正規の騎士でもないのにという態度が隠しようもなく見えていて、多少の反発がある度に論破したり或いは他の騎士が率いる部隊との模擬戦で結果を示して正しさを示した。三日目、四日目と日を追うごとに兵達は素直に動くようになりつつある。
クロウディアは与えられた部屋の窓から空を仰ぎ見ると太陽が昇り始めたのを確認する。いい時間だ、そう思い身支度を整えて部屋から詰所内の訓練所に足を運ぶ。
「おー・・・・・・毎日はえぇな」
「そういうお前もな」
訓練所のに辿り付くと、ひゅっと空を切り裂く音が聞こえる。
クロウディアは躊躇無く訓練所の扉を開くと、素振りをしているバーンを見つけた。バーンもクロウディアに気付いたのか素振りを中断し少し流れている額の汗を手で拭いながらクロウディアに声をかけてきた。クロウディアはそれを聞くと微笑を浮かべながら返答をする。
「んじゃ今日もお願いしようかね」
「何処からでも構わんよ」
クロウディアが槍を構え数度突きの動作を行い、他の流れを軽く行っているのを見ながらバーンはクロウディアに剣先を向け声を掛ける。クロウディアはそれを聞くと軽く伸びをしながらバーンの方に身体を向けて槍の石突を地面に落とした。
この二人だけの早朝に行われている試合はクロウディアが入隊した次の日から始まっている。切っ掛けは些細なもので、お互いの自主鍛錬の時間が被り、クロウディアの体裁きなどにバーンが強者であると見出して挑み始めたのが切っ掛けだ。
最初のうちは渋っていたクロウディアだったが諦めないしつこさと純粋に感じ取れる闘争への喜びと強くなろうという意思を感じ取り、今では何も言わずに相手をするようになっている。
「行くぜ!」
掛け声と共に駆け出し、ギンッと金属が衝突する音が訓練所に響く。
袈裟に振り下ろされた剣を槍の柄で受け止め、クロウディアは脇に向かい鋭い膝蹴りを放つ。バーンはそれを直感で感じ取ると剣を引き飛び退くと着地と同時に再度クロウディアの懐に潜りこむように駆け出し、軸足を狙い剣を振るう。クロウディアはそれを跳躍しつつ後退しながら回避すると槍を引き絞り鋭い突きを一撃バーンの剣に叩き込んだ。
ガンッという音と共にバーンの剣がその手から弾き飛ばされ、二人の間の時間が刹那停止する。どちらかともなく身体から力を抜き、構えを解いた二人は顔を合わせる。
「やっぱ強いな」
「初日からして体捌きに改善が見られる。何も言わずともそのまま感じるがままに強くなれるだろうさ」
ぽつりとバーンが呟くと、クロウディアは苦笑を浮かべながら初日から今日までの事を思い返しながら率直に答えを返した。
初日は荒々しく動物的な直感が見え隠れしていたが、それが日を追うごとにどうやって攻めようかと頭ではなく身体が勝手に動いているかのように素早く反応し改善されているのだ。今日に至っては膝を交わされてから胴や首ではなく確実に仕留めにこようと脚を狙ってきたのには内心賞賛したほどに。
彼は所謂戦闘の天才に位置づけられる人種なのだろう。ならば自己の修練の積み重ねによって全てを研磨させたほうが型に嵌らない意を付いた戦い方になり、彼の糧となる。そう判断しているクロウディアは何も助言はどは与えない。
「ま、まだ時間もあるしもう少し付き合ってもらうぜ」
「ああ」
考えてる内に剣を拾ってきたバーンが再度クロウディアに切っ先を向けながら獰猛な笑みを浮かべながら口を開く。クロウディアはそれを見ると彼とはいい友人になれそうだと思いながらそれに答え、再度槍を構えた。
黒、白、赤、青、緑、様々な色が混ざり合い見るだけで吐き気を催しそうな空間があった。その床から見えるのは同じように不定形不特定な色だけ。周りには12個の巨大な石版があり、その中央に座すようにそれは居た。
人の形をしたそれは座っていた水晶で出来た椅子の肘掛に肘を置き、頬づえを突きながら瞼を閉じている。どくん、どくんと蠢くように明減する12個の石版の翠の光がそれをぼんやりと照らし出す。時折聞こえてくるコン、コンという音がその空間に不気味なまでに響き渡っている。
ふっと、それの閉じられていた瞼がゆっくりと開いていく。見えるのは黄金色に染まった瞳と、全ての感情を一切感じさせない、生命の輝きすら宿さない絶対零度の視線。それは瞼を開いて椅子から立ち上がると、椅子の左斜め後ろの石版に左手を向ける。
すると石版の脈動のような光の明滅が激しくなり、ドンッっという音と共に石版が砕け散る。砕け散った石版はぐるぐると空間を引き合うように回り、やがてそれの目の前で一箇所に終結していき一つの巨大な影を形成した。
「行き、誘え」
そっと紡がれた旋律に答えるように巨大な影は一際大きく輝くと、それの前から姿を消した。その様子を確認したそれは再び瞼を閉じると椅子に腰掛け直し、再度頬づえをつく。
残されたのは11枚の石版と中央に座すそれだけ。そっと椅子に座ったそれが左手を前に翳し、ゆっくりと横に振りぬく。するとガシャァン!という音と共にその空間の色彩が数瞬歪むが、それをすぐに修復されていくまた直ぐに元の色彩を取り戻していた。
それは音を聞くとまた瞼を薄らと開き、複雑な色彩をした空間に目を向ける。この複雑な色彩の原因の何たるかを知るが故にその視線は鋭く、薄らと見える黄金色は険しい。これで・・・・・・そう考えたそれは再度瞼を閉じ、椅子に身を委ねるとポツリと呟きを零した。
「・・・・・・三億二千五百万跳んで一か」
その呟きの意味を理解出来る物も、説明を求めるものも存在しないこの空間の中にそれの声は空間に響き渡る音にかき消されていく。
ゆっくりと忍び寄る終末のように、すっと消えていく・・・・・・。