第1章:1.1 夢想の初声、雨が降る古い音楽室
民国100年(平成23年)、9月。
校庭のグラウンドは、鼓膜を震わせるほどの喧騒に包まれていた。
高一の新人たちを勧誘しようと、各部活が競うように声を張り上げている。
グランドの端には大小さまざまなスピーカーが並べられ、その時々の流行歌を爆音で流していた。
電子音の重低音と、先輩たちの必死な呼び込みの声が入り混じり、耳が痛くなるほどの騒ぎを作り出している。
空気には、思春期特有の汗の匂いと、学校の売店から漂う焼き立てパンの香りが混ざり合っていた。
照りつける烈日の下、そのすべてがひどく混沌としたものに感じられた。
玥映嵐は、少しだけサイズの大きい真新しい白シャツの制服を着ていた。
両手は無造作に青いプリーツスカートのポケットに突っ込んでいる。
丁寧に整えられた姫カットの髪が、陽光を浴びて柔らかな光沢を放っていた。
耳元に落ちた数本の髪が、歩くたびにふわりと揺れる。
熱波が押し寄せ、多くの新入生たちが額にうっすらと汗を浮かべているというのに、彼女の顔には汗一つ滲んでいなかった。
校内一の美少女と噂されるその端正な顔立ちには、年齢にそぐわない冷ややかさと、どこか人を寄せ付けない距離感が漂っている。
まるで彼女とこの騒がしい校庭の間には、目に見えない真空の壁が隔てられているかのようだった。
彼女は色とりどりの部活のブースの間を縫うように歩いていく。
無機質な視線で内容の乱雑なチラシや、雑に印刷されたパンフレットを流し見するだけで、どのブースの前でも足を止めることはなかった。
「ねえ、君」
澄んだ呼び声が、彼女の物思いを遮った。
「うちのダンス部を覗いていかない?」
「その容姿、絶対にステージの真ん中が似合うと思うんだよね!」
部活の役員プレートを下げた女子生徒が、興奮した様子で近づいてきた。
先輩は満面の笑みを浮かべ、手にしたチラシを玥映嵐の胸元へ押し付けようとする。
その瞳には、「金の卵」を見つけたかのような強い期待が宿っていた。
玥映嵐は体を少しだけ横に向け、優雅かつ礼儀正しく相手の接近をかわした。
その動作は何度も練習したかのように自然で、声のトーンは水面のように平坦で、感情の起伏は一切感じられない。
「ありがとうございます」
「ほかのところも見てみます」
それだけ告げると、彼女は足を止めることなく、歩みのテンポすら崩さずに、グラウンドの端にある比較的静かな木陰へと歩き出した。
先輩はその場にぽつんと取り残され、手を宙に浮かせたまま硬直した。
そして、ほっそりとした、それでいてまっすぐな玥映嵐の背中を名残惜しそうに見つめながら、傍らの男子生徒に小声でぼやく。
「あの女の子、何組の子なんだろう?」
「めちゃくちゃ美人じゃない?」
「さっきの一瞬、本物のアイドルかと思ったよ」
男子生徒は前髪を軽く払うと、やれやれといった様子で苦笑いを浮かべた。
「あの子は一目で、自分の意志がはっきりしているタイプだって分かるだろ」
「お前のその手じゃ、あの娘には通用しないって」
「それより、いかにも迷っていそうな可愛い後輩たちを勧誘しに行こうぜ」
実際のところ、玥映嵐は特別に自分を持っているわけではない。
ただ、この何もかもが退屈に感じられただけだ。
その退屈さは決して傲慢さからくるものではなく、周囲の物事に対する極めて鋭い直感から生まれていた。
熱心な勧誘の裏にある打算も、お世辞に隠された薄っぺらさも、彼女には簡単に看破できてしまう。
彼女にとっての学校生活とは、まるで台本があらかじめ用意された芝居のようだった。
誰もが「熱血な高校生」という役を必死に演じているのに、自分だけは自分のセリフを見つけられずにいる。
校舎の裏手に建つ古い芸術棟の塀際へと歩みを進めると、空の色が奇妙に変わり始めた。
眩しかったはずの太陽の光が数分のうちに急速に遠のき、代わりに鉛のように重い灰色の雲が辺りを覆い尽くす。
雲は手に届きそうなくらい低く垂れ込め、大気中の湿度がみるみるうちに跳ね上がった。
それは大雨の直前特有の、土とカビの混じった匂いを伴っていた。
遠くの空から響いてくる低くうなるような雷鳴は、不機嫌な巨獣が谷間でゆっくりと目覚めるかのようだった。
「もうすぐ雨?」
玥映嵐は顔を上げ、低く垂れ込めた雲を見つめながら一人ごちた。
グラウンドの反対側から校内放送が途切れ途切れに響いてくる。
湿った空気のせいでやや歪んだ音声が、生徒たちにブースの片付けを急ぐよう促していた。
活気にあふれていた喧騒は、一瞬にして慌ただしさへと塗り替わる。
白や青の制服を着た無数の生徒たちが校舎の方へとかけ出し、今にも降り出しそうな豪雨から逃れようと雨宿りできる場所を探し始めた。
だが、玥映嵐は人ごみに流されることなく、むしろ振り返って背後にある古い建物を見つめた。
校舎の片隅にぽつんと佇み、壁の塗装が剥がれ落ち、ツタの這う旧芸術棟を見つめる彼女の胸に、なぜか言いようのない衝動が湧き上がっていた。
学期が始まってすぐ、担任の教師がふと口にしていたことを思い出す。
この建物は耐震強度が足りないため、下学期には取り壊して建て替える予定だそうだ。
