蝉の死骸
不変のものなどありはしないと、そう知りながら。
私はそれを、永遠のように思っていた。
あの季節は、世界にふたりきりみたいな気がしていた。貴方と、私と。
ふたりだけで閉じていて、他に何も要らなかった。
少しだけ年上のひと。優しくて、とても優しくて。私はただその優しさに溺れていた。甘えていた。
でも、きっとそれが負担だったのだろう。彼にだって疲れた日はあったのだ。けれど私はその腕にぶらさがるばかりで、少しも心を汲まなかった。
ふたりの心の距離はいつのまにか遠くなって、秋の始まりにそれは露になった。
「俺は子守じゃない」
そう告げて、彼は去ってしまった。ふたりだけの世界から、貴方はいなくなってしまった。
だから私は、世界にただ独りきりになってしまった。
けれど。
「どうした? おいて行くぞ?」
どこかへ出かけようという時、いつも言われていた言葉。
支度の遅い私は、いつも貴方に遅れてしまって。貴方は微笑みながら、やっぱりいつだって私を待っていてくれた。
今でも夢に見てしまう。聞いてしまう。その笑顔を。その声を。
幻が記憶を呼び覚ますたび、私は飛び起きて、そして泣くのだ。この世界に独りきりなのだと思い出して。
闇の中、私を抱く腕がある。
重なる肌。
軋む寝台。
交わる吐息。
──どうして、貴方ではないのでしょう?
陽光に思い返せば後悔ばかりが身を裂く行為。
それでも夜が訪れるたび、どうしようもない空虚を埋めたくて、私は誰かを求めてしまう。
知らず涙が零れる。
けれどそれすら、闇の底に飲まれて消えた。
不変のものなどありはしないと、そう知りながら。
私は夏を──永遠のように思っていた。