今となってはほとんど半廃墟に近い状態であり、たまにタバコを吸いに来る不良生徒を除けば、近寄る者はまずいない。
彼女にとって、その静寂で、どこか荒涼とした場所は、喧騒のグラウンドよりもよっぽど心が落ち着いた。
最初の一滴が鼻先に重く叩きつけられた瞬間、彼女は足を踏み出した。
走ることはせず、どこか不思議な余裕を漂わせながら、その建物の半開きになった木製の扉へと向かう。
ペンキがひび割れた扉を押し開いた瞬間、古びたカビの匂いと、木材が腐朽した香りが入り混じり、押し寄せてきた。
屋外の蒸し暑さが、完全に遮断される。
大楼の内部は極めて薄暗く、どこか陰気でさえあった。
廊下は狭く深く続き、老朽化した磨き出しの床を歩くと、その足音が清冽な響きとなって返ってくる。
扉を閉めた瞬間、雨音は急にこもり、遠いものへと変わった。
それがかえって、この建物内部の静寂をよりいっそう際立たせる。
玥映嵐は、今にも崩れ落ちそうな階段を登っていった。
目的地があるわけではない。ただ直感の赴くままに、暗闇を手探りで進んでいく。
各階の廊下には、壊れた机や椅子、廃棄された教材が積み上げられ、時折光る雷光に照らされると、まるで黙り込んだ巨人たちのように見えた。
そうして彼女は、三階の廊下の突き当たりにある一室へたどり着いた。
扉の鍵はすでに壊れており、歪んだまま門板にぶら下がっている。扉はただ、心許なげに閉ざされているだけだった。
看板は厚い埃に覆われているが、色あせた「音楽教室」という四文字がうっすらと浮かび上がっている。
彼女が軽く扉を押すと、木と床が擦れ、ゾクリとするような甲高い摩擦音が鳴り響いた。
教室の空間は広く、一般の教室よりもずっと天井が高い。中には白い布を被せられた古い机や椅子がいくつも置かれ、まるで静止した小山のように見えた。
空気中には無数の微細な塵が浮遊しており、窓の外から差し込む病的なまでに淡い灰色の光の中で、ゆっくりと揺らめいている。
そして、その教室のど真ん中に、年季は入っているものの、完全な状態で残されたドラムセットが鎮座していた。
玥映嵐の呼吸が、その瞬間、止まった。
薄暗がりの中で微かな光沢を放つドラムセットは、まるで長い沈黙の中で、誰かが再び叩いてくれるのを待ちわびていたかのようだった。
彼女はゆっくりと歩み寄った。
一歩一歩を慎重に踏みしめながら、まるでそれが美しい幻影に過ぎないかのように恐る恐る近づいていく。
すらりとした白い指先を伸ばし、埃にまみれたスネアドラムをそっと撫でた。
指先から伝わる冷たい感触に、心臓の鼓動が思わず早くなる。
それは忘れ去られた楽器だった。
まもなく取り壊される建物の中で、たった一人で果てしない孤独に耐えている。
彼女はドラムセットの傍らにあった古い木箱の中を探った。
指先が硬い物体に触れる。
中から取り出したのは、同じように埃をかぶったメイプルのスティックだった。
長年の乾燥のせいで、表面は少しざらついている。
玥映嵐は体を翻し、ぐらつき、革のひび割れたドラムスローンに腰を下ろした。
目を閉じ、深く息を吸い込んで、胸の高鳴りを鎮めようとする。
窓の外では、雷雨がついに激しい猛威を振るい始めた。
密集した雨粒が無数の小石のように、古びた木の窓枠を激しく叩きつける。
隙間風がけたたましく唸り声を上げ、時折走る稲妻が教室を瞬時に真っ白な昼間へと変えた。
玥映嵐はゆっくりとスティックを振り上げる。
最も強烈な稲妻が暗闇を引き裂いたその瞬間、彼女の両手が激しく振り下ろされた。
バスドラムとスネアドラムを重く叩きつける。
「ドンッ! タァッ!」
こもった力強い音がだだっ広い教室に爆ぜ、その強烈な音圧が彼女の胸腔を震わせた。
その響きは旧芸術棟全体にこだまし、いつまでも消え残る。
彼女はもう、グラウンドで冷淡だの近寄りがたいだのと言われた美少女ではない。
大人たちの前で見せていた、素直で手がかからず、退屈な女子高生でもなかった。
リズムが加速していくにつれ、彼女の手首は驚異的なしなやかさと力強さを帯びていく。
スティックはシンバルと打面の間で、肉眼では捉えられない残像を描き出した。
叩くたびに、大気の重みが引き裂かれていく。
綺麗に整えられていたハーフアップの髪が、リズムの躍動に合わせて激しく揺れ動き、汗と激しい動きに濡れた数本の髪が頬にかかっていた。
普段の、まるで陶磁器の人形のように整った彼女の顔立ちには、その瞬間、野生の熱狂を帯びた魅力が宿っていた。
いつもは波風一つ立たないその瞳が、今は炎のように激しい集中力で燃え盛っている。
何か由緒ある名曲を奏でているわけではない。
ただこの蒸し暑い天候に対する、彼女なりの反撃にすぎなかった。
それは、平凡で退屈、あらかじめレールが敷かれた人生に対する、彼女にとって初めての、そして最も純粋な発散だった。
彼女は音符と力の衝突の中に、我を忘れて没頭していた。
だが、彼女は気づいていなかった。
教室の扉の外、その薄暗く湿った廊下の突き当たりで、微かな足音が響いていたことを。
その足音は、突如として放たれた爆発的なドラムの音に驚き、ピタリと止まっていた。




